トラストンの屋敷
イステルはそれから一時間ほど歩き続け、森を抜けてリンドウ平原へと辿り着いた。リンドウ平原の風を感じながら、ふと、イステルは丘を見つめた。
「あれか。」
丘の上にあるのはトラストンの屋敷だった。真紅の屋根を戴く、いかにも富豪好みの屋敷が建っていた。
イステルは屋敷の門まで歩き、ゆっくりとそれを開いた。屋敷に入ると、まず目に入ったのは庭である。隅々まで手入れが行き届き、白い石像が静かに庭を見守っていた。
イステルは屋敷の隅にある薔薇が気になった。季節外れにもかかわらず、そこだけは鮮やかに咲き誇っていた。
「お前の家の薔薇と同じじゃよ、ローズブラッド。」
イステルは左から聞こえた声に驚き、声の方を向いた。そこにはトラストンが立っていた。トラストンはイステルを見て嬉しそうに話した。
「この薔薇は特殊な薔薇だ。一年中枯れることがない。お前さんの家の名は、この薔薇から取られてるんじゃ。知ってたか?」
「いえ、全く。」
「ははは、まぁ知らなくても無理はない。ずっと昔の話じゃ。ほれ、入れ。待ちくたびれた。」
トラストンはそう言って屋敷の扉を開けた。屋敷の中には世界各地の品物でいっぱいだった。これらは全て、トラストンが世界中を回って手に入れたものだ。
「そういえば、儂の屋敷に来るのは久しぶりだったな。よく道を間違えなかったな。」
「この丘の上の景色は綺麗ですからね。忘れられません。」
イステルは過去にトラストンの屋敷を訪れたことがあった。イステルの父――ローズブラッド家先代当主とトラストンは、深い縁で結ばれていた。
「この牙はエルフの国で暴れとったドラゴンを討伐した時の物じゃ。こっちは海で遭遇した海龍の…」
トラストンの屋敷には世界各地の品物だけでなく、様々な魔物の素材も飾られていた。トラストンが今から数十年前に討伐した魔物コレクションである。
「…さて、お前はここに住むことで良いかの?」
「それは…」
イステルは言葉に詰まった。そもそも、イステルがトラストンの元を訪れると決めたのは、行き先が決まっていなかったことと、トラストンから屋敷を尋ねるように言われていたからだ。
しかし、トラストンの屋敷で暮らすとなると、トラストンに迷惑をかけると同時に、危険に巻き込むことになってしまう。イステルは悩み、返答に迷っていた。
「ハッハッハ、昔から悩んでばかりだな、イステル。迷惑なら気にするな。ほれ、疲れただろう。部屋に案内しよう。」
「…トラストン殿」
イステルの返答を聞く前に、トラストンは階段を上がっていく。イステルもトラストンの後を追う。
二階には個室がいくつもあった。来客用の部屋だ。トラストンが部屋の鍵を探していると、奥から翡翠色の鎧を纏った騎士が現れた。その騎士は、イステルがよく知っている人物だった。
「…あぁ?イステルじゃねぇか。」
「…ツインガか!」
この騎士の名はツインガ。【凶刃の騎士】として知られている。ツインガの愛用する二本の剣、【双竜剣 ギラーファ】は刀身が三日月のように曲がっており、小さな刃がいくつも飛び出している。見た目はとても凶悪だ。
「無事だったか、ツインガ。」
「あぁ。ちょっとドクロ野郎にやられてな。まぁ何とかなったわ。トラストン爺さんのおかげでな。だが…ジャグラとレイセンのことは残念だった。」
「…あぁ。」
イステル、ロールコン、ジャグラ、レイセン、ツインガの五人は同じ時期に王国騎士となった。まだ見習いだった頃に出会い、お互いに戦技を高めあった仲だった。そのため、仲間の死は受け入れられるものではなかった。
「クソ…ロールコンの野郎。国に味方しやがって。何を考えてやがるんだ!!」
「…落ち着かんか、ツインガ。体調はまだ万全ではないだろう。」
トラストンがツインガをなだめ、部屋へともどした。トラストンは大きなため息をついた。
「ジャグラとレイセンのことを伝えてからずっとあの調子でな。気持ちは良くわかる。儂も仲間を何人も失った。」
「はい…あいつらは素晴らしい騎士でした。」
数秒の沈黙が流れた後、トラストンは思い出したかのように部屋の鍵を開けた。イステルが使う部屋だ。
「この部屋は好きに使ってくれて良い。さて、儂は夕食の準備をしてくる。夕食ができるまでゆっくりするといい。」
トラストンはイステルに部屋の鍵を渡し、一階へと降りていった。イステルは金の入った袋を机に置いた。持ってきたものはこれだけだった。
それから、あたりは日が沈んで暗くなり始めた。トラストンが再びやってきて、夕食ができたことを伝えた。イステルが一階へ降りると、ツインガはもう夕食を食べ始めていた。
「さてさて、今日は久しぶりに賑やかな食事だ。」
トラストンは席につき、目の前のパンに手を伸ばした。イステルはトラストンの向かいに座った。
「さて、お前たちには話さなければいけないことがある。まぁ、食べながら聞いてくれ。」
トラストンは話し始めた。
「お前たちも知っているだろうが、儂たちの敵は王じゃ。王から権力を取り上げない限り、この国が変わることは無い。それを実現させるには、多くの戦力が必要じゃ。」
「となると、ほかの王国騎士を集めないとな。」
ツインガがパンを頬張りながら言った。トラストンは大きく頷き、続ける。
「うむ、その通りじゃ。そこで、近々ある男を探す。長らく探していたが、ようやく見つけた。お前たちも知っている男だろう。」
「その男とは一体…?」
「白煙の騎士、スモック・モクタインじゃ。」
「スモック?」
スモック・モクタインは【白煙の騎士】と呼ばれる元王国騎士だ。若手のエースと呼ばれるほど剣の腕前が高く、【幻術】を使える。スモックはある日突然騎士団から姿を消し、行方がわからなくなっていた。トラストンはスモックの事を探し続け、ようやく居場所を突き止めた。
「スモックはどこにいるんですか?」
「ここから少し離れたヘーゲン村だ。奴はそこにいる。奴の幻術はきっと役に立つ。近々勧誘に行く。」




