決断の時
パルリオンは目の前の男から視線を動かせなかった。今、己を討たんとする男の姿に疑問を感じていた。この数回の攻防の中で、イステルは何度死にかけていたか。パルリオンは、イステルを殺そうと思えば殺すことができていた。なぜすぐに殺さなかったのか。自身の判断に対しても疑問を抱いた。
「…借り、か。」
パルリオンの脳裏に、あの日の光景が蘇る。イステルが王に剣を振り上げた瞬間、王を守ろうと飛び出したものの、あっさりと投げ飛ばされてしまった自分の姿。あの時、本気を出せばイステルを止められた。だが止めなかった。それは、王への忠誠心が揺らいでいたからだ。王が殺され、新たな王がこの国を治める未来を、パルリオンは「悪」と断じきれなかった。
同時に、心の底で羨望が芽生えていた。自身は、家の繁栄のために王国騎士として剣を振るっている。対してイステルは民を守りたいという己の信念だけで剣を振るっている。自身には意志がなく、イステルにはそれがある。なぜ、イステルはこうも自由に行動できるのか、その問いだけが頭に残った。
「…お前は、どうして…どうして、自分の目的のために動く?なぜ、それができる?」
自然と、言葉に出てしまった。何故、この男が自身の目的のために動くのか。そして、どうしてそれが可能なのか。パルリオンはこの疑問を何としても解消したかった。
イステルは、突然の問いに少し驚いた。構えていた剣をゆっくりと下ろし、パルリオンを見つめ続ける。そして、イステルは口を開いた。
「当たり前だ。人は皆、目的、目標をもって生きている。目的のために動くことは当然だ。そしてそれができるのは、それらを達成するという強い意志があるからだ。」
”意志”という言葉を聞き、パルリオンは過去を振り返った。これまで自分は意志を持ったことがあっただろうか。抱いたことはあったのかもしれない。だが、誰かに自分の意志を主張したことがあったのか。その記憶はなかった。
「…何を、考えている?」
イステルはパルリオンの様子がおかしいことに気が付いた。パルリオンの剣は過去に受けたものよりも遥かに軽かった。イステルはパルリオンの剣から”迷い”を感じ取っていた。
「…私は、己の信念に疑問を抱いている。本心を言えば、イステル…貴様を斬りたくはない。民に寄り添う姿は…他の者は軽蔑していたようだが、私は素晴らしいと感じた。だが私はお前を殺すように命を受けた…」
「…パルリオン、お前もわかっているはずだ。今の王では、民を任せることはできない。」
「…私には、判断できない。」
パルリオンは剣を下ろした。そして、そのまま後ろを向き、ゆっくりと歩いて行った。
その時、イステルが大声を上げた。
「パルリオン!」
パルリオンは一瞬立ち止まり、後ろを振り返った。
「迷っているのなら、お前が正しいと思う道を進め!!」
パルリオンはそれを聞き、またゆっくりと歩いて行った。
アイスロンド集落に戻ったパルリオンは第二騎士団を集め、集落を後にした。道中、騎士たちは次々にパルリオンへと疑問をぶつけていく。
「団長、何故王城へと戻るのですか!?」
「王命はどうなさるのですか!!」
騎士たちはパルリオンを責めるように問いをぶつけていく。しかし、パルリオンの耳にその問いは入ってはいかなかった。もう何をどうしたらよいのかがわからなかった。
「…責任は私が持つ。第二騎士団は王城に着き次第、休息を取れ。」
◇◇◇
第二騎士団が帰った後のアイスロンド集落は、日常を取り戻した。トラストンは、予想よりも被害が出なかったことに安堵した。イステルも大きな怪我をすることなく、アイスロンド集落へと戻ってきた。
アイスロンド集落はその夜、ギルドで宴を開いていた。しかし、今日の出来事は事実上の王国への反逆行為であった。そのため、近日中に王城からまた騎士団が派遣されることは、誰もが予想していた。だが、今この時間だけは、そのような緊張感はなかった。
この時は、イステルも酒を飲んでいた。イステルはワインを飲みながら、静かに過去を振り返っていた。そして、これからどうするべきかを決めた。それは、アイスロンド集落から出ていくことだ。
イステルがアイスロンド集落にいる限り、王や騎士たちはアイスロンド集落を攻撃し続ける。そのため、イステルがアイスロンド集落からいなくなれば、安全性は確保される。イステルは、今回の戦いで恐怖を感じた。それは、自分とかかわりのある人々が被害に巻き込まれることだった。実際、今回誰かが死んでもおかしくなかった。一つでも手順を間違えていたら、確実に死人が出ていた。
その日、イステルは宿に戻ってベッドに寝転がった。しかし、寝付きがとても悪かった。イステルは窓から星を眺めた。イステルは悩み事ができる度に星を眺めていた。これは、王国騎士だった時からである。星をぼんやりと見ることで、一時的に悩みから解放されていた。
「…やはり、決めなければいけない、か。」
それからイステルは再びベッドに寝転がった。それからは、すぐに眠りにつくことができた。




