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「九、十……これで十一匹! よーし、良い子ね。暴れない、暴れない」

 

――なぜ私は、貴重なランチタイムに紅茶の一杯すら飲めず、数十匹もの魔法生物を血眼になって追いかけているのだろう!?

 

 魔法学校の先生だからである。

 

 ルミアトラ王国魔法行使管理法典第四巻、第十二章《召喚行使と契約に関する規定》。第六条第一項から第三項にはこう記されている。


 …………。

 ……要するにだ。

 

 召喚した魔法生物とは、契約を結ばなければならない。

 もし契約を結ばなかった場合、一定時間内にきちんと帰還処理を行うこと。


 そして召喚したのが〝庇護対象〟――つまり学生だった場合、その後始末は、教員か保護者が責任をもって対応する義務がある。


 そう、つまり。

 私である。

 

 例え、生徒が規定を無視して、勝手に召喚魔法をやらかした結果だろうと。

 「規定違反」のひと言に狼狽えた張本人が、咄嗟に証拠隠滅を図り、未熟な魔法陣をさらにぐっちゃぐちゃにして、とんでもない〝暴走〟を引き起こしたとしても。

 

 先生である、この私が。

 ぜんぶ、まるっと、解決する義務がある!

 

「もう一度勧告します! 生徒の皆さんはどうか落ち着いて、生徒手帳(ハンドブック)に従い退避、待機を行ってください!」

 

――中庭は現在、地獄絵図だった。

 

 魔法陣という帰り道を失ったバーフィーたちは混乱し、さらにこの世界での〝存在許可〟をも失ったことで、正しく暴走状態に陥っている。

 

 本来、バーフィーに攻撃性は無い。

 だが、こうなってしまえば話は別だ。

 

 肥大化する個体。分裂する個体。硬化して校舎の壁や回廊の柱に体当たりするヤツもいれば、噴水の中に飛び込んで水柱をあげるヤツもいる。

 のんきに誰かの昼食を貪り食っているヤツまでいる。

 

「ちょっと、どいて!」「ぎゃあ! 今背中蹴った!?」「違うよ、バーフィーだって!」「ちょ、ちょっと、どこ触ってんの!?」「いやだからバーフィーだって!」「いってぇ、転んだ!」「おい押すなよ!」「こいつ、魔法きかない!」「俺の杖どっかいった!」「きみ、大丈夫!? 血が出てない!?」「こ、これはランチのパンに挟んでいたトマトで……」

 

 中庭にいた生徒たちは、静止の声もむなしく逃げ惑い、バーフィーにぶつかられたり、生徒同士でぶつかって転んだり。もう、てんやわんやだ。


 最初こそ、防衛術で対処しようとした果敢な生徒も多かった。

 けれど、暴走状態の魔法生物をいなすのは容易じゃない。結果、被害は拡大し、完全に収拾がつかなくなっている。

 

 私は一瞬、胸元の銀笛を見やる。

 ……が、すぐにかぶりを振った。

 

 魔導警笛は、吹けば周囲五、六メートルに軽度の魔力抑制結界を展開出来る。魔力そのものを鎮め、精神的な落ち着きを促す作用もある……が。

 あくまで『軽度』だ。ここまでの大騒ぎをどうにかできる力はない。

 

 沈静魔法、という手もあるにはある。

 だが、これにもまた首を振った。

 

 生徒に向けて強制的な制圧魔法を使うことは、出来るだけ避けたい。

 受けた側の精神にも身体にも負担がかかる上、なにより恐怖も小さくはない。

 

 となれば、私がやるべきことは決まっていた。

 一刻も早く全バーフィーを捕獲し、代替の帰還陣を構築して、元いた異界(エーテル圏)へ帰してあげること。


「聞こえていないでしょうけれど、貴方が何故この召喚に失敗したのか、説明しておきます」

 

 私は召喚主である男子生徒を小脇に抱えたまま、右手で自前の魔法杖を振るった。

 

 どったんばったん跳ね回るバーフィーの周囲に、同心円状に重なった魔術(アルグリフ)文字の光環が浮かび上がる。それらが交差すると、透明の球体が形をなし、バーフィーをパチンと閉じ込めた。

 

 中でバーフィーは目を丸くさせ、素直にぺたんと座り込む。そんな結界球が今で十二個、中庭のあちこちに浮いていた。

 

「一つ。主召喚陣と補助記号――側陣を結ぶ術環の一部が未接続でした。具体的には、白羊宮の第三交線です。これでは、召喚、契約確認、帰還処理、それぞれに必要な『段階ごとの不可逆構造』が成立しません」

 

 ローブの刺繍を見る限り、この男子生徒は五年生。食べ盛りで成長期の男子を抱えて移動するのは正直、骨が折れる。

 

 だが、気を失ったこの子から手を離すわけにはいかない。

 

 この男子生徒は魔法陣を自ら乱したせいで、魔力が一気に逆流し、身体の内部で爆ぜたのだ。

 いわゆる急性の魔力欠乏症――絶えず魔力を送り続けなければ命が危うい。

 

 それは生物としても、魔術師としても、である。

 

 教師間の内部連絡アプリで、すでに救援要請は送ってある。

 騒ぎを聞きつけて、そろそろ誰かが駆けつけてきてもおかしくない。

 

 けれどそれまで、体力的魔力的にどれだけキツかろうと、絶対に離すつもりなどなかった。

 

 十三匹目、十四匹目のバーフィーを結界球の中に収めながら、私は言葉を続ける。

 

「二つ。魔力伝送路に再構築制御印を書き怠ったこと。この印がなければ、術者の魔力が延々と送り込まれてしまいます。つまり行使者、貴方の魔力が尽きるまで、召喚が勝手に再生成され続ける。これが、〝一匹だけ〟喚び出せなかった最たる理由です」

 

 十五匹、十六匹……。

 

「そして一番の過ちは、魔法陣を〝消そう〟としたこと。これは王国魔法省・魔術倫理局の編纂した王国魔法行使管理法典、第五巻第四章第十九条の《術式構造・陣式運用規定》第一項において明確に禁じられています。理由は単純、危険性が高すぎるから。原則として厳禁です」

 

 十七、十八。

 視認と魔力で探った限り、バーフィーは全部で二十六匹。

 

「……こんなふうに言っていますけど、私もこの学校の卒業生なんです。学生時代、この程度の騒ぎは、毎日のように、起こして、いたんですよ」


 迂闊だった。

 反応が遅れた。

 「待機しなさい」と言った直後、この男子生徒が不自然な動きをしたのには気付いていたものの。

 まさか魔法陣を消そうとするなんて思わなかったのだ。

 

 もう少しやりようがあった。

 もう少し言い方を工夫できたかも。

 私の腕の中で、真っ青な顔をして、微かな呼吸ひとつにも注意を払わなければいけないこの子を思えば、憂慮と後悔しか湧いてこない。

 

 (しろがね)の杖の先、結界球がまた一つ、ぽんっと空に浮かぶ。

 

――これで十九匹。

 

「大丈夫。生徒には、免責に関する特例が適用されます。精々、反省文を山ほど書かされて、厳しい補講を何度か受けて、それでおしまいです」

 

 自身の、反省文に追われた学生時代が脳裏を過ぎる。何かにつけて〝彼〟と張り合い、やんちゃばかりしていたあの頃。

 私は苦笑しながら、男子生徒を抱え直した。

 

「あとでもう一度、きちんと説明します。だからもうちょっとだけ、頑張って」

 

 そう、頑張れ。

 この子も、私も。

 

 情けないことに身体がふらついた。

 そういえば、ここ一週間まともに寝ていない。

 

 授業で使う術具の点検。必要があれば、使用申請や返却報告書の作成。

 随時、魔力測定器の手配。教材の準備に、指南計画の更新。

 一日四コマの授業をこなし、空き時間は校内を巡回して結界のチェック。

 放課後は、採点、実技の記録確認、生徒ごとの成長データの集計。

 

 それに、教員等級昇格のための論文も夜通し書き進めていて――。

 

 ……もちろん。こういうトラブル時の報告書も、提出義務がある。

 

 自分の体調管理も仕事のうち、とはいえ。もしかしなくとも魔法学校の教師、激務すぎなのでは……?

 

――拝啓、私が師事した先生方へ。

 あなた方はやはり〝かくも偉大であった〟。そう言わざるを得ません。

 

 なにせ、あの頃『稀代の問題児集団』と呼ばれた私たちを、見捨てず、叱って、導いてくださったのだから!

 

――な。

 

 泣きそう〜〜〜〜!

 

 懐古(ノスタルジー)の切なさに精神がつられる。自分の未熟さに反吐が出る。

 所詮、私は今年で教師歴二年目。経験はペラペラ、心はピヨピヨ。お尻は青く、くちばしも黄色いヒヨコなのであった。

 

 誰か。

 

 誰か来て。


 誰か、早く、来て〜〜〜〜!!

 

 泣き言から銀笛を「ピョーッ!」と吹きそうになったその瞬間。

 

 中庭に、無数の白い花弁が舞い降りた。




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