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作者: 太川るい

 (あご)を右手でなでてみる。


 ごわごわした手触りと共に、生えてきたひげが指にからまってくる。


 私は何の気なしに、ひげをもてあそんで時間をつぶしていた。


 目の前の海面では、夕日がそろそろと沈もうとしていた。


「また、夜が始まる」


 そのことを考えると、私はまたうんざりしてしまった。夜の長さが、私には堪えられなかった。


 ここに来てから、もう何年が経つだろう。最初は律儀に日付を記録していた樹木の表面も、ズタズタになってからは数えることをしなくなっていた。


 私は常に一人だった。いつしか身なりにも気を遣わないようになってきた。


「おうい、おうい」


 昔の自分が海に向かって叫んでいる。


 あちら側に、何か見えたのだろう。手に持つ服を必死で振っている。


 そんなことを数時間も続けて、結局疲れ果てて眠るのだ。馬鹿な奴だ。


 いや、その方がよいかもしれない。夜に眠れるのは幸福なことだ。起きればすぐに朝が来る。


 あるときの私は、懸命に機械と格闘している。慣れない手つきでカチャカチャとダイヤルをいじっているが、機械は一向に動く気配がない。


 それでも私は一心にその機械に向かっている。誰も止める者はいないのだ。気の済むまでやってみるのがいいだろう。その手を止めれば、どうしようも寂寞が襲ってくるのを知っているのだ。この男は。手を動かし続けるしかない。


 しかしそれも、やがては止まる。


 あとに残るものはなんだろう。泣き出したいような気持ちが男をじわじわと包む。その涙さえ、もはや枯れてしまったのだ。私にどうしようというのだ。可能性の種をひとつひとつ潰さないではいられないこの行動を、誰が止めてくれるというのだろう。私にはその答えが、いつまでたっても分からなかった。




 どこかで鳥が鳴く。葉のざわめく音がする。


 夜は長い。私の目だけが暗闇に光っていた。私はそのまま、前方を見るともなく見つめている。




 一つ行動をするごとに、私はだんだんとその行動をあきらめていった。


 それはもちろん、現状を打開するための行動であり、私を生還させてくれる望みを持つありとあらゆる行動であった。私は、歩みを止めてしまったのだ。


 あとに残ったものは、行動とは到底呼べそうもない、命をつなぐための作業でしかなくなった。そうしてその作業が簡略化され、手軽になっていくにしたがって、私の身体は夜に眠ることを許さなくなっていった。


 無人島の不眠!


 自分にとって、これほど恐ろしい罰は他になかった。何よりも夜が来るのを私は恐れた。


 運動をすればよいではないかという囁きは、たしかに自分の内にあった。しかし行動するに従って明らかになる今後の予測は、私から物事に対するやる気を奪っていった。


 そしてまた、夜が来るのである。




 今日の島の夜は、意外に明るくなっていった。空の雲が晴れたのだろうか。月と星が地面を照らしている。夜のしっとりとした空気が私の身を包んだ。


 私に残されているのは、考えることだけだった。もう何かをする気力もなく、私は漫然とこの夜の時間を過ごしていた。


 自然、思い出すことは昔の物事が増えていった。


 とりとめのない思い出が、あらわれては消えてゆく。この島で日を経るにしたがって、それらはまるで夢のように思われてきた。


「今は、これが現実なのだ」


 私は、そうぽつりとつぶやいた。


 その言葉に返事をしてくれる人も、誰もいない。あたりは静けさに包まれていた。


 しらじら夜が明けるまで、そうやって思い出にふけるのが最近の癖になっていた。そうしている時だけは、自分は現在を忘れられるような気がした。


 いつかは、寝ている時もあるのだろう。しかしそれはいつ来るとも知れず、目は真夜中の海に注がれているのだった。

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