十二番艦 「座礁した皇国」
<前回のあらすじ>
第二泊地で模擬戦の様子を終えた碧とエノアは第二泊地を後にして、第一造船工廠に向かった。それから時が過ぎ夜、コンラートは今日の出来事をエゼリオン皇帝陛下に報告する為、皇城の廊下を歩いていた。
コンラートは皇都アマテリアの皇城まで戻り、広い廊下を歩いていた。窓の外は暗く、太陽はとっくに沈んでいる。
(コンコンコン…)
巨大な扉の前に立つと一息してノックする。
「陛下、コンラート・ヘルベクでございます」
「入ってください」
「はっ、失礼します」
凛とした子供の声が部屋から聞こえたのを確認すると、重い扉を押して中に入った。数歩歩き、業務をこなすエゼリオンの前に直立不動で敬礼をする。
「本日のアオイ様の海軍視察の件について報告に参りました」
「ありがとうございます。それで…どうでしたか?」
エゼリオンは少し不安な口ぶりで尋ねた。
「はい。陛下の予想通り、アオイ様は魔法を知りませんでした。正確には魔法というモノ自体は知ってるものの、それを見るのは初めてだった…という感じに見えました」
「そうですか…ありがとうございます、コンラート。やはり貴方の観察眼は世界一ですね」
「私には勿体ないお言葉、感謝いたします。陛下」
コンラートはまんざらでもない顔でそう言った。
「そして2つ目の報告なのですが、我々海軍の視察が終わった後、アオイ様は第一造船工廠の方へ向かいました。海軍兵器開発局に頼んだ事があるので手伝いに行くと」
「それはラーティスからの報告で聞きました。なんでも『蒸気機関』という機械の設計図を授かったと言っていましたね」
「蒸気機関…聞いた事の無い言葉ですね…ラーティス総局長はなんと?」
「ラーティスの報告では昨日アオイ様が会議の時書いた設計図、あれを元に作った装置が動いたと。それも魔法も使わず、火と水だけで」
「昨日我々の目の前で書いた球体の装置の設計図ですか…それが蒸気機関という事なのでしょうか」
「恐らくは。しかしラーティスはこれの仕組みを応用して別の物を作ると言い、アオイ様が書いた設計図の一部を持って来てくれました。僕は技術者では無いですが素人目でも分かる、あれはこの世界のモノでは無い。そんな雰囲気を感じました」
「では神話の知恵を授ける存在というのは事実だった、という事になるのでしょうか…」
「実際に完成してからでないと何とも言えません。しかし、初日から動いてくれるとは有り難い限りですね」
エゼリオンは含みのある言い方でそう言った。
「その言い方ですと…今回の会議は…」
「はい。今日行われた貴族共とのアオイ様の扱いをめぐる話し合い、予想通り貴族共のアオイ様に対する印象は…あまり芳しくありません」
「そうですか…」
コンラートはがっかりしつつも分かりきっていた様な声で言う。
「大体は『あの青年に軍を任せる事は危険』だの『この状況を打開出来る様なお姿には見えない』だの憶測だけで意見して来やがりました」
「アオイ様が召喚された場に貴族の方達も証人として数人いらっしゃったのでは…」
「はい。ただそいつらも『しかし』の一点張り。でも、彼らの意見も正直理解出来ます。逆に神話や伝承を信じて止まない僕の方が彼らには奇怪に映ってる事でしょう」
「…もし貴族の方達の了承が無くとも陛下と宰相閣下、私とグスタフが推し進めればアオイ様を軍の中枢に組み込む事が可能となります。最終的にはそれを…」
「確かに可能ですが、強引に推し進めれば貴族共から大バッシングを受けるのは目に見えています。そうすれば貴族共は我々に牙を剥く事になるでしょう。他の者の意見を無視する暴君だという印象を臣民に与える可能性だってあります。…今一番マズいのは内で争う事です。それだけは絶対…回避しなければなりません…」
エゼリオンは張り詰めた声でそう言った。
「確かにその通りでした。軽率な発言、申し訳ありません。それでは時が来た時に…という事でございますか」
「そうですね。今貴族共が懸念してるのは現状のアオイ様には一斉信頼が無い、という所にあります。しかし今アオイ様が進めているモノが完成し、それが戦局を打開出来る様なモノであれば一斉に手のひらを返すでしょう。信頼は結果と同時についてきますから。…もし陸軍を一部海軍の方に回してほしいと言ったらグスタフは許可してくれるでしょうか…」
「それなら心配ありません。陛下の頼みならグスタフは陸軍の全ての人員を海軍へ渡す勢いで派遣してくるでしょう」
コンラートは少し笑いながら言った。
「それは逆に困りますね。ですがそのくらい大勢の人が必要でしょう。アオイ様には早急に結果を出して頂かないとなりません」
「…それで他に報告は何かありますか?」
「はい。次に最後の報告になります。アオイ様の補佐として選ばれたエノア中佐の件ですが、補佐官として不足は無いかと思われます。関係も良好だと判断致しました」
「それは良かったです。この前、大尉から中佐に昇進なされた方ですね」
「はい。今回、エノア中佐を補佐官に任命して下さった事、再度礼を申し上げます」
コンラートは落ち着いた声で言う。
「いえ、僕は優秀な方を選んだだけです。それに礼を言わないといけないのは私の方ですから」
そう言うとエゼリオンは机の上にある一枚の紙を手に取った。
「エノア・ラグレイン。海軍兵士学校を首席で卒業。卒業後、少尉から大尉までの階級を振り分けられる場にて数十年出ていなかった大尉に任命。その2年後の紡流海海戦では敵艦を自らの魔法で撃破、大金星を上げた…本当に怖いほど優秀な方ですね」
「多くの士官が彼女の昇進に否定的でしたが、貴方が強行してくれたお陰で彼女を中佐へ昇進させる事が出来ました。改めて礼を言います」
「いえ、私は海軍大将として当然の事をしたまででございます」
「本当に貴方が海軍大将で良かった。…この国は今重い病です。不安定な政治体制に貴族の意見を皇帝が完全無視出来てしまう制度、そして凝り固まった上層部…今必要なのは新しい風です。座礁した大船さえも進ませる強い風なのです」
「私も同じ気持ちであります、陛下。このコンラート、この命尽きるまで陛下に、皇国に尽くすつもりであります」
「ありがとう。私もこの皇国の為にこの命を尽くそう。まだ落日を迎える訳にはいきませんから」
エゼリオンは微笑みながらそう言った。その目は曇りない、透き通った晴天の目だ。
誤字脱字、ここの文少し変、ここはこうした方が良いなどと思ったら是非コメントをお願いします。