あまり重要ではない物語
前回のエピソードで、一つ、胸につかえていたものを話し終えた。
どうすることもできない過去について、拘泥と屈託を並べて苦しむのはそろそろ止めなければいけないだろう。
前回で話した政治家のS氏の出来事は、細かい話を省いている。
ついでなので、その「細かい話」も話しておこう。
・S氏と、いわゆる反政府勢力
政治家のS氏であるけれど、私の話に対して示した反応をいくつか。
パンデミックに備える話をしたとき、私は採用すべき政策をいくつか提案した。
その一つは「水際対策」で、病気に感染した人間が外国から入ってくることを防ぐために港と空港を閉鎖する政策だった。これに対してS氏は「どうせまた俺は人種差別主義者とか言われるんだろうなぁ」とボヤいていたし、また「ワクチンの無償投与」に話が及ぶと、急に舌打ちをして機嫌が悪くなってしまった。
私は、何か自分に落ち度があって機嫌を損ねてしまったのかと思ったのだけれど、このときS氏は、私ではなく、いわゆる反政府勢力に怒っていたのだった。
「ワクチン」という言葉に反応していたのは時期的な影響も大きい。2013年に、いわゆる子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)の副作用について、マスコミにより報道がなされたのだが、このとき、反政府勢力の活動により、実態以上にワクチンが危険であるかのように伝えられてしまった。これで一時期ワクチンの接種が止まったのだが、S氏は私の話を聞いて、この件を思い出してしまったようなのだ。
先の「水際対策」の話をしたときにも、明らかに感情的に怒っていたし、反政府勢力に対する怒りというか、恨みは相当に深いことをうかがわせた。
……ちなみに、S氏とお話ししたあと、いわゆる反政府勢力の側にも呼ばれて、いくつか対話を試みたのだけれど、これはまた長くなるので、ここでは省略する。
結論を先に言うと、かなり不愉快な時間であった。
・カワウソのお酒
今から二十年ほど昔のことになるが、初めてS氏にお会いしたとき、私が提案したのは「カワウソのお酒」の話だった。
S氏の地元は山口県だが、そこにある酒造で作られているお酒の中に、カワウソ(獺)の文字がつくものがある。
「そのお酒はとても美味しいだけではなく、海外でも通用するので、全国展開と、海外進出を手伝ってあげていただきたい。
これは地元の殖産活動として有効であり、立派な政治家としての功績になるでしょう。
どんなに名前の知れた政治家でも、いつかは忘れ去られますが、美味しいお酒の銘柄はそうそう簡単に忘れられない。そのお酒が売れるのを手伝っておけば、そのお酒の歴史とともに、あなたの名前も記憶されるでしょう――」
私はこのような提案をした。
S氏はお願いを聞いてくれたようである。そのカワウソのお酒は、幾つかの公的な式典に採用され、贈答品にもなり、海外への進出もしている。
余談だが、同時期に、同じ保守政党の別の政治家に「アニメ界で横行する下請け苛めを規制する法律」の制定を依頼したこともあるが、そちらもちゃんとお願いしたとおりに法律が作られている。
件の「保守政党」は、しばしば汚職事件で新聞の紙面をにぎわせ、非難されるが、私の印象は悪くない。何か情報を提供した上でお願いした仕事は、たいていやってくれるからだ。
ところで、2004年のことだが、やはりS氏と同じく山口県出身の映画監督のために、幾つか仕事をしたことがある。この時私は報酬を要求することもできたが、代わりに、作中に「カワウソのお酒」を登場させてほしいと依頼して、こちらも要求が通った。
これらの工作が成果を上げたのか、最近は私の住んでいる東京でも「カワウソのお酒」を入手するのは容易になった。嬉しいことだ。