表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/23

ある「最終選考で落ちた人」の末路

 前回、詐欺師の話をしたけど、実在する詐欺師の1ケースについてお話しておこう。

 その詐欺師の人生は、色々な教訓を含む。知っておく価値はある。


 こんな人を想像しよう。

 小説の公募は一年中、あちらこちらの出版社がやっている。そうした公募に応募して最終選考まで残ったが出版はできなかったという人。

 ひょっとしたら今これを読んでいる人の中にも、そんな人がいるかもしれない。

 賞を取る手前まで残って落ちたのなら、きっとその無念は深いだろう。これはわかる。

 わかるが、その結果に拘泥(こうでい)するのは、早めにやめた方がいい。


 公募で選ばれるかどうかは半分以上運まかせである。

 受賞作に選ばれるには、何人もの下読みのチェックを潜り抜けなければいけない。作品の傾向と下読みの好みが合わないと、早期に選考落ちしてしまう。

 プロとして活躍する小説家が、茶目っ気を出して公募に自作を送ってみたら一次選考で落ちたとか、そんなことは不思議でも何でもない。

 無事にデビューできたなら、公募に出したことに意義はあったと言えるだろうけど、デビューできなかったなら、一次選考落ちでも最終選考落ちでも、同じことだ。そう考えておいた方がいい。そして、さっさと別の作品を作るか、別の人生を探すべきなのだ。

 なまじ公募でいいところまで行ってしまったがために、30歳超えても小説家志望のフリーター生活……なんてのは、笑えない。


 小説家ワナビから詐欺師になっちゃった男がいる。仮にここではHと呼ぶ。


 Hは20代に初めて書いた長編小説を公募に出したところ最終選考まで残った。しかしそれは呪いとなり、彼の人生を支配してしまった。

 Hだって最初は真面目に小説家を目指していたんだろう。でもデビューできないままプライドばかりが高くなって、他の小説家ワナビに遭遇するとベテランのようにふるまい、何かあると「オレは公募で最終選考に残った!」と言ってマウントを取る。しかし一冊の本も出せずに歳を取ってゆく。

 そのうち他のワナビに「俺に任せればデビューできる!」などと、実現のあてのない約束をして、金をとるようになる。

 こうして、立派な詐欺師の仲間入り。


 前回で詐欺の手段として挙げた「カモの前で、コミケに来た本物の編集者やライトノベル作家に挨拶をすることで権威付けする」という方法を実際に使った人物は、このHである。


 コミケには作家やイラストレーターに挨拶する目的で編集者たちがやってくる。

 そうした編集者が来るタイミングを見計らって、Hはカモである小説家のワナビを集め、編集者の一人を指さして「俺が君たちを新人小説家として推薦している相手だ」と、説明した。その上で、その編集者に挨拶をして別れる。それだけ。

 その光景を見ていたワナビ達はすっかりHを信用して、お金を渡してしまった。


 違和感を覚えた私は、Hに挨拶された編集者に声をかけて、Hについて尋ねたところ、彼はただの顔見知りで、失礼がないように挨拶をしただけとの返答を得た。

 Hが話していた、新人小説家の推薦について質問すると、編集者はびっくりした顔で「そんな事実はない」と回答した。

 これはHの説明と矛盾する。彼の話は最初から最後まで嘘だった。


 そういうわけで、私はHのことが大嫌いになったが、相手をするのも面倒なので放置していた。

 しかしあるとき、Hのあからさまな嘘に耐えかねて、HとHを信じて集まったワナビの前で、嘘を暴露したことがある。

 Hは「小説を一冊出せば、それだけで収入500万円!」などと言ったのだ。


 ごひゃくまんえん……

 こんなの、アニメ化とか映画化でブーストがかかっているような、ごく例外的なケースの話である。

 普通の収入は一冊でせいぜい60万円から80万円というところ。

 これは文庫本のケースであるから、新書やハードカバーならもう少し高くなるだろう。でも500万円はフカしすぎだ。

 本を一冊出すには、担当編集者相手に企画書を提出して出版社の了承を得なければいけない。いくら原稿を書いても、企画が通らなければ本は出せないし収入にならない。


 そのように、小説家の現実的な収入について話すと、ワナビたちは意気消沈した。

 そして、なぜかHまで、この世の終わりのような顔をしていた。


 自分の嘘が見破られたのがショックだったのかと思ったが、そうではなかった。

 Hの話は嘘だったが、彼自身は自覚がなかった。

 彼は本当に、小説家は高収入だと信じていたのである!

 なんじゃそりゃ。

 人に嘘をついているうちに、自分がその嘘に騙されていたようだ。


 Hは嘘を見破られて、大人しく業界を去る……などということはなく、それ以後も留まり続けた。

 彼はたくさんの人を騙し、たくさんの人生を台無しにしながら生きた。その犠牲者の中には、彼自身が含まれている。その悲惨の始まりは、彼が公募で最終選考まで残ってしまったことであった。

 若いうちにさっさと諦めていれば、もっとマシな人生だっただろうに。


 ちなみに、Hもまた私に粘着する人間の一人になった。面倒がますます増えていく。


 前回、現実世界で正義を行うリスクについて話したけど、嘘つきは悪事を暴露されて反省なんかしない。嘘つきの頭の中では、いつも自己弁護の言葉が繰り返されていて、その欺瞞を暴かれると、被害者の顔をして牙をむく。

 彼らはそういう人々である。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ