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出版業界に巣食う詐欺師たち

 これを読む人の中には、プロの小説家を目指す人もいるかもしれない。

 これはそんな人たちにとって為になる話だけど、同時に、とても不愉快な話だ。


 なに? ここまでずっと不愉快な話だったじゃないかって?

 ……いい質問だ。

 小説だの漫画だのといったフィクションは、たいてい愉快な話だ。

 人が愉快な話を好むのは、現実世界が不愉快だからだ。でも愉快な話ばかり読んでいると、現実に痛い目に遭うから、たまには不愉快な話も読んでおいた方がいいんだよ。しかもこれは実話だからおトクだよ!

 だから、さあ、読め!

 今回は特に、詐欺の予防にいい話だから!


 ……さて(襟を正す)、事実として。この業界には詐欺師が多い。

 何年も何年もプロの小説家になろうと公募に作品を送り続け、40歳を超えてもデビューできないとか、そんな人はこの業界に山ほどいる。だから、そういう人を食い物にしようとする詐欺師も後を絶たない。

 そういう人間に引っかからないようにするために、ありがちな手口と、私が見聞したケースをここに記録しておく。


 典型的な手口を挙げよう。

 コミケなんかで、自作小説の同人誌を発表している人がいたとする。

 詐欺師は同人誌を読んで、さも、感銘を受けたかのような顔で「感動した!」と大げさに驚き、作者がそれを喜んだところで、

「知り合いにM出版の編集者がいるんだ! 紹介してあげるよ!」

 ……などと持ちかける。

 そして、工作費用などと称して金を無心するのである。


 おそらくは、ネットで似たような手段を使う詐欺師もいるだろう。


 この手口、いかにもという感じだけど、引っかかる人は意外にいる。

 カエサルの言葉にもあるように「人は見たいものを見る」のだ。自分にとって都合のいい話を聞くと、人はあっさり信じてしまう。


 詐欺を働くのはどんな奴かというと、まったくの素人ということもあるが、本物のプロのライターだったりすることもある。

 これがタチが悪い。

 業界の知識があり、本物の小説家や編集者にもコネがある。その上で、そのコネや知識を詐欺に利用するのである。

 ライター業は、企画が当たったり、担当編集者に恵まれたりしない限り、収入が少ないことが多い。その足りない収入を「詐欺」によって稼ぐ、堕落したライターというやつは、実在する。


 詐欺師が、自分を権威付けして、カモを騙す手段は幾つかある。

 たとえば、コミケに来た本物の編集者やライトノベル作家に、ただ単に「挨拶する」という方法。挨拶して、ちょっと世間話をして、立ち去る。ただそれだけのことを、カモの目の前でやる。


 カモは、たいていプロに憧れがあるので「ああ、あの人はプロと対等に話をしている! 本物の小説家だ!」などと、勝手に感動して、騙されてしまうのである。


 ほかの方法としては、名刺を使うやり方がある。

 作家、または作家志望者で有望な人間は、しばしば編集者から名刺を受け取る。

 もちろん編集者は、連絡先を教えることで、持ち込みがあることを期待しているのである。これはただの、日常のビジネスの光景だ。

 だが、この名刺を、人を騙して奪ったり、あるいはもっと直接的に、盗んで手に入れてしまうヤツがいる。

 そして、その名刺を「コネのある編集者からもらった」などと言って、カモを騙す小道具にするのだ。

 もっと酷い例だと、自分自身がその編集者になりすますこともある。


 だからもし、君が持ち込みなどをやって編集者から名刺をもらっても、それを他人に見せたりしてはダメだ。ましてコミケのテーブルに置きっぱなしにするなど自殺行為。奪われれば、どんな災いが降りかかるか知れたものではない。


 余談だが、これは汎用性のある予防策だけど、人に何かを任せるとき「期日」は必ず約束させること。

 詐欺師は最初から約束を守るつもりがないので、期日が決まっていない。聞いてみると言葉を濁したり、矛盾する説明を始めるだろう。

 期日が決まっていない約束は約束ではないのだ。必ず記録を取り、確認すること。

 もしも相手が詐欺師ではないのなら、ちゃんと期日を決められるし、ずるずる引き延ばすなどの不誠実な行動はしないはずである。


 ここで話した詐欺の事例は、妄想でもフィクションでもない。全部私が見聞した事例である。

 なんだこれは! と怒りに駆られたのであれば、きっと君は、常識人であろう。

 だが、常識人であるのならば、人並みに正義感を持っているのであれば、注意したまえ。


 もしも君の友人や知人が、詐欺師に騙されていたとして。

 どうするのが正解だろうか?


 社会的な意味での正解は、その詐欺師の手口を暴露して、打ち負かすことだろう。詐欺師は退場し、騙されていた犠牲者は自分の人生を取り戻す。どこかのミステリー小説のハッピーエンドのようだ。

 しかし現実に、そんなことができるだろうか?

 君という人間にとって、この行動が引き起こす結果は正解だろうか?


「だって、初めて人にほめてもらったから」

 これは、かつて私が出会った、とある小説家ワナビの言葉だ。

 あまりにもチャチな手口の詐欺に引っかかっていたので、なぜこんな手に騙されたのかと尋ねてみると、彼はそう回答したのである。

 人にほめられた経験が乏しい人というのはいっぱいいて、そうした人は、わざとらしい「ほめ言葉」で容易くコントロールされてしまうようだ。


 詐欺師は、甘美な言葉を使う。

 あなたは特別だ。

 あなたは優秀だ。

 あなたは私の大切な人だ。

 人が誰しも、誰かに、言ってほしいと密かに願っている、美しい言葉。


 そうした言葉を信じてしまった人間は、いわば、洗脳された状態に陥る。

 そんな状態にある人に、君が、詐欺の手口を種明かししたり、詐欺師の発言の矛盾を論理的に諭したとして、信じてくれるだろうか?


 詐欺師の嘘を暴き、美しい言葉の裏側を、はらわたを引きずりだしたとして、犠牲者は歓迎などしない。君は嫌われ、悪評が付くことさえあり得る。


「あいつの話は嘘だよ。君の才能に嫉妬しているだけさ!」

 詐欺師がこんなことを言ったら、犠牲者はどっちを信じるだろうか?


 現実世界で正義を行うことのリスクと困難を、決して無視してはいけない。

 もしも君の友人が、詐欺師に騙されて、そこから現実に連れ戻すことが困難であった場合、見捨てることを選択肢に含めるべきだ。

 たとえ薄情と言われようとも。


 なお、こういう私は騙された友人を見捨てることができずに、その友人に散々な目に遭わされたクチである。


 友人(仮にJと呼ぶ)が同人誌販売で儲けたお金で事業を始めるという。話を聞いてみると、実際に仕事をするのは別の男(仮にKと呼ぶ)で、Kにお金を渡して事業を任せるという。

 ところがそのKの発言が怪しかった。

 Jがいない場所では「アイツの金は俺たちのものだ」などという怪しい発言を、自分の取り巻き相手に話している。というか、笑い方に明らかに悪意があった。

 というわけで、私はJに向かってタレコミした。Kはこんなことを言っていたぞ、と。


 Kの本性を教えたのだから、もうJは自分が騙されていたことに気が付いただろう。事実、私の話を横で聞いていたKは、顔色を悪くし、脂汗を流していた。明らかに、痛いところを突かれたのだ。

 さあ、これから因果応報だ。詐欺師が報いを受けるぞ。

 そう思っていると、Jは拳を震わせて「そんなに俺が憎いのか」と言うや、私の方を非難し始めた。おまけにKに何かを耳元で囁かれると、涙を流して感動する始末。Jはとっくに洗脳済みだったのだ。

 以後、Jは私の活動を妨害する側の人間の仲間入りをした。


 私はところ天の介か。


 その事件から10年ちょっと後に、案の定、Kは金を持ち逃げしてJの事業は破綻した。

 Jは一言も私に謝罪しなかったし、Kは逃走成功。お金は戻ってこないまま。


 そういうものだ。


 だから、せめて。

 これを読む君は、詐欺に注意したまえ。

 たった一回、嘘を見破れなかったがために人生が台無しになる人間はごまんといる。

 中には、嘘を見破ってしまったがために災いに遭う私のような人間も、いることだろう。

 この業界には、この世界には、そんな落とし穴が無数に穴をあけていて、君が落ちるのを待っているのだ。


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