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二次創作をめぐる仁義無き戦い その2

(前回より続く)

 いったん、S社の社員とは別れて、私は本来の活動に戻った。

 私のところに話を聞きに来る人はいくらでもいたし、中には同人作家もいたから、そうした人たちに、このS社社員との一件を話した。

 当分はS社関係作品の二次創作を避けるべき。S社を刺激するな。

 情報としてはこれで十分だろう。


 一時間と経たず、なんだか殺気だった男がやってきて、私に向かって、S社の件についての詳細な説明を求めてきた。

 どうも彼は同人作家で、断片的な伝聞という形で私の話を聞いたようだ。だから詳細な情報を求めていた。そこで私は、経緯を細かく説明した。


 この同人作家の名前は知らない。だからここでは、仮にA氏と呼ぶ。


 A氏はそれなりに同人作家の中では知られた存在らしい。

 影響力のある人に、話を聞いてもらって、私の情報を他の同人作家たちに伝えることができれば、効率的に事態を収拾できるのではないか。私はそんな期待をした。

 説明が終わったとき、S社の社員はまだ近くにいた。相手を刺激しない、というのが私の話の趣旨なので、当然、A氏は私が提案した通り、S社社員を刺激しないように行動するだろう……


 ところが、A氏は、S社社員に近づくなり、噛みつくように顔を突き出してこう言ったのである。


嫉妬(しっと)するな!」


 意味が分からず困惑するS社社員と、鬼の形相で非難するA氏……

 頭の中が真っ白になった。

 ……?

 え? どういうこと? 私はさっき「刺激するな」って言ったよね?

 それがなんで「嫉妬するな!」ってなるの?

 なんで?


「ちょっ、なにやってんですか」私はそう言って、A氏の肩をつかんだ。「刺激するなと言ったじゃないですか!」

 すると彼は、早口でまくし立てた。

「うるせえ! 同人誌も作れない奴の意見なんか聞きたくねえ! 誰にも俺たちを非難する資格なんかないんだ!」

 すごい早口だったので、半分以上の話は聞き取れなかった。かろうじて判別できたのは、だいたいそういう内容だった。この「嫉妬するな」という発言が意味不明だったが、どうも彼の世界観では、同人作家に文句を言うのは絵が描けない「無産」だとかなんとか。

 つまり……どういう意味??


 現実崩壊。

 A氏の意見は、私にはまったく理解不能だった。こんな発言を、よりによって版元に対してする人間がいるとは、想像したことさえなかった。


 無許可の二次創作をやってる同人作家が、版元にケンカを売って勝てる見込みはない。一方的に蹴散らされて終わりである。A氏の主張に法的な根拠はないから誰の助けにもならない。

 後に知ったことだが、A氏は同人作家だが、S社が版権を持つ作品の二次創作はしていなかった。

 つまり、もしS社が取り締まりを実行したら、A氏とはまったく無関係の同人作家が告訴されたり賠償金を支払わされたりといった目に遭うわけだ。

 もう一つ加えると、私は当時フリーのライターだった。S社は日本最大の出版社であり、私は業界の最底辺。S社の機嫌を損ねると社会的に死ぬ。

 なんとはた迷惑な。


 そのあと、話を聞きつけたらしき同人作家が数名現れたのだが、彼らも「無許可の二次創作の危険性」について、まったく認識していなかった。

 中には、版元が二次創作を歓迎してくれていると考えている人まで。

 これは困る。

 なんとか事態を収拾しないといけないわけだけれど、方法が見つからない。

 そこにまた、新たな同人作家が現れた。

 これが誰なのかは判明している。しかし実名を書くのは障りがあるので、ここでは仮にE氏とする。

 周囲の他の同人作家たちの反応から、E氏もまた、同人作家の間では知られた存在だと推測できた。


 私は事態の収拾を依頼すべく、E氏に事情を説明した。

 やれやれ、今度こそ、助けになってくれるかも。

 私はそう期待したわけだけれど、E氏は私の説明を聞き終えると、つかつかとS社社員の元へと歩みより、笑顔でこう言った。


「訴えられるもんなら訴えてみろ!」


 ……?

 え? あの、どういうこと? さっき説明しましたよね。

 誰が挑発しろと言いましたか?

 相手は天下のS社ですよ。S社なんですよ!


 最悪の上に最悪が重なる。

 私は悪夢でも見ているのか。


 ここで、気の短い読者のために、オチを先に言ってしまおう。


 この事件が起きてから10年以上の月日が流れてからわかったことであるが、E氏がこんな発言をした理由は単純なものであった。

 E氏は「S社の偉い社員がコミケなんかに来るはずがない」と決めてかかっていた。

 つまりS社の社員は偽物だと思っていた。

 それで、こんな発言をしたのだ。

 ここはE氏から直接聞いたのではなく、E氏の知人を名乗る人から聞いた話なので、厳密にこれが真実かどうか確認はできない。だが、一応の説明はつく。


 じゃあ「S社の社員」はどうかというと、本物だったことが確認されている。

 2013年だったと思うが、私の話に興味を持ったS社の漫画雑誌編集者と会う機会があった。彼がこの「S社の社員」にまつわる話を聞いた後、心当たりのある社内の部署を調査してみたところ、法務部に該当する社員がいて、本人に会って話を聞き、裏がとれたという。


 私が予見していた通り、2005〜2007年にかけて、同人作家による複数の作品が、著作権侵害を理由に発売中止に追い込まれた。

 そのうち、ある国民的漫画の「最終回同人誌問題」は、学校の教師が版元に問い合わせたことがきっかけだったことを覚えているだろうか? 前回で触れた通り、学校関係者は版元にとって重要なお客様なので、同人作家の作品が縄張りを侵すと、情け容赦なく処される。本件は、その一例となった。


 また、2024年現在、過去に比べて漫画の二次創作の同人誌は減少している。版元を怒らせる危険性が周知されてきたからであろうか。


 ただし、これまでに話したS社の法務部社員、ならびに同人作家たちの発言が、この結果に影響を与えたかどうかとなると……実は「定かではない」。

 本物とはいえ、S社の法務部の社員一人の機嫌を損ねたからといって、それが即・企業の行動に反映されるとは限らない。


 ただ言えるのは、私が考えていた妥協案は、もう永久に実行されないということだ。

「嫉妬するな!」にしても「訴えられるもんなら訴えてみろ!」にしても、こんな失言をカバーできるような妥協案は、とうてい思い浮かばないからだ。


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