あるインディーズ対戦格闘ゲームの製作者について
本手記を書いている最中「このエピソードを人に話していいものか?」と悩むことが多い。この章もその一つである。
「ヴァンガードプリンセス」という対戦格闘ゲームがある。現在はフリーゲームとして公開されている。作者はスゲノトモアキ氏。ゲームエンジンはツクールシリーズの「2D格闘ツクール2nd」ながらも、商業作品と比べて遜色のないクオリティを誇っている。
しかし2011年ごろから、スゲノ氏が消息不明となってしまったために、現在は更新停止している。
後にゲームプラットフォームであるSteam上で有料配信されたものの、スゲノト氏のコメントは何もなく、公式なものなのか、ただの海賊版なのかも不明である。
いったい何がスゲノ氏の身の上に起きたのか?
断片的だが、私が知っていることがある。
そして先に断っておくと、ヴァンガードプリンセスが更新停止したのは、私のせいかもしれないのである。
前に書いたと思うが、私はもともとゲーム業界志望だった。出版業界や映画業界にコネを広げていくうちに、00年代の前半には、目論みどおりゲーム業界にも人脈が広がった。私の能力の価値を認める人が、ぽつぽつと現れるようになったのだ。
当時のゲーム業界でやろうとしていたことは幾つかあるが、そのうちの一つは「対戦格闘ゲームの再興」だった。そのころSNKは衰退し、新作の対戦格闘ゲームも作られなくなっていた。私はその状況を憂いて、幾つかのメーカーに働きかけて新作を作るように提案した。
その過程で遭遇した人物がスゲノ氏だった。
彼はもともとはカプコン社員であり、対戦格闘ゲームを作ることが夢だった。しかし、上司に相談しても企画が通ることはなかった。
対戦格闘ゲームは作成コストが高い。腕のいい絵描きを集めなくてはいけないし、その当時でも1キャラクターあたり1,500万円のコストがかかる。リスクを恐れて新作の発表ができなくなるのも無理はない。
この状況下で、どうすれば自分の理想の対戦格闘ゲームを実現できるだろうか? 彼は私に相談を持ち掛けた。
そこで私は「2D格闘ツクール2nd」の存在を教えた。自分で作ってインディーズの世界に飛び込むという手もある。「2nd」は自分でも使ってみたことがあったから、仕様には詳しかった。
彼はこの提案に興味を示した。
それから月日が流れて、2010年だったか、2011年だったか。
私は活動を再開し、その噂を聞きつけて、会いに来る人たちがいた。その中に、スゲノ氏もいた。
ヴァンガードプリンセスは有名な作品だから私も存在を知っていた。しかしその作者が、かつて自分が会った人物だとは思っていなかったから、大いに驚いた。
彼が来た理由は勧誘のためだった。
ヴァンガードプリンセスを次の段階に進めるために、私に手伝ってほしかったわけだ。
ところが、私はこの提案を断ってしまった。
理由はいくつかある。
スゲノ氏は画力でもセンスでも優秀であり、私では足手まといにしかならない。
だいいち、いくらでも協力してくれる企業は見つかるだろう。もう彼は有名人なのだから。
私がこだわっていた「対戦格闘ゲームの再興」は、その時すでに多数のタイトルが市場に発表されていたので、達成済みだった。この方面で私の役目は終わっていた。
……言いにくい話をすると、私はIT業界では活動しにくい事情があった。下手をするとスゲノ氏が巻き添えになりかねない。(その事情は、これからの手記で語ることになるかもしれない)
この一件が、スゲノ氏のテンションを大きく下げてしまったようである。
あからさまにガッカリしていた。
スゲノ氏について私が知っているのはこれだけである。
彼が姿を消した原因のすべてが私にあるかと言われたら、それはわからない。他にも原因があるのかもしれない。現段階で知っているのは本人だけだろう。
誰もスゲノ氏に連絡が取れないものだから、ヴァンガードプリンセスは、孤児著作物になってしまった。現在、この作品はアーケード版が製作中だが、これに彼は関わっていない。
今まさに、彼の作った対戦格闘ゲームが市場に問われようとしているのに、そこに本人がいないのである。
繰り返しになるが、彼が消息不明になった原因は正確にはわからない。しかし、私がもう少し気の利いた対応をしていたら、こんな結末にはならなかったのではないかとは思う。
今さらどうしようもないのだけれど。
スゲノトモアキ君。お願いだから戻ってきて欲しい。
そして、君が受け取る権利のあるものを受け取って、君の才能を、君が好きなことのために、存分に使ってほしい。
今は、そう祈るしかない。




