ライトノベルへの関与とその副産物
私は90年代末から00年代前半にかけて、多くのライトノベルを立案した。
当時、たまたまコミケで遭遇した人の中に、なんとなく「この人、文章上手そうだな」という印象を持った相手を見つけると、私は必ず声をかけるようにしてきた。そしてたいてい、声をかけた相手は実際に作家志望者で、過半数がライトノベル作家志望者だった。
場所がコミケ会場なのだから、当然というべきだろうか。
私は一つのネタを思いつくと、そのバリエーションをいくつも生み出して作家志望者に提供する傾向にある。どうとでも応用の利くテンプレートの世界設定と粗筋を考えて、あとは作家ごとの傾向や嗜好に合わせて内容に変化を付けていくわけだ。
一番最初に考えたのは「ボーイミーツガールから始まる異能バトルもの」だったが、具体的な作品名は決して書かない。詮索無用である。
いくつか作品を人に提供した後、私は自分でも、同じテンプレートで何か小説を書いてみようと考えた。
私がプロットを切った話はだいたい好評だった。他人のために作った作品がこれだけ売れるなら、自分でやっても同じくらい売れるんじゃないか。そう思ったのだ。その時は。
たしか2002年から2003年ごろだったと思う。
それで、自分のための作品を作り始めて、世界設定と粗筋を考え……手を止めた。
私は作品を見ただけでどれくらいの売り上げになるかを推測できる。この能力を使って、自分の作品がどの程度売れるかと推測してみたが、たとえ無事に小説家デビューしてシリーズ化したとしても、合計して十万部も売れないという結論に達してしまった。ライトノベルとしては凡作である。
私が他人のために立案した物語は何十万部も平然と売れているのに、私が私のために立案した物語は、市場に埋もれる一作にしかならないのである。
これに気が付いたときは、まぁ、凹んだ。
私は前回、こう書いた。
私の能力は、自分が何かをするための能力ではない。
何かをしようとする誰かに、予知をして助ける能力である
これをなんとなく自覚したのは、この頃である。
私の物書きとしてのスキルは、せいぜい下の上から中の中程度でしかない。
こう考えると、作りかけの自分の小説も、もう終わってしまった作品のように見えてしまう。だから、私はその物語を書くのを止めてしまった。
参考までに書いておくと、私が考えたのはこんな話だ。
主人公は平凡な高校生の少年。
彼は学校からの帰り道に、異形の力を使う殺人鬼と一人の女性が戦う場面に遭遇する。成り行きで女性に加勢した結果、少年は殺人鬼を撃破するが、殺人鬼にとり憑いていた怪物の新たな宿主になってしまう。
女性の話では、異世界からの侵略が密かに進行しており、異世界の怪物は人や場所、道具などに憑依して、超常現象を引き起こしているという。その女性は、異世界の侵略に立ち向かう秘密組織のエージェントであり、異能を手にした主人公もまた、否応なく組織の一員として異常現象に立ち向かうことになる――
全体的な物語の構造は、90年代にヒットしたドラマ「X-Files」や、80年代のアメリカ製ドラマ「FRIDAY THE 13TH: THE SERIES」などを参考にしている。
主人公たちが立ち向かう怪物や怪奇現象として立案したのは、以下のようなものだ。
・逆メデューサの怪物
メデューサは「見た人を石にする」という伝説の怪物だが、その逆で「人に見られることで石になる」という怪物。人が視線を向けている限り無害だが、目をそらすと高速で動き回り、人を襲う。石になっている状態では無敵に近く、銃も剣も爆発物も受け付けない。
・「見るな」の化け物
逆メデューサの怪物の逆で、人に見られることで活性化する怪物。たとえどんなに離れていようと、たとえ写真やビデオテープの映像であろうと、誰かが自分の姿を見たと認識すると、地の果てまでも追いかけて人を襲う。
・無限の非常階段
怪物がビルの非常階段にとり憑いたもの。
非常階段の下から、子供の泣き声が聞こえる。これを聞いた人間が、子供を助けようとして階段を降りたとしても、泣き声の出どころにたどり着けない。やがて、背後から怪物が下りてきて犠牲者を襲う。
・正義のトレンチコート
なんらかの事件が発生した場所に現れる、トレンチコート姿の謎の人物。超人的な能力を持ち、人助けをしてくれるが、出現するたびに中身が違う。ある時は白人男性、あるときは黒人女性がトレンチコートを着て現れる。どうやら本体はトレンチコートの方らしく、何らかの正義感や使命感に駆られる人間の元に現れて、力を貸してくれるようだ。
ほかにもアイデアを話したかもしれないが、もう忘れてしまった。
……ここまで読んで「どこかで聞いたような?」と思ったなら、君は鋭い。
自分がこの物語を書くことを諦めたとき、たまたま私の元へネタ探しにやってきた白人の男性が何人かいた。国籍は知らないし、職業も不明だ。
私は使い道がなくなってしまった、この物語の「怪物、ならびに怪異のシナリオ」を、彼らに与えた。
「自由に使っていい。私にはもう、使い道がないから」と。
何も見返りを求めなかったのは、ヤケになっていたのもあるし、自分が使っても大して売れないネタを他人がどう料理するかを見てみたかったのもある。
それから何年もの月日が過ぎて、SCPの存在を知った。
提供したネタがすべて初期のSCPに含まれているということは、私がネタを与えた人間の誰かが、SCPを立ち上げたのだろう。
逆に、提供しなかったアイデアもあるのだが、これは初期SCPに含まれていない。私のアイデアが誰でも考え付くものだったというわけでもないようだ。
あるSCPと同じネタが同時期に無関係なSFテレビドラマでも使われていることがしばしば話題になるが、これは別に不思議なことではない。
先に書いた通り、私は複数名に同じネタを与えている。だから、同時期の複数の作品で同じネタが使われても、説明はつく。
SCPはすでに膨大な量が作られている。初期のほんの4つか5つをのぞいて、もはや私とは無関係である。そして、だいたいどれも面白い。私が作ろうとしていたライトノベルなどよりも、はるかに。
決して私では思いつかなかったであろう俊逸な作品たちだ。口惜しいが、事実だ。
私が自分で作る作品は凡作にすぎないが、他人の作品作りに手を貸すと絶大な効果を生む。
SCPはその一例となってしまった。
追記するが、私はこのアイデアを提供するときに「報酬無用」とはっきり宣言している。この件で私が何か受け取る権利はなく、かつて何かを受け取った事実もなく、今後要求するつもりもない。
こんなことをわざわざ記載するのは何故かというと、ときどき、勝手に私の代理人を名乗って人から金を奪おうとする悪人が現れるので、その対策である。




