二次創作をめぐる仁義無き戦い その1
※ここで話す一件は、二次創作の同人誌を作ったことがある・またはこれから作りたい、興味があるという人に関係のある話だ。しかし劇薬に近い。
2000年前後だったか。いまとなっては昔のことなので、時期を特定できないが、だいたいそのころに起きた事件である。
最初の話で書いたように、私がコミケの会場を徘徊していると、誰かしら相談事を持ち込んでくる人がいたわけだが、これはその1ケースだ。
比較的小規模な、そして私個人にとっては不愉快極まりない事件の話である。
どうか読むのならば、覚悟を決めて欲しい。
そのとき、私に相談を持ち掛けた相手は、大手出版社S社の社員(正社員)だった。
彼の相談内容は「同人作家に二次創作を止めさせるにはどうすればいいのか?」というものだった。
とりあえず話を聞くべきだと思ったので、いくつか質問してみると、S社側の事情はこういうことだった。
なぜ二次創作が版元に目の敵にされているのか?
これはもちろん、自社が権利を持つコンテンツを使って、許可を出したわけでもない第三者が商売をするのが困るというのが理由なのだけれど、最大の問題は、二次創作によってS社にとって利益にならない仕事が増えてしまうこと。
ありがちなケースは、二次創作の18禁同人誌を、保護者、またはどこかの地区のPTAメンバーが問題視して、S社にクレームをつけてくる場合だ。
ここが理解できないという人が多いので、具体的な仮定をして説明する。
仮に一人の男子中学生が、18禁の二次創作同人誌をこっそり手に入れてベッドの下に隠したとする。そして、その家の母親が子供部屋の掃除をして、ベッドの下から本を発見してしまった。すると、母親はその同人誌を見て「いやらしい! こんな本を売るなんて!」と怒り出し、PTAに報告。PTAは版元にクレームをつける。
二次創作の同人誌の存在は、決して一般の人に知られているとは言い難い。だから同人誌を作った同人作家ではなく、版元にクレームをつけてしまうのだ。
このとき、18禁の同人誌を中学生が買ったということは問題にされない。クレームをかける側にとって、作った側、売った側が悪い、買った子供は被害者、という認識だからだ。
このクレームは電話で行われる場合もあれば、当事者がS社に直接訪問してくることもある。
これが話をややこしくする。
S社にとって、学習教材や児童文学の売り上げは無視できるものではなく、保護者や教員、PTAを邪険に扱うわけにはいかない。
そして版権の絡む仕事を、末端の派遣社員や平社員には任せられない。
というわけで、編集長クラス、部長クラスの人間が対応することになる。
しかし、このクラスの社員のギャラは月給80万円くらいである(当時)。会社からすれば、時給換算で5,000円、一日あたり40,000円くらい払っているわけだ。
一度PTAなどへの対応を始めると、その社員は丸一日、本来の自分の仕事ができなくなってしまう。会社にとって利益ゼロの仕事に、高価な労働力を浪費させられてしまう。これが一日で終わらない場合も多い。しかも、PTA団体は日本中に多数ある。一年に何回も同じようなクレーム対応が発生するのは珍しくもないこと。
もちろん、同人作家は何の責任も取らない。
S社からすれば、他人が勝手に作った同人誌の責任を問われているわけで、その不快感は理解できる。
そういうわけで、この話の冒頭に登場したS社の社員が私に相談してきたのだ。
これまでの話をまとめると、版元が同人作家による二次創作を止めさせたい理由は、それが間接的に安くない損失を発生させるからである。
二次創作がどのような問題を引き起こすのか。出版社側から見た事情はよくわかった。
実害がある以上、取り締まりが実行される日は近いと見ていいだろう。
しかし私が同人作家をどうこうできるわけではない。
私の知人にも同人作家がいて、二次創作の漫画で食いつないでいるヤツもいたから、やめろとは言いにくい。
というか、実は私自身が学生時代はファンロードだの月刊OUTだのを読んでいて、どちらかといえば二次創作に好意的なクチである。
創作者にとって不幸になるような選択肢を選ぶわけにはいかない。
理想を言えば、長期的な計画を立てて、同人作家と版元の両方を満足させる妥協案を考えるべきなんだろう。ガイドラインを事前に決めておくとか。しかしそれには時間がかかる。
まずは、同人作家たちに現状を伝えておこう。
とりあえず、S社を刺激しない。
これさえ守れば、当分は、両者にとって不幸な結果にはならないはずだ。
そう思ったのだ。
それが甘い見積もりだったことは、後に明らかとなる。