「陣痛イイ!」とはなにごとだ?
私は人の顔を見ただけで、その人の才能や向いている仕事を判別できると言ったし、その能力で作り出した作品も多い。
けど、予想もしない結末を迎えることもある。
2003年だったか、その前後だと思うが、コミケで偶然すれ違った男性の話をしよう。名前はもう忘れたので、仮にD氏と呼ぶ。
私の見たところ、D氏はシナリオライターとして適性があった。それまでに彼の書いた文章を読んだことがあるわけではない。ただ、顔を見ただけでそう気が付いた。
そこで、D氏を呼び止めて、話を聞いてみると、やはり彼はシナリオライターとしての経歴を持っていた。直感が当たったわけだ。
私は彼が今作るべき作品を一つ提案した。
とある古参のゲーム会社が80年代に発表したアクションゲームに、美少女の剣士が異世界で冒険する内容の作品がある。とりあえずここでは「V」と呼ぶ。これを、ノベルゲームとしてリメイクし、D氏がシナリオを書けば売れること間違いなし。そう言ったのである。
この企画は、D氏の顔を見た瞬間に思いついたものである。これはつまり、彼が一番うまくやれる仕事が、この企画だったということだ。
もしもこの提案通りに「V」のリメイクが作られていれば、私の読みどおりに売れていただろう。
D氏は私の提案を喜び、自分の仕事仲間を集めて企画を形にしていった。問題は、あくまでもリメイクなので、元作品を作ったゲーム会社であるT社に許可をもらわなくてはいけないことだ。これもシナリオのプロットを完成させてから企画を持ち込めば、実現は難しくない。そう思われた。
ところが、そこで恐ろしいことが起きた。
最初に私とD氏が会って話をしているところに、たまたま遭遇した無関係の別人が、私の話に聞き耳を立てていた。そして企画を盗み、T社に先回りして権利を取得し、リメイク版を作り始めてしまったのである!
なにそれ。
この業界では、こういう仁義もクソもない行動をする人間がときどき現れる。
まったく笑えないことに、これによって途中までD氏が話を進めていたリメイクの企画はとん挫してしまった。私にもどうしようもなかった。
それから数年後、果たして、この「V」リメイクは発売されたのだが、もちろん私の提案とはまったく関係ない作品なので、シナリオはD氏とは別の人が書いていた。しかもエロゲー。
そして、ある意味伝説的な一本となった。
とにかく、テキストが酷い。
作中でヒロインが悪役に凌辱されてモンスターを出産するという展開(トホホ……)があるのだけれど、そこでヒロインが叫ぶセリフが「陣痛イイ!」なのだ。
エロゲーなんだからエロシーンが入るのはわかる。わかるが、こんなシチュエーションとセリフで抜けると思ったのか。企画を盗むにしたって、もうちょっとマシなシナリオライターを準備できなかったのだろうか。
当然というか、なんというか。
この作品はまったく売れず、T社はその翌年に潰れた。
近年になって「V」は正式なリメイク作品が作られたが、公式サイトでも、この駄作版「V」は存在しない扱いになっている。なぜって、そりゃあそうだろう。
なお、企画を不当に奪われたD氏は、コネを結集して、企画を盗んだ人間に復讐を果たしたという。これは人から聞いた話である。それが具体的に何をやったのかは知らないし、そもそも真偽もわからない。私も調べるつもりもない。関係者も口をつぐむだろう。
これは語られることのない物語である。
あな恐ろしや。