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世界恐慌の影

 私は何かというと、あまりにも都合のいい偶然に助けられることが多かった。

 これまでの話を読んだ人なら、その偶然がいやに出来過ぎていると思ったのではないだろうか。

 この後の話をするにあたり、ふたたび、その「都合のいい偶然」の話をしなければいけない。さもないと、わけのわからない話になってしまうから。


 90年代の私は、とうていライター業だけでは食べていけなかったから、アルバイトとして、とあるIT企業に勤めていた。ある日、IT企業が集まるイベントが開催され、そこに入場するためのチケットにたまたま余りがあった。それで私は、そのチケットを貰って、イベントに参加した。

 これがなんというイベントだったのか? それはもはやわからない。別に何が何でも参加したかったわけでもなく、ただなんとなく、暇だから参加したに過ぎなかった。

 そして、そこでまったくの幸運から、世界的な機関投資家のW氏に出会った。

 ちなみにアメリカ人である。


 私はいつもの調子で、イベントで遭遇したIT企業の社員たちに話しかけたり意見を聞いたりとしていたのだけれど、何が気に入ったのか、それとも何かを感じ取ったのか、W氏は私に日本語の通訳を連れて話しかけてきた。


「あなたは、私が探している人かもしれない。話を聞かせて欲しい」

 私に話しかけた理由を聞くと、そんな返事があった。なんだそれ、と思ったし、いかがわしいとさえ思った。

 それで、話を打ち切る目的で、私は「用事があるならコミケまで来てくれ」と回答した。

 今にして思えば、最低な発言だったと思う。

 そのとき、私はW氏が諦めて去るだろうと思っていた。


 ところが、その次のコミケでW氏は私の元までやってきた。

 その姿を見たときに、私が感じた後味の悪さがわかるだろうか。W氏は既に老人であり、私はその老人にコミケの雑踏の中を歩かせてしまったのだ。


 それで、恐縮しながらW氏と、通訳の前に出て、私は少し考えた……そして、何をすればいいかに気が付いた。

 話すべきことがある。

 いますぐに、話さないといけないことがある。

 そのことに気が付いたのだ。

 私は通訳に向かって、言うべきことを告げた。


「今、アメリカで住宅ローンを証券化した金融商品が出回っているのではないですか? リスクが大きいものが。これを買ってはなりませんよ」


「アメリカに、大きな証券会社があるでしょう? リーマンブラザーズとかいう会社です。近い将来、あそこが潰れます。さっき話した住宅ローンの金融商品が原因です。あなたは、その事態に対応しなければならないでしょう」


 この言葉に、通訳が顔の色を変えて怒った。

「ふざけるな」ちなみに日本語だ。通訳は日系アメリカ人なのか、それとも日本人なのか不明であるが、少なくとも見た目は日本人だった。「ふざけるな。リーマンブラザーズといったら、世界で五本の指に入る巨大な証券会社だろうが! そこが潰れるって、どんな世界恐慌だ! そんな言葉を通訳する俺の立場にもなってみろ!」


 その一言で、私は自分のすべき仕事に気が付いた。


「そうです。世界恐慌が来るのです。だから、なんとかして防がなくては」


 歴史を少しかじったことのある人間なら、かつての世界恐慌が世界大戦の遠因となったことは知っているだろう。お金が原因で何千万人もの人が死ぬということは、歴史に例のあることだ。次なる恐慌が、不動産ローンの金融証券によって起きるというのならば、これを止めなければ。


 賢明な方ならば、ここまでの話で分かると思う。

 私が問題視した「不動産ローンの金融商品」とは、いわゆるサブプライムローンのことであり「リーマンブラザーズが潰れるほどの大恐慌」と表現した金融危機は、現在はリーマンショックと呼ばれている。

 私は2000年前後にこれに気が付いて、サブプライムローンが過剰に金融市場に流通してしまうことを食い止めるべきと提言したのだ。

 ちなみにこの会話から数年かけて、W氏と、その知人のアメリカ人たちはサブプライムローンを駆逐しようとしたが、残念ながら失敗に終わってしまった。


 結局のところ、いくら未来のことがわかっても、市場全体で少数派に過ぎない人間ではどうすることもできない。多数派が「サブプライムローンは有望で優良な証券だ」と信じている状況で、これに逆らうことは困難だったのだ。


 私の情報でできたことは、せいぜいW氏とその周辺の機関投資家が破産するのを防ぐ程度のことであった。

 なお、金融市場が大混乱に陥るとわかっているのであれば、いっそ空売りを仕掛けるという手もあるが、私がこれを提案すると、W氏は渋い顔をして首を横に振った。W氏は責任のある立場で、そんな立場にある人間が人の不幸でお金を稼いだりすれば非難される。そもそも、信用取引をW氏は好まない。そういう理由だった。


 W氏はそれから数年にわたり私の元を訪れた。

 最後にお会いしたとき、氏は私に情報への報酬を提案してくれた。

 私は自分自身は何も受け取らず、代わりに、ひとつお願い事をした。


 遠くない将来、大津波が起きて日本経済が大混乱に陥ること。

 このとき、できる範囲でよいから、日本について「投資すべき価値がある国である」と世界に声明を発表して、日本の経済の混乱を収めて欲しいこと。


 この二つは、口約束であったのでW氏は約束を踏み倒すこともできたはずであった。

 だが、義理堅くW氏は約束を守り、2011年に東日本大震災が起きたときに、そこから日本が立ち直るのに手を貸してくれた。

 W氏がちゃんと約束を守ってくれたことに、私はただ感謝するしかないのである。


 ちなみに、将来の日本の危機を救うことを報酬として要求したとき、通訳からは強く「考え直せ」と勧められた。世界中の起業家や大企業のCEOが、W氏による投資を求めてアメリカを訪れる。それほどの影響力のある人なのだから、何か会社でも作って投資を頼めばいくらでもお金持ちになれる。彼は、私のことを彼なりに心配してそう言ったのだ。

 そんな、起きるかどうかわからない津波のために、役に立つ保証もない約束をして、この幸運を逃すことはない、と。

 しかし私は、この幸運を自分の利益のために使ってはならないと感じていた。だから、この結末には後悔していないのである。


 世界恐慌を防ごうと決心し、計画を立てた時、私は奇跡が起きたと思った。普通に考えればありえない偶然が私を助け、歴史に干渉することを可能とした。

 こんな幸運も、事件も、もう私の身の上には起こるまい。

 そう思った。

 ……だが、今にしてみれば甘かった。

 現実には、奇跡の方が私を離してくれなかったのだ。

 W氏がアメリカの二大政党にも通じる人物であったこともあり、氏との出会い以降、私はアメリカの政治にも首を突っ込むことになったのである。

 なんでこうなる。


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