悪役令息の断罪ルートをなんとしてでも回避したい俺
ついにこの日が来てしまった。
昔読んだ小説に出てきたオメガの悪役令息に転生して早5年。この日を回避すべく、俺はあらゆる手を尽くしてきた。
婚約している皇太子であるアルファの王子ははっきり言ってクズだ。
金遣いが粗い上、浮気癖があり、目に留まったやつに片っ端から手を出しまくっていた。
しかしこんなろくでもないやつでも、結婚しなければ俺は死ぬ。
俺が転生する前の元の悪役令息は性悪だったらしいが、俺が人格を乗っ取ってからは、悪い印象を少しでも払拭すべく、周りに優しくしたり、王子がやつあたりに理不尽にいじめてたやつを助けたり、味方を増やすために最大限に努力した。
最初は気味悪がってたやつらも徐々に打ち解けてくれたし、友達も結構増えた。
正直悪くはない状況にはなったと思う。
しかし王子は、1ヶ月前、小説に出て来たオメガの主人公に出会うとたちまち恋に落ちた。
悪役令息である俺は、オメガとしては背が高めな上、銀髪に薄紫色の瞳で皆に冷たいと評される見た目をしている。
そんな俺とは違い、小柄でふわふわな金髪に大きな碧眼の思わず守りたくなってしまう雰囲気の主人公は王子の好みにドンピシャで、二人は瞬く間に距離を縮め、方々に手を出しまくってた王子の男遊びさえもぴたりとなくなった。
本命ってすごい。
王子は、自由になる金がなかったためか、もっともらしい理由をつけて俺に金を持ってくるようせびって散々貢がせた。
その金はすべて、主人公にプレゼントを贈ったり、デートするために使ってたらしいことを後で知った。
俺は、王子の婚約者だと因縁をつけられないよう、主人公には何があっても絶対近づかないぞと全力で避けていたのに、ご丁寧にあちらから接触してきて、嫌味を言ったり、ありもしない悪口を言いふらしたり、私物を隠したり、俺の心が折れるよういろいろな嫌がらせをしてきた。
しかも主人公はいつも人目につかない絶妙なタイミングでそれらを行っていたため、俺は誰かに訴えようにも何の証拠もなく、ただ黙って耐えていた。
しかし、そんなこと全部無駄だった。結局この日は回避できなかったのだ。
今日はあの小説で有名なイベント、王子の18歳の生誕記念パーティーだ。
そして俺はストーリー通り王子から呼び出されている。
おそらく俺は皆の前で、主人公をいじめているだなんだとでっち上げられた嘘の証拠を元に断罪され婚約者破棄されたあげく、真実の愛に目覚めたと言う王子と主人公が婚約を宣言するのを見ながら、国外追放と終身刑のどちらがよいかなどと聞かれるのだろう。
しかし、どちらを選んでも結局俺は死ぬ。知ってるんだ、俺、小説読んだから。
泣きたい気持ちで、呼び出された会場のドアを開けた。
すると目に飛び込んで来たのは、大勢の貴族たちの前で、真っ青な顔をして死にそうな顔で震える王子と、逆に真っ赤な顔をして怒りに燃える主人公、そしてなぜか、映像記録魔法を展開させている俺の友人の黒髪メガネだった。
しかも、この場には居ないはずの国王までいて、怖い顔で王子を睨んでいる。
友人は、1年前に王宮で、王子に見た目が気に食わないだの理不尽な理由でいじめられているところを偶然みかけ助けたところ、それから俺に懐いて友だちになったやつだった。髪が目を隠すほどにいつももさもさとしていて、分厚い黒縁メガネをかけたアルファらしくない地味な見た目だったが、貴族の子女が通う学校の魔導科で、恐ろしく成績がいいらしいことを後から知った。いつも俺の周りをうろちょろとして、話しかけるとニコニコと嬉しそうにしていた。
皆、国王と王子に釘付けになり、俺がこの場に入ってきたことに気づいていない。
しんと静まり返った地獄のような沈黙の中、俺は思わず声をかけた。
「ええと、皆さん、どうされたんですかね…?」
するとこちらに、かっ!っと向き直った王子がつかつかと近づいて来て、俺の両手をがしっと掴んだ。
「悪役令息、俺と、予定通り結婚してくれるよな?!」
「へ?」と思わず間抜けな声が漏れた。
だって、俺は今日、この場で断罪されて、婚約破棄されるんじゃないの?
なのに、なぜ再度結婚を申し込まれてるの?
訳がわからなかった。その疑問は、素直にそのまま俺の口から出ていたようで、周りがざわざわとしだした。
いつの間にか隣にきていたメガネの友人が口を開く。
「ご説明します。悪役令息様がいらっしゃる前に、王子は今まで行なっていたすべての悪事、すなわち浮気、恐喝、虚言、嘘の証拠の捏造などを理由に、その全てに映像や書面での証拠付きで断罪されました。それをもって国王陛下が、今まで通り王子がこの先王位を継承するためには、高貴なご身分である貴方様との結婚が必須であることを、今王子に通達したところです」
俯きながら早口で話し終えると、メガネをくいっと上げた。
「な、なるほど?」
「すなわち、王子がこの先、王になれるかどうかは、貴方様の返事ひとつにかかっております」
俺は、目の前で哀れに震える王子を見た。いかにもこの世の終わりとでもいうような顔で俺に縋っている。
俺はどう返事をしたらよいものかわからず、呆然としていた。
隣で、友人が俺にしか聞こえないような小声でつぶやく。
「俺としては、貴方様には、こんなやつと結婚して欲しくはないのですが」
それは、俺も同じだ。こんなやつちっとも好きじゃない。そもそも、俺の王位継承順位はこいつの次なんだ。こいつが継承権を剥奪されれば、俺がゆくゆくは王位につくことになるのでは?
そこまで見据えて、俺は言う。
「結婚は、お断りします」
その答えを聞き、絶望に染まった王子は何事かを喚きながら衛兵たちに連れられていった。
国王に向き直り、俺は言う。
「陛下、お騒がせしまして申し訳ありません…」
「元はと言えば、私の息子が起こした不祥事だ。こんなに愚かだったとは…。迷惑をかけて、本当にすまなかった。そなたは、今は亡き我が弟の子。これからも末永く王家をよろしく頼む」
「かしこまりました」
俺は国王に忠誠の姿勢をとる。
「それにしても、優秀な友人を持っているな。そなた、その能力を活かして、私のもとで働かないか?」
突然の国王からのスカウトに、眼鏡の友人は飛び上がるほどびっくりする。
「わ、私は、悪役令息様のお側に…」
などと真っ赤になってごにょごにょと言っている。
その時会場の奥から、叫び声のような怒号が響き渡る。
「お前さえいなければっ!」
いつの間にか側に来ていた主人公が、可愛い顔を恐ろしく歪ませて、白ワインの入ったグラスを俺に向かって投げつけ、ガシャンっ!と鋭く割れた音が響く。しかし目を瞑ったおれには衝撃は訪れない。恐る恐る目を開けると、俺を庇う友人の背中が。
「おい!大丈夫か?!」
「どうってことはありません。ご無事でよかったです」
そう言った友人の濡れた髪の下は、額に血が滲んでいた。慌てて駆け寄って来た使用人からタオルを受け取ると、友人の濡れたメガネを外し、傷口を押さえる。
すると、俺を見つめる友人と目が合い、前髪に隠されていた目を初めて見た瞬間、俺はギョッとする。
「あれ、そんなにひどいですか?俺の傷」
「い、いや、出てる血の量の割に、傷口はそこまで大きくないからひどくははない、ひどくはないけど…」
俺はその顔をまじまじと見て息を飲む。
こいつ、とんでもないイケメンじゃねえか。
うっとおしい髪で普段隠してやがって、こんな時に驚かせないでほしい。
心臓が止まるかと思った。
主人公はこんなはずじゃなかったとか、話が違うとか何やらぎゃあぎゃあ喚きながら衛兵に連れられて行った。
ようやく騒ぎが収まって、友人と二人になった時、俺は礼を言った。
「俺がされてたこと、把握してくれてたなんて知らなかった。記録をとってくれてて、助かった。ありがとう」
なんか行く先々でやたら会うな…と思ってたら、気のせいではなかったのか。
「本当は、現場でお助けしたかったのですが、それでは根本的な解決にはならないと思い、何もせずに申し訳ありません」
「何もしてないわけじゃないだろ。お前がいなかったら俺、きっと死んでたよ」
「死ぬ?そこまでですか…?でも、うまくいって、よかったです。それにこれは、貴方のためだけじゃなくて、俺のためでもあるんで…」
「ん?なんて?」
「な、なんでもないです!」
その後も友人は側にいて、後に皇太子となった俺のことを陰に日向に支えてくれた。
婚約者がいなくなり、好意を隠す事のなくなった友人が、単なる友人ではなくなるのにそう時間はかからなかった。
そんな友人に、俺からプロポーズするのはまだ少し先の話。