第一章 8
「宜しいのですか」
ラルフが街を後にするシスティアリに声をかける。物言いたげなラルフに苦笑して、システィアリは「かまわん」と答えた。
そもそもシスティアリが“掃除屋ティナ”としてココノツに滞在していたのは、今回の不穏分子を炙り出すためだ。
性に奔放だった前王のおかげで、王族はシスティアリの他にも多く存在している。その多くの王族はシスティアリが即位した際に臣下へ降ることになったが、即位の経緯が簒奪のため不満をもつ者が多くいることも把握していた。
何より幼い頃システィアリが前王の尻拭いをし始めたきっかけ自体、母親の親族による王位簒奪計画の一部である。さらには誰も彼もが前王の恩恵に与っていた裏で、互いの足を引っ張り合っていたのだ。
けれど国の頂点に立ちたいと願いながらも、己の手で掴み取ろうとする気概のある者は誰一人としていなかったが。
結果、家族を殺害されたことで復讐に生きたシスティアリが大戦を始めた前王を屠り、前王の恩恵に与った者たちでは国民の納得する王を出せず、英雄としてシスティアリが王に祭り上げられた。
自分たちで蒔いた種だというのに、システィアリが王になることを許せない者は多い。
幾度となく「くれてやる」とシスティアリは返しているが、退位の理由がまたもや簒奪になることを避けたいらしく、それでいて暗躍しシスティアリを亡き者にしようと画策していた。
だからこそ、システィアリは煽るように議会では貴族とろくに話さず、また強引に階級制度の撤廃を推し、反乱分子を揺さぶり続けたのである。
私利私欲で国を治めることがどうなるのか、国の運営がどれほど信用を失くしているのか、全く理解しようとしない簒奪者たちに思い知らせるためだけに。
「誰がなんと言おうと、この国の王が貴方であることをわたしは誇りに思います」
即位する気のなかったシスティアリがそれでも国のため尽くしていることを、ラルフは近くでずっと見てきた。
終戦から三年、氷の国は少しずつ変わってきている。
圧政から解放され、徴兵された男衆も戻り、生活の保障も国の施策として施行された。国庫が厳しいことは変わりないが、打ち出した施策の幾つかが芽吹き、回復の兆しを見せている。
外交では舐められがちだが、それでも“鮮血の王子”の二つ名が追い風となり、緩やかだが受け入れてくれる姿勢も見えてきていた。
「……そうか」
「わたしだけではありませんからね」
納得していなさそうな返事をするシスティアリに、念を押すようにラルフが答えるも、ひらひらと手を振ってシスティアリに聞く様子はない。
「氷の刃も貴方に忠誠を捧げております」
ぴたりと足を止めたシスティアリが振り返り「おまえたちは趣味が悪いな」と嗤った。
ダルダルンやコインズたちを引き連れていった兵士はシスティアリ直属の部下であり、多くが戦争孤児である。戦が続く中でシスティアリが集めた、かなり個性豊かな面々だ。
諜報だけでなく、戦闘面や法律に強い者など、平民貴族問わず集めた面々の存在は知られていない。彼ら自身が目立つことや報奨を望まず、またシスティアリも目立つことで反対勢力に潰されることを懸念しているからだ。
「綺麗事で生きていけないことは皆承知の上ですから。貴方のために生きたい者ばかりですよ」
朗らかに笑うラルフも戦争孤児であり、システィアリが幼い頃助けた恩を未だ返し続けてくれている。氷の刃もシスティアリが戦の中で助けた人間ばかりだ。
彼らは皆、システィアリを主と仰ぎ、忠誠を誓うシスティアリの臣である。
「国はまだまだ荒れたままだ。おまえたちにはその間ずっと堕ちててもらわなければならない」
誰かが泥を被らなければ事態が好転することはなく、本当に綺麗事で終わってしまうことを理解できない者は多い。
己の幸福だけを考えていては為政者にはなれないのだ。
「国のために、おれのために、おまえたちはずっと縛られ、陽を見ることは叶わない」
それらをシスティアリは引き請けるつもりで即位し、また手足となる忠臣にも求める。
強い意志の宿るシスティアリの瞳を見たラルフは跪き、頭を垂れた。
「ティナ様。わたしや、氷の刃はそれを望み、傍に侍ることを希望しております。どうか、その任だけは解かれることのないよう伏してお願い申し上げます」
「解った、生涯共に堕ちていよう」
聞こえた声が微かに震えていたことは、誰も指摘しなかった。