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掃除屋  作者: ひよこ倖門
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第一章 7

 高らかに処刑執行を宣言しようとした青年の声をかき消したのは、鳴り響き続けている警鐘ではなく、低く他者を圧倒するような声だった。

 群衆のざわめきすら消すその声は他者を制圧することに慣れ、またそれに従わせる効力を持ち、人々は声の(ぬし)を探して振り返る。

 戦場に触れたことすらない群衆をも引き寄せる声の(ぬし)は見慣れた少年であった。

「え、ティナくん?!」

「今の声が?!」

 掃除用具を背負っていなくとも解るほど見慣れた少年が、普段の穏やかさを隠し、鋭く瞳を歪ませている。怒りとも威圧ともとれるそれに群衆は息を呑み、処刑を執行しようとしていた青年ですら驚愕しているようだ。

 そんな場の雰囲気を読むことなく、少年はゆっくりと青年へと足を進めていく。

「誰の許可を得ている?」

「き、許可は国王であるこのおれが出したッッ!!」

 近づいてくる少年に圧倒されそうになりながらも青年は答えた。少年は答えを聞くと足を()め、青年を上から下まで不躾に眺める。

「国王?」

 ハッと鼻で少年が(わら)った。

 言葉にされなくとも「冗談にしては笑えないな」と伝わる(あざけ)りは、青年だけでなく、群衆にも広がっていく。

「そうですとも、国王のご指示には従うのが臣下であるわたしどもの役目」

 腰が引けかけている青年を擁護するように少年の前へ踊り出たのは、青年の隣に立っていた貴族の一人だった。(かば)われた青年は(かす)かに安堵し、少年を侮蔑するような視線を寄越す。

「なるほど」

 対して少年は何も目に入っていないかのように一つ頷いた。

「処刑を邪魔するのであれば、貴方も罪に問われますぞ?」

 引く様子のような少年の言葉にもう一人のでっぷりとした貴族が告げる。群衆は、青年と少年、そして貴族たちのやり取りをただ見ていることしかできなかった。

「処刑には、処刑に至るまでの物的証拠と処刑申告した人間の縁者でない者の証人が最低でも五人必要とする」

 成り()きを見守るしかなかった群衆を掻き分けるようにして、一人の男が分厚い書物を手に少年たちの(もと)へ進み出る。突然現れた男が口にしたそれが何なのか群衆には理解できなかったが、青年の傍にいた貴族たちには理解できたようだ。

 ぱたりと書物を閉じた男の登場で、貴族たちが(わず)かに(あと)退(ずさ)る。

「我が国の処刑はそのように執行されるのですが、まさか国王(・・)が知らないとは思いませんでした」

 次々変わっていく状況に、群衆は非常事態ということも忘れて魅入(みい)り、茶番のような舞台はさらに繰り広げられていった。

「ぶ、物的証拠ならここにこの女や、そのガキがいるじゃないかッ!! それにここにいる二人や護衛たちは縁者ではないから証人にもなるッッ!!」

「なるほど、それで処刑なさると?」

「そうだッッ!!」

 茶番劇の終着点を観ようと群衆は青年たちから少しずつ距離をとり、男は間髪入れず答える青年に軽蔑の眼差しを向けている。

「なんて、愚かな」

 一通り青年の口上を聞き終えた男は、一つ静かに返して、少年へ(ひざまず)いた。

「お迎えが遅くなり、申し訳ございません、陛下(・・)

 陛下と男が口にした途端、貴族たちが「嘘を()くなッッ」と叫び出したが、先程まで王だと名乗っていた青年は茫然と少年を見ている。

 少年の態度から貴族たちに意見を言える立場の人間だと群衆は理解していたが、それがまさかこの国の王だとは誰一人として気づいていなかった。

 そもそも氷の国(イズア)の王は大戦後即位してから一度も民の前に現れていない。

 一般的に即位式なるものか、絵姿等で王の存在を認識させるものだが、この三年間一度たりとも王についての情報はなかった。それがつい最近になり(きょう)(えん)(ふけ)っていると噂が流れ、民は前王と同じだと思い込まされていたのである。

「ま、さか」

「本当に…?」

 この一年、この街で掃除業に(いそ)しんでいた少年が、この国の王だと誰が気づけるのだろうか。

 しかし男の証言だけで少年を王だと証明するものはなく、群衆はざわめきながらも真偽を見極めようと先程までとは違う意味で続きを待った。

「王が誰だとか、そんなことはどうでもいい。それよりも冤罪で(はずかし)めを受けている彼女の名誉はどうする?」

 場を取り仕切るように問う少年は心底面倒だという態度であり、それでいて青年や貴族たちに答えを求めてはいないように見える。感情の揺れがない少年の態度が命令に慣れていることを知らしめていた。

「名誉、だと? 間諜であるこの女にそんなものは必要ない。貴様こそこのおれに盾突き続けて無事でいられると思うなよ」

 動揺していた青年は、淡々とした調子の少年に問われ、我に返って現実(・・)を少年に意気揚々と告げる。対して少年はその言葉を聞いても表情一つ、変えることはなかった。

「この者共を()らえろッッ!!」

 半裸のタリアを片手にぶら()げながら青年が叫べば、横並びになっていた貴族もはっとした様子で「そうだな」と同意を示す。男は(わず)かに顔を(しか)めたが、少年は何の感情も(あらわ)さず、ただ青年の成り()きを見ているようだった。

「この女共々、ここで処刑するッッ!!」

 揺れ(まど)う群衆へ高らかに青年が宣言した瞬間、何処(どこ)からともなく賊のような風貌をした男たちが現れる。顔を半分程布で隠している男たちは、群衆が逃げられないように取り囲み、さらには少年へ剣を突きつけた。

 屈強な賊の男たちに囲まれた群衆は大人(おとな)しくしている(ほか)なく、しかし剣を突きつけられている少年は動揺する様子もない。

「ビビって動けねぇかァ?」

 下卑(げひ)(わら)いを浮かべる賊の一人が、まるで(たわむ)れるように少年の頭すれすれを斬りつけた。

 はらり、と少年の頭に巻かれていた布が切れる。

 劇の一部のように、偶然吹いた風に流されていった布の下から(あらわ)れた少年の髪は、金と銀が混じった輝かしい色で、一部だけが赤く染まっていた。

「――う、そ」

 誰かの呟きが(こぼ)れる。それと同時にあちこちから息を呑む音がした。

 金と銀。

 王家に受け継がれる色を(まと)うことは暗黙の了解で避けられていた。もちろん髪をその色に染めるなど(もっ)ての(ほか)であり、だからこそ(まばゆ)い金髪に薄く銀が混ざる青年が王だと宣言しても受け入れられている。

 しかし、全貌(ぜんぼう)(あらわ)れた少年はそれの比ではなかった。

 完全に金と銀が解る髪色で、けれど一部が真っ赤に染まっていることで、目が奪われる。

「“鮮血(ちぬれ)の王子”」

 国王の顔を知らなくても、大戦で前王を(ほふ)った王子の噂は知られていた。前王の血で真っ赤に染められた様子と共に。

 つまり、その噂を体現している少年こそが、氷の国(イズア)の王――システィアリ・ヴァル・カルティスだということだ。

 ざわりと空気が少年側へ片寄っていく。

 威勢の良かった青年や貴族たちは黙り、賊の男たちは腰が引けていた。群衆ですら少年をただじっと見つめるしかない。

 変わった空気を断ち切るように(わら)い声がした。

「――金色と銀色の混ざった髪は王室にのみ現れる非常に珍しい色だ。これは染めることもできない、工作することのできない唯一だ。もちろん知っているな?」

 (わら)い声を上げた少年に穏やかだった掃除屋の面影はない。しかも前王との繋がりを強く感じさせる、独裁者としての(わら)い方だ。

 前王の姿が重なる少年に、貴族たちも群衆も誰も、声をかけることはできない。(かつ)て少年だけを犠牲にし、前王を咎めることも苦言を(てい)することもせず、仕方ないことだと現実を見ようとしなかったことを思い出されたからだ。

「どうした? 先程までの威勢はどこへ()った?」

 頂点など誰でも良いと言っていた少年は(あお)るように(あざけ)りを浮かべ、黙ったまま引き()がろうとしている青年と貴族たちを見やる。

 冷たく、人間味を感じさせない表情に「ひぃっ!」と悲鳴が上がるが、少年は気にすることなく続けた。

「おれを饗宴(きょうえん)(ふけ)る堕落した存在だと内外に思わせたいのだろう?」

 (おど)けるように両手を広げ「やればいい、どこまでできるか見ててやる」と(わら)う少年に触発されたのか、貴族たちが顔色を悪くしたまま叫ぶ。

「異常者めッッ!! 父親を殺すためだけに(いくさ)が起こっても()めることなく、民の命を犠牲にし続けた人間の風上にも置けない悪魔が何を言うかッッ!!」

「悪魔、ねぇ」

「悪魔でなければ魔王か、人間ではない何かだッッ!! 貴様が国を(おさ)めれば国が終わってしまう!」

「で、おれを殺して貴様たちが国を(おさ)めれば国は良くなると」

 必死に叫び続ける貴族たちの(ぎょう)(そう)のほうが余程(みにく)かった。けれど少年はそれにも触れず「なるほどな、じゃあ、ほら、殺せば良い」と賊の男たちへ向き直る。

 殺されることを受け入れていることは瞳の凪いだ様子からも見て取れた。

 小首を(かし)げ「どうした?」と問う少年の一貫した態度に、この少年を殺害するために集められたはずの賊の男たちですら、再び(やいば)を向けることはできずにいる。

 タリアを見せしめに処刑しようとした青年に至っては、タリアを手放し、腰が抜けたように地面へ座り込んでいた。貴族たちは叫び疲れたのか、荒い息を()いている。

「おれが死ねばこの国が良くなるのだろう? ならば、躊躇(ためら)うことはない」

 そんな周囲の状況など見えないとばかりに賊の男たちへ(せま)る少年の肩を、貴族たちの叫びを聞きながら唇を噛み締め続けていた男が掴んだ。

「陛下」

「ラルフ、おまえも聞いただろう。おれが死ねばこの国はもっと良くなり、発展していくようだ。ならば、おれはこの国のために死なねばならない。それが戦を見て見ぬ振りをした、おれの(あがな)いだ」

 ()めに入った男――ラルフが少年の言葉の途中で何度も「陛下」と呼びかけても、少年は聞こえない振りをして言葉を(つむ)ぐ。

 ついに耐えきれなくなったラルフが(ゆる)しを()うように少年の前で(ひざまず)き、少年を見上げるようにして願いを口にした。

「それが嘘だと貴方は知っているではないですかッッ! このままではこの国が終わってしまうッッ!!」

 三年、それは長くも短くもある期間。

 氷の国(イズア)が大戦に突入する以前から少年に(つか)えるラルフは、犠牲と言われた期間も傍で見ていた。そして大戦後の立て直しの期間もずっと、少年を傍で支えながら、奔走する姿を知っている。

 勝手な解釈で失うわけにはいかないのだと願うラルフの想いは(むな)しく罵声で搔き消された。

「殺せッッ!! その悪魔が生きている限り、この国の未来はないッッ!!」

 でっぷりとした腹を揺らしながら叫ぶ貴族と、(さげす)一瞥(いちべつ)を寄越す貴族。対照的な二人ではあるが、求めていることは少年の死だった。

 開放されたタリアに歩み寄った少年は、彼女へ何処(どこ)からともなく取り出した布をかけ、貴族たちや賊の男たちへ視線だけで「まだか?」と問いかける。

 何度も何度も殺せるように示している少年からすれば、いつまで()っても(わめ)くだけの貴族たちに付き合いきれなくなっていた。

「おれは王位に執着などない。前王の尻拭いをするのには同じ血を引く王族が良いと言われたから、この国を立ち直すまではと王位を継いだんだ」

「黙らせろッッ!! 貴様ら、そのために高額で雇われてるんだぞッッ?!」

 時が()まったような状態の賊の男たちへ、虫けらを見る目をしたまま細身の貴族が怒鳴る。その一言をきっかけに、賊の男たちは少年へ襲いかかり、また集まっていた群衆の外からも続々と賊の仲間らしい音がたちが増え、場が混乱に(おちい)った。

 混乱に乗じて逃げようとする貴族たちの前に群衆が飛び出すとは、その時誰も思っていなかっただろう。一人、また一人と、賊の男たちから逃げながらも貴族たちの逃げ場を(ふさ)いでいく。

何故(なぜ)邪魔をするッッ!!」

「おれたちァ、てめぇらのことは知らねぇが、ティナ坊のことは多少知ってるつもりだからだ」

「そうよ、ティナくんはこの街で暮らしてきた町民だもの」

「十歳の子供が王様の尻拭いをしてたことに誰も異を(とな)えなかった、それはワシらの罪じゃ。そのせいで(いくさ)が起こったことをワシら年寄りは自覚しておる」

「貴方たち貴族は何もしてくれなかったじゃない。今も昔も身分を振りかざして好き勝手するだけ。だったらまだ今のほうがマシよ」

 振り回される(やいば)が怖くないはずなどないのに、それでも群衆は(ひる)むことなく、少年を援護するように逃げ場を(ふさ)ぎ続けた。

 一方の少年は襲いくる賊の男たちを一撃で伸し、ラルフを始め、国王陛下麾下の兵士が賊の男たちを縛り上げている。

 息を上げることも、傷がつくこともなく、素手だというのに賊の男たちを沈めた少年は、ゆっくりと貴族たちの(もと)へ歩みを進めた。

「王位など誰が就こうとおれはかまわない」

 答えは只一つなのだと少年は(わら)う。

 犠牲と言われた時期からずっと、少年の行動の根底にあるのは、生きる民のことだけだからだ。

「だが、多くの命を奪った上で玉座を手に入れることを決めたのはおれ自身だ。多くの命の犠牲の上におれは立っている。それを責められる覚悟もある」

 仮令(たとえ)この手が血に(まみ)れ、姿形や血筋でしか判断できない者がいたとしても、それらは全て生きる民なのだから、と。

 一歩、また一歩と貴族たちに近づく(たび)に、貴族たちは一歩、また一歩と後退(あとずさ)りしていく。少年に近づけば近づくほど、(おのれ)の愚考さが露呈すると本能が理解しているからだ。

「国が国であるために、おれは今も玉座にいる。欲しければくれてやる。だがな、国が国でなくなるのならば――」

 ぐっと踏み込むようにして大きく一歩、貴族へと近づいて、言葉を一旦切った少年は笑みを深める。

「――やれんな」

「死ぬなんて嘘()きやがって、玉座はさぞ(だい)()なんだろうな」

「連れていけ」

 罵詈雑言を流し続けながらラルフが連れてきていた兵士に連行される貴族たちに少年は何も返さなかった。

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