08 戦闘/白騎士
【魔女】
エーテル技術でトーキョーハイロウを支配する存在。六名が確認されている。
人間でなし。老病なく来歴なく属性なく愛着なし。嗚呼、それは人間でなし。
ファーストミッションはその難易度を激変させていた。
「大王、エネルギッシュ!」
一振りで三騎を吹き飛ばしてもなお包囲を崩せない。白馬の騎士とでも呼ぶべきファンタジックな敵はまだ十数騎といて、瓦礫の山を蹴り廃墟の壁を跳び、鋭い槍をひけらかしてくる。
光ヶ丘基地へは逃げ込めない。近づくことはむしろ危険となった。
なぜならば基地は先刻よりバケモノの大群に襲われていて、駐屯部隊は総出で激烈な戦いを繰り広げているという。ヤクモ大尉はアストラル通信でそれを知るなり行軍を停止、地下鉄成増駅へ戻ると宣言した。あの地下室でやり過ごすことがヨアの安全に適うと。
しかし、その後退で敵とかち合ってしまった。強力かつ高機動の敵別働隊にである。
「ソッコー! アイバーソン!」
ホトリ二等兵が叫ぶなり急加速した。地を這う稲妻のようなフットワークだ。残像がエーテリックに赤く焼き付く。槍をかいくぐり一体の騎士を刺し貫いたが。
次が続かない。馬上へと跳んだからだ。着地際へ別の槍が来る。
直撃、いや、腕のプロテクターで受けたか。背中から転倒した。危うい。援護できるのは高瀬だけだ。他の小隊員はそれぞれに敵を引き受けている。
再び追撃の槍。防御も回避もできない軌道。
世界から色と音が消失した。
助けなければ。届かなければ。大王エネルギッシュでは巻き込む。間に合わせなければ。どうすれば。見本があった。ホトリ二等兵のフットワークだ。稲妻のように、走れ。あのように、両脚をエーテリックで強化しろ。剣大王が意を汲む。強く踏み込む。跳ぶ。
「あがっ!?」
体当たりになった。敵を人馬諸共に押し倒したのだから一応は成功か。白馬と白甲冑が視界いっぱいにある。どこか粘性の強い白色だ。手指にも頬にも寒気のする生暖かさが伝わってくる。
「うわっ」
槍が振り下ろされた。剣大王で受け止めるも力比べになった。
睨む。見目の整った敵だ。兜の面覆いが上がって王子様然とした顔が露わになっている。刃と柄とがギリギリと軋む最中にも微笑み続けているが、それは余裕の表れではない。
人形だからだ。いわばCGでデザインされたゲームキャラクターのようなものだ。
ドン、と音を立てて顔面に細剣が生えた。微笑みが溶け、鎧諸共にかき消えていく。間髪入れずに馬も仕留めた。どちらも消え失せ、エーテリックに残温を漂わせるばかりだ。
ホトリ二等兵の赤い瞳とアイコンタクトを取る間もなかった。
二騎、通り抜けていった。さもあれヨアを護っていた二人がここにいる。陣形が乱れたということである。それこそ隙であり過ちであった。
「ヨア!」
高瀬が走るよりも速くホトリ二等兵が行く。一騎へ跳びつき、少なくとも進路を違えさせた。高瀬はもう一騎へ追いすがらんとするも、脚が上手く動かない。足首に力が入らない。焦れば焦るほど意志が乱れる。
騎馬の向こうにヨア。非武装の、か弱い、護るべき子ども。
馬蹄と凶刃に晒されるなどあってはならないから―――飛んだ。
正確にはわからない。しかし高瀬は自分が飛んだとしか思えなかった。音もない高速だった。前髪の一筋すら揺らすことなく距離を消し去り、剣大王で騎士の胴体を貫いていた。風が今更に銀髪をかき乱す。
しかし馬が。あまりにも鮮やかに騎士だけを仕留めたために、馬の狂走がそのままにヨアへ。
声にならない悲鳴を上げ、高瀬は剣大王を圧し下ろした。騎士を裂き、鞍を割り、馬体をも断ち切った。もんどり打ちつつ、見た。前脚の蹄がヨアを蹴飛ばす様を。聞いた。その痛烈な打撃音を。
落下して地面を転がること数回、高瀬はすぐにも立ち上がり駆けた。
「ヨア! ヨア、ケガは……!」
「ダ、ダイジョブ、です」
尻もちをついたヨアに目立った負傷はない。背を四肢をと執拗に確かめる。手も足も健全に動く。痛がる様子もない。見間違い聞き違えたのか。いや、今は自覚がないだけかもしれない。後から痛み、目立つ怪我なのかもしれない。高瀬は胸がわなないて仕方がない。経験したことのない恐怖に眩暈すらする。
「おいまだ座んな! タカセェッ!」
ホトリ二等兵の叫び。迫る新たな騎影。避け難い突撃と自らとの間に割り込む背中―――ヤクモ大尉。
「バンカー・バッシュ」
緑色の閃光。痛みを感じるほどの衝突音。まるで交通事故だ。ヤクモ大尉は塑像のように屹立したままである。弾き飛ばされた敵騎馬はひしゃげ、砕けて、そのまま溶け消えていった。
「よくやった。貴官には闘争の才能がある」
ニヤリと笑み、ヤクモ大尉は小隊に集合をかけた。どうやらそれぞれに敵を倒し終えたようだ。ガンホ伍長とシャオ上等兵は飄々と、ホトリ二等兵は顔をしかめながら集まった。
「負傷したか、ホトリ二等兵」
「……はい。たぶん折れたっす」
「伍長、添え木を。すぐに移動するぞ」
「あ、あの! ヨアが馬に……!」
高瀬は言い募ろうとするも手で制された。ヤクモ大尉はヨアを一瞥するきりである。
「後だ。近くに『弟子』がいる可能性がある」
物陰を選んで足早に行く。ヨアは問題なく歩けるものの高瀬は不安でたまらなかった。ヨアを撥ねた音の感触が肌という肌に思い出される。
他方、FPSが役に立たない理由を早くも体感していた。移動のルールが違い過ぎるし敵の大きさも様々だからクリアリングが困難だ。音も当てにならない。軽装とはいえ武器を所持する五人と子ども一人とで荒廃都市を行動しているのだ。小さな物音はそこかしこで発生し続ける。
剣大王を強く握った。いまだ震えが止まらない。
高瀬は思う。自分は戦えたのだと。四十肩の、いや今は隻腕とすらなった男が訓練を受けたわけでもなしに斬った張ったをやったのだ。誇っていいはずだった。ヤクモ大尉も褒めてくれた。
しかし高揚はない。仲間を、ヨアを、もしかすれば失っていたかもしれないというイメージに凍えるばかりだ。
「ヨアちゃん、ケガはないみたい。頑張りましたねえ、准尉殿」
シャオ上等兵の偵察を待つ廃ビルの半地下で、ガンホ伍長がにこやかに話しかけてきた。
「練馬区北部まで押し込まれるなんて異常事態。アンラッキー。でもウチたち第二小隊がお二人と一緒にいられるのは不幸中の幸いですし、准尉殿の活躍で奇襲策を潰せたのは大ラッキー! イエイイエイ!」
励まされているとはわかるものの、高瀬は会釈するのが精一杯だった。どうにも落ち着けない。思い切り物に八つ当たりしたいとすら思う自分に戸惑う。
「……ちなみに、弟子ってのは中ボスです。魔女を大ボスだとすると」
弟子、と口の中で繰り返した。なるほど魔女がいるのだからその弟子がいてもおかしくないのかもしれないが。
「我こそが新たな魔女にーって感じの厄介者でして。手なずけたモンスターだったり、お手製のゴーレムだったりで攻めてくるんですなー。さっきの白騎士、あれなんかがゴーレム。見分け方はシンプル。気持ち悪いやつはモンスターで、なんかカッチョイーやつはゴーレム!」
絶句し、小さく嘲笑を吐き捨てた。
高瀬は戦争を知っている。体験はしていないものの、戦争経験者である祖父母から多くを聞き、歴史を学び、ニュースや書籍や映像記録でも知見を得てきた。世界の不条理の極致と感じていた。真っ当な人間の当然として憂いた。だから僅かな収入の中からも戦災孤児や難民救済のための募金を欠かさなかった。
戦争とは結局のところコントロール不能の集団狂気に属するものだ。根本的に悲劇であり、厳粛に臨むべきものであり、楽しむなどもっての外のものである……そう理解していた。
ところが、どうだ。今、最新の戦争に関わってみればこの有り様である。
デザインした人間の趣味嗜好が感じられる美少女の身体で、ファンタジーのような武器を使い、ゲームよろしくモンスターを倒す。そこへ見た目を気にした敵まで登場だ。おおよそそちらは弟子とやらの好みが反映されたものなのだろうと、嘲笑をもう一吐き。
「魔女の方がマシですね」
「……んー、それはまた、ナゼゆえ?」
「少なくとも真面目でしたよ。赤い骸骨の群れも、魔女自身も、真摯に俺を排除しようとしていましたから」
何がしかを返答しようとしたガンホ伍長が口を閉じた。ヤクモ大尉が注目をうながしている。ずっとアストラル通信でシャオ上等兵と連絡していたはずだが、どうも様子がおかしい。
「第三小隊が弟子を発見した。我が隊は協力してこれを討つ」
これまでにない無表情で、ヤクモ大尉が言う。
「ホトリ二等兵、ヨアさんとこの場に待機。合流については追って指示する」
「了解」
「タカセ准尉」
静かな眼差しだった。アバターを越えて高瀬自身を見据えてくるようであり、同時に、アバターとベクターの性能を見定めてくるような冷淡さも感じられる。
「貴官の稼働限界は今一度の戦闘にも十分に耐えうるが、本来のミッションを思えば連戦連闘の無茶を慮ってしかるべきでもある。だから命令はしない。選べ。護衛として残るか、それとも攻撃に加わるか」
背後でホトリ二等兵が何か言おうとし、黙ったのがわかった。ヨアが身じろぎする気配も伝わった。
大きく息を吸い、吐いてから、高瀬は答えたのである。