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12 対話/シュナイダー大佐

【エーテル造形物】

ゴーレム:弟子に統率される。美麗な男性形態で少数精鋭。弟子の切り札。

レギオー:魔女に召喚される。形態様々で強力かつ無尽蔵。魔女の手加減。







 また、高瀬は夢を見ていた。色鮮やかな過去の夢だ。


「原爆資料館を出た時に思ったのよ。ああ、この世界はなんて不公平なんだろうって」


 いつかの学生食堂における朝霞の発言だ。お好み焼きに中華麺を入れるかどうかを話していたところで唐突に話題を変えてきた。いつもことと聞き手に回ったが。


「誰に知られることもなく死んでいく方々だって、今この瞬間にも世界中にいるのだけれど……戦争や内戦については国際社会が難民として手を差し伸べるじゃない? 関心や支援が不十分だったとしても、少なくとも被害者として扱われるでしょう? 助けられるものならば助けるべきだって誰もが考えるわ」


 でも、と哀しそうに続けた。


「原爆で亡くなった方々は違う……どんなにか悲惨さを訴えたところで、あれは平和のために必要な犠牲だったと考える人たちがいる。ホロコーストは戦後ああも罪悪と否定されたのに、原爆投下は、二十一世紀になっても世界で否定されきらない。戦争の終結を早めたことで、より多くの人々に益しただなんて言われる」


 うどんをすするわけにもいかない重苦しさに、そっと箸を置いたことを高瀬は憶えている。


「そんなの、自分が犠牲者じゃないから言えるの。それとも、自分や自分の大切な誰かが消し飛ばされる決定にも同じことを言えるつもりかしら」


 憂いを帯びて色香増す美しい横顔もまた、このようにハッキリと思い返せる。


「戦勝国の体裁、強者のダブルスタンダード……それに人種差別もあると思う。白人同士なら原爆は落とさなかったのじゃないかしら。真珠湾攻撃の報復を口にする人もいるわ。でも、復讐心だけで民間人もまとめて虐殺できるもの? 人影だけを石に残すような無差別大量殺人を? 人間はもっと思慮深いと、私は信じたいわ……」


 ため息で漏れたものを補うようにスパゲティーミートソースが巻かれ、食された。気になる相手の前では食べないメニューだと雑誌で読んだことがあった。


「差別も偏見もなく、無知でも無力でもなく、拘泥も執着もせず、疲労も絶望もしない……そんな人間がいればいいのに。その人になら権力を、私の全てを委ねられる」


 憧憬のこもる口振りと表情に、当時の高瀬は嫉妬したのかもしれない。


 だから珍しく反論した。そんなやつは人間じゃなく超人だろうと。


「なるほど……確かに……超人だわ。君子や哲人のつもりだったのだけれど、超人の方が概念を正確に捉えている」


 何度もうなずき、パスタを嚥下し、花開くように彼女は笑顔になった。


 はてな、と高瀬は思った。


 いつかの日いつかの時、彼女は難しい顔をしていなかったか。思考の中に埋没してしまって、高瀬のことなど思慮の外にしやしなかったか。


「超人概念。それが概念を超えて実在のものになったなら……あなたは超人に協力してくれる?」


 何か返事をしようとして、声が思うように出ずに焦って……そうしている間に高瀬は目が覚めた。カイコの中にである。その狭苦しさは三段ベッドのそれと奇妙に似通っていたから、右腕とベクターの有無を手さぐりに確かめた。間違いなく生身だ。


 蓋を押し開けた。重い。蓋ではなく身体がである。空気の抵抗にすら負荷を感じるから、片手では身を起こすことすら困難だった。


「オッハヨー! めっちゃ夜だけど!」


 ルルウ曹長だ。首掛けのヘッドホンからチャカポコとメロディが零れている。


「んー、体調は良さそうだね。いいこといいことー。ほいじゃカテーテルをシュポーン。アハハ! 何その顔! すぐ慣れるってこんなのー。アタシはやったことないけどさー? ほらほら、シャワーでも浴びといでよ。ログアウト後は皆シャワーするじゃん。そんで軽くなんか食べといでよ。ちょっとしたら呼び出されると思うし」


 良い夢も悪い夢も反芻させない勢いであった。高瀬は間を置いてほんのりと感謝したものだ。体表を伝うシャワーの熱さに、高瀬公平という四十代半ばの男の輪郭を確かめる。こちらが現実である。


 重たい身体をひきずるようにして自販機コーナーへ。食事よりも何よりも缶コーヒーが飲みたかった。


 財布を取り出そうと左腕で四苦八苦していると、ついと手が伸び、電子マネーでの支払いが為された。高瀬よりも頭一つ背の高い、メガネの、見たことがないほどのハンサム……ハリウッド俳優でもこれほどのルックスは思い当たらない……そんな男が粋に微笑みかけてくるではないか。


「奢らせてくれ、タカセ准尉。ささやかながらも御礼の一つとして」

「……どちら様でしょうか」

「はじめまして。国連軍大佐、シュナイダーだ。特殊機動猟兵S連隊の連隊長を務めている」


 大佐。連隊長。大隊長であるトオノ少佐よりも上の立場の人間ということだ。不慣れながらも丁寧に敬礼をすると、嬉しそうに、実にエレガントな答礼をしてきた。


「かしこまる必要はないさ。ここへは謝罪とお願いのために来たんだ……ほら遠慮せず飲み物を選んでくれ……今回の光ヶ丘基地襲撃が起こったのは私の失態なんだよ」


 ギョッとして缶を落としそうになった。


 そんな高瀬に気づかないのか、そういうフリをしてくれたのか、シュナイダー大佐は自分も缶コーヒーを購入した。微糖を選んだようだ。高瀬は根っからの無糖派である。


「随分と犠牲が出てしまったが、攻勢の一角が崩れたことで撃退することができた。ありがとう。研修一つ受けていない君が大いに奮戦してくれたと聞いている。その勇気と献身、そして類まれな才能に感謝するよ。最強のベクター、剣大王ユグドクラウンも使い手を得てこそのもの。つまるところ、この特殊かつ特別な戦争は、君のような英雄存在に依るところが大きい。本当にありがとう、タカセ准尉」


 褒め、讃え、感謝する言葉の数々に溺れるようだった。身振り手振りも劇的で、情感に満ち、それでいて嫌味ではない。華がある。彼の手の微糖コーヒーが高級な何かに錯覚させられるほどだ。


 いつの間にか周囲には人が集まっていた。注目の渦の中心だ。どよめきや拍手すら聞こえる。


 缶コーヒーを片手に、高瀬はまばたきを繰り返すことしかできなかったが。


「静まりなさい。どきなさい。私を通しなさい」


 人垣を威でもって押し退けて、トオノ少佐が登場した。また一段と機嫌が悪そうだ。他者を気まずくさせるオーラが可視化できそうなほどである。


「大佐殿におかれましては会議室から姿をくらますことに巧みでいらっしゃる。端的に迷惑です」


 矛先は高瀬ではなかった。「てめえコノヤロウ」と幻聴が聞こえてきそうな態度だ。


「や、これは失礼した。私を必要としない段階だと判断したのだが」

「おっしゃる通りですが違いますね。事に先んじて私の部下へ影響しようとするのはお控えいただきたい」

「それは誤解だ、トオノ少佐。彼と会えたのは思いがけない偶然でね。感謝を伝えたまでのことだとも」

「アバター操縦室前とシャワー室前にあなたの部下が控えていたのも偶然ですか。なるほど勉強になります」

「困ったな、どうにも悪く取られてしまう……勿論、私は君の指揮権と判断をこそ最も尊重するとも。トオノ翼虎隊の戦力なしには状況を打開できないのだから」

「そうですか。私の判断によると大佐は会議室で待機すべきですね」

「OK、了解した。ただちに判断に従おうとも」


 参ったとばかりに小さく両手を上げ、そのくせ高瀬へウインクを一つやってのけてから、シュナイダー大佐は歩き去った。すでにして人々も散っていた。


 自販機前には高瀬とトオノ少佐の二人きりである。密度差に風邪を引きそうで、高瀬は少し震えた。


「勘違いするんじゃないわよ? あんたは兵隊。戦術レベルの勤労者として、私の指示に従っていればいいの」

「はい。わかっています」


 釘をささるまでもなかった。高瀬は自分の矮小さをわきまえている。


 諸事の敗北者だ。競争の落伍者だ。貧乏人でもある。若さも健康も失い、今や利き腕すらも欠損した、つまらない死に損ないでしかない。その程度の男だから……凡人未満でしかないから……彼女の隣に選ばれなかったのだ。


 今、奇縁でもって異常な戦争に巻き込まれている。どうやら戦果も挙げたらしいが。


 降って湧いた賞賛に己惚れるほど若くはなかった。美少女の身体になって戦う才能を誇るわけもなかった。軍人として活躍したいとも、立身出世したいとも考えていない。


 護ると決めた子を、いまだ護りきれていないと自覚するのみである。


「……そう。ならいいのよ」


 鼻を鳴らし、トオノ少佐はカフェオレのボタンを押した。ラインナップの中で最も甘そうな品だ。それを二缶、左右それぞれの手に持ち、だるそうに歩き出した。


「ついて来なさい。あんたに会わせたい獣耳女がいるわ」 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 朝霞のことやっぱり好きだったんだろうなって。 20年近く前のことなのに未だに引きずってるの共感できちゃって好きです。
[一言] 思い出の君が怪しすぎる件。 昨今の情勢で戦争が悪いというよりも、戦争は権力者の都合で起きるという事を北国の侵略で強く感じました。 戦禍を曝け出すというのは弱者の怒りや憤りや哀しみなのだと思…
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