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新米従業員の入浴

作者: にお

*この作品は習作のために書いたものです。深い意味はないので軽い気持ちでお読みください。


 ミームスタット星系の生命居住可能領域のすぐ外側、厳密に言えば238万3300キロの密集したアステロイド郡の中に有機金属生命体のムルメイ達の巣があり、繁殖行動が示されたというニュースが星系内を駆け巡った。


 ここ数千年でミームスタットに青星巨星化の兆候が現れるというのは有名な話であるがムルメイの件は青天の霹靂で、報せを受けた者たちの大多数が系外へと避難準備を始めた。


 440年前のミームスタット・ルボイアス紛争の時も酷かったが、今回はそれを超える勢いで大小様々な宇宙船が恒星間を繋ぐための亜光速ゲート、通称”スターゲート”に押しかけ始めて一週間、未だその列は解消されておらず、そこで働く従業員達は疲弊してきっていた。


 惑星間を繋ぐ定期便を数隻格納した大型の遊覧母船が今しがたゲート通過のため、射出位置につきンダパルはようやく一息つける時間となった。遠く向こうには似たような射出位置が数十箇所存在しており、ここはまだ比較的に楽なほうであるがそれでも新人には辛い仕事である。


 隣星系に移住して2年経つが元々の生まれはルボイアス星系の第六惑星軌道上の人工衛星の繁殖施設の中であった。


 直接な親は存在せず、無作為に選ばれた遺伝子を組み合わせて作られた量産型に分類される新人類で、一番の特徴は今流行りの雌雄同体である。


 過酷な宇宙時代において雄と雌を別けるのは効率が悪く、人類が重力に支配されていた時代とは価値観も考え方も根本的に変わっていた。


 ンダパルは今頃ならば510光年先の工業惑星の従業員として買い取られる予定であったが、先天的な欠陥が見つかったためキャンセルとなり、買い手が見つからないということで廃棄されてしまう所を丁度ムルメイ有事に際してスターゲートの従業員として雇われることとなった。


"射出準備完了"


 腕に巻き付けてタイプの端末に文字が浮かび上がった。


 周りの従業員たちがゲートから退避を始め、ンダパルも生えた三本足を動かして施設本体に入る。


 直径20kmもある筒型が青いプラズマを覆い始め、周囲を歪め始めと間髪入れずに準備完了となってい遊覧母船をまるで弾丸の如く打ち出した。


 射出が終わり、再び従業員たちが外へと出ていく。


 ンダパルも遅れまいと後に続きながらルボイアス星系の方を見つめる。


 今頃、遊覧母船内は激しい揺れと形容し難い痛みに襲われている最中であろうか。


 自身もスターゲートを利用して来た身であり、あの時の衝撃は未だに忘れられない。

 

 視界が油膜のように引き伸ばされ、三半規管が徹底して壊されたような感覚に陥った後に急な吐き気が襲った。


 嘔吐は2時間も続き、体中の水分が全て失われてしまうのではないかと気が気でなかった。


 「ンダパル」


 同僚のルルルルが背から太もものに掛けて裂けた割れ目より、シダ植物の新芽を萌えさせた状態でゆっくりと立ち漕ぎ用ホバリングバイクでゆっくりと近づいてきた。

 

 普段よりも厳しい顔つきだがこれはルルルルなりの親愛表現でなにか良い事がある証拠であった。


「はい?」


「1400から暫し入浴に勤めるよう言伝を預かっている。お前には必要なのだろ?」


「入浴っ……」


 ンダパルは顔の殆どを埋める無数の瞳全てで目元を緩めた。


 随分と昔、それこそ140年前に初めて第六惑星に降りた時だっただろうか。


 お披露目と称して生産者が住まう星へと軌道エレベーターで降りる前、入浴をさせてもらった。


 ンダパルにとって入浴は生命維持に必要な行為の一つであり、そのために多くの者たちの協力が必要である。

 

 一度行えば寿命の半分以上の期間、行わずとも良いが設定寿命が1200年のンダパルにはまだ必要ではない。

 

「責任者に感謝するんだな。お前のために数千人が協力したことになる」


「感謝してもしきれません」


「ああ。この事は仕事でかえせ。残り……0300ある。励めよ」


「はい」


 帰りはさらにゆっくりと進みながら、ルルルルは隣の14キロ離れたAダッシュエリアへと半透明の希有機アストラムチューブを激しく行き来する生命体ガウムの腹袋にホバリングバイクごと乗り込み、持ち場へと去っていった。


「頑張るなくちゃ」


 ンダパルは全ての目を閉じ、両手合わせて24本ある手を握りしめた。



「ンダパル、交替」


 ほぼ同時期に入ったケセセラルンタが移動代わりに使っている調教済みのムルメイ幼体に乗ってやってきた。


 幼体といっても軽く3メートルは超えており、ルルルルのホバリングバイクより大きい。


 粘菌生物のような形に無数のレアメタルの棘を伸ばし、極稀に鳴くというのだが専用の機械がなければ測定できないほど彼らの発する音の波長は凄まじく高い。


「なんだか嬉しそうだな」


 ムルメイから飛び降りたケセセラルンタは大きく伸びをしてみせた。


 腕を思いきり伸ばしてもンダパルの膝下にしかない小柄な部類の新人類である。


 これでも成人として迎えられているということでいかに小柄かよく分かる。


 雌雄異体なため勝手に妊娠することはなく、食料は電力や有機物でも平気、最大活動時間は12年と現行モデルよりかは劣るもののこういった職場では重宝がられる存在である。


「ンダパル、聞こえているか?」


「……え?あ、はい大丈夫です」


 ケセセラルンタはンダパルの三本足の一つをつねったが痛覚の通らない場所なので痛みは生じない。


「お前、今日入浴があるんだって?」


「そうなんです!」


「良かったじゃねぇか」


「ホントですよね。でも良いんですかね、私だけこんな良い思いして」


 ンダパルは申し訳無さそうに長い首を垂れた。


「まぁお前が頑張ってるのはみんな知ってるし、たまには良いんじゃねぇの」


「いやいや私なんて全く。4つ隣の法人向け船舶ゲート入り口の搬入物検査をしているペペロペロルノさんなんてこの間の星間指定違法物第2種を特定してお手柄だったそうじゃないですか」


「お前はあの人とは違うだろ。ほら、もう行った行った。早く交替しないとゲートの管制艦橋からルルルルさんに見つかっちまう」


 ケセセラルンタは急かすかのように己の腰に生えた金属製のムチを使って軽く足を叩いてやった。


「わわっ。じゃあお言葉に甘えていっちゃいますね」



 巨大衛星程あるスターゲートの下部、従業員たちに充てがわれた住居区域の一室でンダパルはゆっくりと体がつけれるほどの浴槽に浸っていた。


 新鮮な入浴で気分は最高潮に達し、遠い記憶が蘇る。


 大部分を未使用なままの記憶容量から、若かりし頃の映像が脳内に映し出された。


 眼を全て閉じ、当時の思い出を楽しみながら今の幸せも合わせて楽しむ。


 思わず母国語が漏れそうになり慌てて口を閉じた。

 

「……よし」


 ンダパルは決意し、顔面を浴槽内に満たされた液体に浸す。


 呼吸は首筋からでも可能なので存分に堪能しながら、ついに我慢できずに少し飲んでしまった。


 端ないことだと分かっていてもついやってしまう。


 数千の協力者のもと、こうして入浴できるのは本当に感謝すべきことだ。


「ふー」


 口角より少し液体が漏れ、水面へと滴る。


 複雑な味わいが口内に広がり、思わず笑みが溢れてしまう。


 名残惜しいが何時までも入浴を続けるわけにはいかない。


 次回はいつになるだろうか想像もつかないが、この時間を忘れることはないだろう。


 体全身を凄まじい速度で震わせ、体に付着したものを飛ばし入浴を終える。


 入浴室全体に赤い点が描かれ、ある意味芸術作品のように映るそれは、鉄の香りがした。


お読みいただき、ありがとうございました。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです! 様々な用語や描写、登場者の姿かたちを想像していて混乱しているところに、お仕事を頑張ったンダパルへのご褒美に入浴と言うほのぼのとした話に気を抜いた瞬間にきた最後の描写。 …
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