まくわうりの少女
なんとなく思い浮かんだので
「まくわうりはいりませんか……」
とある夏の日、うだるような炎天下の中、一人の少女が街角に立って家で採れたまくわうりを売っていました。
コロナ禍の影響で、これまで『珍しいのを好むお客さんがいるから』ということでまくわうりを仕入れてくれていたお料理屋さんが軒並み潰れてしまい、まくわうり専門でやってきた少女の家が大変なことになってしまったからです。
「おいしいおいしい、まくわうりはいりませんか……」
父親は心労で倒れ、母親も頑張ってパートをして生計を立てていますが、まくわうりが売れなくなった少女の家にはお金がありません。
少女には可愛い可愛い妹が居ます。妹はもう少しで5歳のお誕生日を迎えるのですが、このままではお誕生日のプレゼントどころか、ケーキさえ買ってあげられません。
「あまくておいしいまくわうりはいりませんかぁ……」
だから少女はケーキのお金を稼ぐために、街頭で家で採れたまくわうりを売ることにしたのです。
元々お料理屋さんで使われるくらい上質なまくわうりなのですから、すぐに売れる筈。
そんな少女の儚い期待は、すぐに打ち破られてしまいました。
「まくわうり? なにそれ?」
「しらない」
「見たことないな」
「買ってあげたら?」
「いや、さすがにあんなのは買えないよ」
「グスッ」
昔は沢山の人が行列を成して買っていたというのに、今は見る影もないまくわうり。
きゅうりのような瑞々しさもなければ、メロンのような甘さもない。そんな評価のまくわうり。
河童でさえも「それ、きゅうりじゃないから」と見向きもしなくなったまくわうり。
当然今の人たちの間に知名度などなく、食材どころか怪しいモノとしか見てもらえません。
「暑い……少しだけ、一口だけなら」
暑さと空腹にやられた少女は、いけないと思いながらも一口だけ売り物のまくわうりを齧りました。
「あぁ。おいしいなぁ」
炎天下の中でも感じる瑞々しさと爽やかな酸味。そのなかにあるほのかな甘みがたまりません。
やっぱりまくわうりは美味しい。
そう思って笑顔を浮かべていると、通りがかりのおじさんが声を掛けて来ました。
「お、まくわうりじゃないか! 珍しい、俺にもひとつくれ!」
「は、はい! 100円です!」
「安いな! はい、100円」
「ありがとうございます!」
「うめー! やっぱり夏はまくわうりに限るな!」
そう。夏はやっぱりまくわうりなのだ。
「ありがとうございます!」
嬉しくなっておじさんに再度お礼をいうと、それを見ていた人たちが声を掛けてくれました。
「へぇ。なんだかおいしそうね。私にも頂戴?」
「俺も食べてみたいな」
「俺も俺も」
「は、はい! ありがとうございます! ありがとうございます!」
一口齧ればみんなが笑顔で「おいしい」と言ってくれます。
さらにそれをみた人たちがさらに「俺も、私も」とまくわうりを買ってくれました。
これで妹にケーキを買ってあげられる!
皆の笑顔に囲まれた少女は、喜ぶ妹の笑顔を思い浮かべて笑いました。
「あは。あはは。おいしいなぁ。うれしいなぁ。ほんとうに……おい……しぃ…………なぁ」
「おい! 君! 大丈夫か!」
何か大きな声が聞こえましたが、きっと「まくわうりがおいしい」という声でしょう。
「ま…くわ…う…りは……おい…………」
そうでしょ! お父さんが作ったまくわうりは美味しいんだから!
嬉しさのあまり疲れてしまったのでしょう。少女はまくわうりを買ってくれた皆の笑顔に囲まれて、満面の笑みを浮かべたまま長い長い眠りにつきました。
……それはとても暑い、それこそ油断をすれば大人でも倒れてしまいそうなほどに暑い夏の日のことでした。
誰かが呼んでくれた救急車がきたとき、笑顔で倒れている少女の横には、隙間がないほどたくさんまくわうりが詰め込まれた箱が残されていましたとさ。
どんとはらい
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