第一話
俺、鳳優斗は悩んでいた。
それはそれはとても悩んでいた。
何に悩んでいるかと言えばそう…
姉への誕生日プレゼントだ。
毎年のように姉はプレゼントを送っていたが、今年は冒険者として稼いだ金があるため、それなりにいいプレゼントをする事ができる。
だが、ブランド物はダメだ。
有名ブランドの鞄やらを送られてもおそらく使いずらいと言い押し入れに仕舞われるのがオチだ。
何せ去年がそうだった。
冒険者としての初給料で姉に今までの感謝の印として有名なブランドの鞄をプレゼントしたところ、一度も使われないどころか未だにほぼ未開封のまま押し入れの奥に仕舞われている。
姉曰く、「硬くて使いずらい」とのことらしい。
まぁ、鞄がダメでもアクセサリーならと思ったが、そもそも姉がアクセサリーを付けているところを見た事がないし、何だったら調べてみた所、アクセサリーを送るのは今のままでは魅力が無いと遠回しに言う行為らしい。
ならばどうするか。
悩んだ末、俺はスマホを取り出し、ある人物に電話をかけようとする。
その瞬間、スマホの画面に緊急通知が来る。
『緊急通知 付近のダンジョンで氾濫が発生。ダンジョンの危険度C 進化型の可能性あり 現場付近のAランク冒険者は直ちに急行を。
また、Bランク冒険者は付近の住民及び低ランクの冒険者の避難を最優先で行い、完了次第現場へと向かって下さい。
Cランク以下の冒険者の方は無理な戦闘は避け、一般の市民の方々との避難を優先させて下さい。』
…だる。
俺は財布を取り出しその中から運転免許証ほどの大きさのカードを取り出す。
そこには、俺の顔写真と名前、そしてデカデカと表記されたA+の文字があった。
これは冒険者カードで、冒険者として登録する際に発行される物だ。
冒険者として登録するには、魔素結合量検査と能力診断を受けなければならず、その結果次第で最初のランクが決まる。
魔素結合量検査はその名の通り、その人にどの程度の魔素が結合しており、どの程度まで魔素を結合できるかを測定する検査だ。
基本的にはこの時点でランクが決まるのだが、例外的にその後に行われる能力測定でスキルと呼ばれる特殊能力がある場合には、その能力が何にせよ、最低でもCからスタートとされる。
ちなみに、この時点で見つかるスキルはユニークスキルと呼ばれており、所持する確率は150人に1人程とされている。
そして、俺もそのユニークスキルを所持していたため、Bランクからスタートとなった。
そのユニークスキルの名は『粒子状物質の立方体』といい、効果は自由に形状を変える事のできる立方体を操ることが出来ると言う物だった。
この能力が冒険者協会の目に留まり、一週間ほどかけてこの能力がどの程度の自由性があり、どのくらいのことまでなら出来るのかを試された。
その結果、基本的にどのような形でも再現可能、出せる大きさは体内の魔素量によって変わって現在は数値化するならば10といった所、戦闘技能と呼ばれる技がスキルに付随しており、それぞれ先ほどの10に収まる程度の技で、大技になればなるほどその必要な量は増え、それぞれの技にクールダウンがある。
と、ここまでわかった。
また、戦闘技能においては、最初に付随していなかった自作の技でも、一度使ってから登録したいと念じればスキルがほとんど同じように再現してくれる。
ただし、不便な点としては自作の技を自身で使う分にはクールダウンが発生しないが、戦闘技能として再現した際にはクールダウンが発生してしまう。
ただ、クールダウンが無いにしても自身で使う際にはそれなりの集中力が必要となるので戦闘中や他のものに気を取られる場面では使えず、使うにしても隙を晒してしまう。
そのため、基本的には戦闘技能としての再現が基本で、自身で使用するのは何かを形作るときか戦闘技能として登録するときのみだ。
それから、Aの後に付いている+はAの上という訳ではなく、Aランクの人でも冒険者協会の信頼が厚く、一部の人にのみ許可される特別ダンジョン指定危険区域の探索が許されていると言うものだ。
Aランクの上は当然存在しており、S1、S2と続き、最高S10まであるとされている。
ただ、S10に認められた人物はダンジョン発生以来1人のみで、Sランク以上の人に関しては日本で100人にも満たないとされている。
この辺の情報は個人情報の保護などの理由で機密とされているが、一部のSランクの人物は表舞台で活躍しており、その華々しい栄光を見て冒険者を目指す人が多い。
そうこうしている内に、携帯にもう一件の緊急通知が入る。
『A+の鳳優斗さんへ、GPSの反応で現場近くにいる事を確認しましたので、個人依頼としてダンジョン反攻作戦までの参加を要請します。(このメッセージはダンジョン協会及びダンジョン協会幹部の新島綾人より送信されています。)』
俺はその文面を見た途端に(うげぇ)と心の中で思った。
先程のダンジョン氾濫の緊急通知だが、基本的には対象となったランクの人は強制的に参加させられる。
しかし、例外もあり、特別な理由がある(怪我や能力的に市街地戦に向かない、現在地的に遠すぎるなど)、氾濫したダンジョンよりもランクが下(今回の場合ランクC以下)、もしくはランクが+の認可を受けている人は強制的に参加しなくても良いとされている。
その為、俺もこの例外を使い参加しない方向で行こうと思ったのだが、ダンジョン協会の上から絶対に断れない個人依頼が来てしまった。
正直、ダンジョン協会からの依頼のみならば断っても多少の評価点のマイナス程度で済むので断れたのだが、その後についていた新島綾人の名を見て断れなくなってしまった。
新島綾人は俺が新人の時から世話をしてくれていた人で、それなりに感謝もしているのだが、割と鬼畜な面があり、断ると何をされるか分からないという恐怖がある。
俺はそう考えると緊急通知を押し、冒険者アプリを開く。
この冒険者アプリは基本機能は依頼や新たなダンジョンが現れた際のお知らせ、ダンジョンの場所が書き記された地図を見れるなどと言った冒険者を助ける機能が多く入った冒険者協会の公式アプリだ。
冒険者になる際に絶対に入れる事になっており、冒険者としての収入によって得られるお金もこれで管理でき、給料明細のような機能や、クレジットカードのような機能までもが入っている。
そして、今回のような個人依頼もこのアプリに飛んでくる。
俺は開いた冒険者アプリの個人依頼の認証というボタンをクリックし、そのまま地図を確認する。
どうやら、ここから1km圏内で起こった事のようだ。
もうすぐこの辺りにも避難勧告の警報が鳴り現場まで行きづらくなるだろう。
「戦闘技能 上昇機構」
そう考えた俺は近くのビルの屋上までスキルに付随していた戦闘技能を使って自身を浮かせて飛び乗る。
それから、戦闘技能の一つであり、自身で作った技を発動させる
「戦闘技能 空滑る翼!」
そう唱えると体から赤紫の光の粒子が出てきて背中にくっ付き、翼のような形を形成していく。
形成が終わるとそのまま地図に出ている氾濫ポイントに向けビルの上から飛び降りる。
ビルから飛び降りると俺の体は落ちるのではなく、空中を滑るかのように滑空していく。
この戦闘技能は戦闘技能とはいうものの、戦闘には全く関係なく、空中を滑空出来る翼を作り出す能力だ。
ちなみに使うユニークスキルの使用可能容量は6/10と戦闘技能の中ではクソ重いと言わざる負えないスキルだ。
先程使っていた戦闘技能の上昇機構が2/10だと言えばどれほど重いかが分かるだろう。
戦闘中に使うと言った考えもあったが、この重さでさらには高さが必要と言う関係上、他のスキル使った方が良いとまで思えてしまうほどだ。
まあ、遠距離への移動は高さを確保できるならピカイチで、速度も申し分ないのだが。
そうこうしているうちに、目的の氾濫ポイントが見えて来る。
俺の下では一般市民と思われる人たちが何人も逃げている。
そんな人達を横目に一番近場にいたモンスター達の元へと降下していく。
着地した場所にいたモンスターは緑色の肌をし、醜く皺くちゃな顔、人間とほとんど同じ程度の体格をしている『ゴブリン』と言う生物だ。
ただ、このゴブリンは通常のゴブリンとは異なりホブゴブリンと呼ばれる状態へと進化しているようだ。
氾濫は本来であればモンスターがダンジョン内からただただ出てきて暴力のかぎりを尽くすと言った現象なのだが、緊急通知の際にCランクのダンジョンだと言う表記の後に進化型の可能性ありと書いてあったのは、ダンジョン内から出てきたモンスターが一段階から二段階ほど進化し、強くなっていると言う事を示すものだ。
そのため、本来であればCランクの冒険者であれば倒せるはずのモンスターしか出てこないはずのダンジョンの氾濫から、危険度Bのホブゴブリンが出てきているのだ。
俺は『空滑る翼』を解除すると、そのまま『形態変化』と唱える。
すると、先程まで背中に付いていた翼が光の粒子に戻り、俺の胸元に集まってくる。
そして、集まりきった赤紫の光の粒子は立方体の形を作っていた。
「戦闘技能 貫き尽くす三の弾丸」
そう唱えると、胸元の立方体は一部分が光の粒子に戻り、俺の頭上で銃弾のような形へと変わる。
その数はおよそ三十発。
「弾道解析機」
さらに唱えると、また胸元の立方体の一部が光の粒子に戻り、某漫画のスカウターのような形で俺の目元にくっ付く。
目元にくっ付いたスカウターのようなものにより視界に出てきた弾道ナビでホブゴブリン達に狙いを付けていく。
数はおよそ二十五匹だ。
「発射!」
全てのホブゴブリンに狙いを付け終えてからそう叫ぶと、頭上に形成されていた弾丸がホブゴブリンめがけて一直線に飛んでいく。
ホブゴブリン達は俺が叫んだ事で気付いたようだが、その時には既に遅く、全ての弾丸がホブゴブリンの脳天へとヒットする。
弾丸がヒットしたホブゴブリン達は脳天にできた穴から紫色の血を噴き出しながら後ろに吹き飛び、そのまま黒い粒子になって体が消失する。
その黒い粒子はほんの一部を残して地面に吸い込まれ消失し、残った粒子は俺の体へと吸収されていく。
この黒い粒子こそがモンスターの構成物質であり、経験値とも呼ばれる魔素だ。
そして、ゴブリン達が倒れていた位置には薄い水色の石が倒れたゴブリンと同じだけ落ちていた。
この氾濫はひとつだけ良いところがある。
それは、倒したモンスターは必ず魔石を落とすのだ。
魔石は普段のダンジョンであれば低確率でしか落ちないのだが、氾濫中のダンジョンでは100%魔石をドロップする。
その為、冒険者の中には多少遠くても参加しようとする者もいる。
さらには、それが進化型でかつ自分のランクでも手が届くならば車を使ってまで来る者がいる程だ。
そりゃあそうだ。
何せ、普段は倒した数と収入が釣り合わないと言った事態もあるにもかかわらず、危険を冒してまでダンジョンに潜っているのに、氾濫では倒したら倒しただけ収入は増える。
さらには、氾濫に参加した冒険者は冒険者協会の評価点が加算され、ランクアップの際に氾濫に参加したと言うランクアップに必要な実績として加味される。
それだけ氾濫の参加を評価するのは、冒険者協会としてもダンジョンが最初に現れた際の最悪の事件でもあるテリトリー化(氾濫によりダンジョンが地上に広がり、その付近が特別ダンジョン指定危険区域に分類される事)を阻止したいと言う考えからだろう。
そんな事を考えつつ、立方体の一部を操りホブゴブリンの魔石を拾い集め、解除された戦闘技能が立方体に戻ってくるのを見届けてから再びこの氾濫の中心となっているダンジョンに向けて歩み出した。
低気圧が辛いんじゃ〜