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童貞に人権はない

「ごめん。夏樹くんとは付き合えない」

「え……」


 俺――夏樹幸人は生まれて初めて、誰かに告白をした。

 そして、振られた。


 俺の初恋は、幼馴染である椎名結衣。

 昔からずっと一緒にいて、何かがあれば助け合ってきた存在だ。


 学校の屋上の風が、静かに頬を掠める。


「り、理由を訊いてもいいか……?」


 せめて、振られてしまった理由を知りたいと思い、彼女に尋ねてみる。

 馬鹿みたいだけど、まだどうにかなると思っている節があったのだ。


 しかし彼女は軽蔑するような目を向けて、


「童貞でしょあんた? ごめん、あたしの中で童貞には人権がないんだ。正直、気持ち悪いことを常に考えていそうで近くにいるだけで寒気がするの」


「それが理由……なのか?」


 童貞が理由だなんて思いもしなかった。

 確かに俺は童貞だ。その事実はいくら捻じ曲げようとしたって変わらない。


 ただ、確かに変な妄想をしていなかったかと訊かれたら断言はできない。

 でも俺は純粋に椎名のことが好きで、ずっと幼い頃から憧れていて……。


「ずっと我慢してきたんだけど、告白されて清々したわ。それに、あたしにはもう好きな人いるから」

「……好きな人、いるんだ。そっか。それなら……仕方ない、よな」


 彼女の言葉、一つ一つが心に突き刺さる。

 脳が自己防衛しようとしているのか、咄嗟に出てきた言葉「好きな人がいるなら仕方がない」。


 それで童貞には人権がない。気持ちが悪いと言われたのをなかったことにしようとしていた。


「それもそうだけど、童貞のあんたが気持ち悪いの。なに勝手に自分の好きなように解釈しようとしているのよ」


 だが、現実は非情だ。

 追い打ちをかけるように、彼女が俺に刺々しい言葉を投げかけてくる。


 今にも目の前が真っ暗になってしまいそうだった。

 消えることができるなら、今すぐにでも消えたい。


 いや、消滅する理由が「童貞だから」だなんて恥ずかしくてできないや。


「それじゃ。もう話しかけないでね」

「…………」


 背中を向けて、屋上を去っていく椎名を呆然と眺める。

 はは。童貞だから気持ちが悪いことを常に考えているって、偏見にもほどがあるだろ。


 こじらせてるのはどっちだよ。


「はぁ……昔の椎名はもういないんだな」


 無邪気に笑っていた頃の椎名の顔が脳裏にちらつく。

 だが、今は多感な高校生。もうあの頃には戻れないのだろう。


 それに今の椎名には好きな人がいる。

 話しかけるな、か。


 ……告白したら人権がないって言われた挙げ句、絶交か。

 笑えるな。


 俺も帰ろうかと、茜色に染まった空を背中に歩み始める。

 そこで、ふと屋上にある小さな建物の裏に影が見えた。


 一瞬だったが、間違いなく誰かがいた。


 おいおい嘘だろ……まさか今までの会話誰かに聞かれてたのか?

 なら土下座でもなんでもして口止めしないと……!


 逃げられないよう、急ぎ足で建物の裏に行く。


「あは、見つかっちゃったね」


 そこには、見覚えのある人がいた。

 肩まで伸びた艷やかな髪に、綺麗な白い肌。


 その美貌から、学校の天使様と呼ばれている『小鳥遊梨里』だった。


「なっ!? お前かよ!」

「えへへ……実は屋上って私のおねんねスポットなんだよね」


 こんな俺でも、小鳥遊とはある程度接点があった。

 それもそうだ。これまで三回ほど席替えがあったのだが、その全て隣に小鳥遊がいたからだ。


 ……ならちょうどいいのかもしれない。

 もしも全く知らない人だったら、さらに面倒なことになっていただろう。


「ごめん、今まで聞いてたと思うけど、さっきの会話は誰にも言わないで――」

「私が幸人くんの童貞、卒業させてあげよっか?」


「……え?」


 俺の言葉を遮るように放たれた言葉に、変な声が漏れてしまう。

 彼女は今、なんて言ったんだ?


「ごめん、もう一回聞いていい?」

「なに、羞恥プレイ? だからね、私が幸人くんの童貞を卒業させてあげよっかって」  


 もう一度尋ねると、彼女は少し恥ずかしそうに言った。言いのけた。

 え、ちょっと本当にどういうことだ。


 整理すると、俺が幼馴染に振られて帰ろうとした際に小鳥遊と遭遇。

 そして「童貞を卒業させてあげる」と言われている……って意味が分からないのだが。


「もちろん条件はあるよ。ただでは童貞は卒業させてあげない」

「いや、え? 俺、小鳥遊に卒業させてもらう流れになってる?」

「まあまあ。別にいいじゃない。君はコンプレックスの童貞を捨てられて、私は目的が達成できてハッピー」


 確かにそう考えるとウィンウィンなのか……?

 しかし彼女の目的はなんなのだろう。


 別に深く関わったわけでもない俺の童貞を奪おうとするなんて、普通では考えられない。


「一週間、私と付き合ってよ。そしたら卒業させてあげる」

「たったそれだけか? いや、小鳥遊が言うなら俺は何も言わないけど」


 そう言うと、小鳥遊は立ち上がってスカートを払う。


「私、誰かと付き合ったことなくてさ。ほら、みんな私のこと学校の天使様って言うじゃない? 実際はこんなんなのに。だからみんな、私から距離を置くんだよね」

「まあ、確かに小鳥遊は神聖視されてはいるな」


 小鳥遊に近づいた者は、小鳥遊ファンクラブに殺されるとまで言われている。

 そんなの聞いたら、恐ろしくて小鳥遊に近づけたものじゃない。


「それに……見せつけたいでしょ? 君も?」

「見せつけたいって……椎名にか?」

「そ。あんな振られ方して、悲しくないわけないじゃん」

「……そりゃあ、悲しいさ」


 ずっと憧れていた存在。神聖視していた存在に、「童貞だから」と言う理由で振られる。

 悲しくないわけがなかった。


「一緒に幸せそうなところを見せつけて、お互いウィンウィンに行きましょ。ね?」

「……分かった。そうする」


 心の中で、俺は確かに椎名に対してほんの少し復讐したいと思っていた。

 あんな振られ方はさんざんだ。


 こうして俺は、隣の席の天使様に拾われた。


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