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アーベントロートの流行病 4

 そのヴェルナーとリーゼロッテとやらは、初めて聞く名前なのだが。


 取り敢えず、話を聞いてもらいたいので、落ち着いて貰いたいが、どうしたらいいかな……。

 と言うか、このシスターもかなり体調フラフラじゃないか。

 怒鳴ったりしてると、身体に響くんじゃないのか。


 自分は魔物では、(一応)ない事を伝えようとするも、それより先に、シスターが手当たり次第に物を投げつけてきた。


「ちょ、まっ、待ってください……!」


 子供達に当たったら危ないと思い、腕の中の子を子供らに預け、俺の後ろに避難させる。

 幸い投げられたのは、干してあった古着や履物なのと、俺が子供らの方を向いている間だったので、当たったのは俺の背中だけなので、大丈夫だったが。

 こういう時、どう話せば良いんだろうか。


「あの、えっと……取り敢えず、少し話をですね……」


 落ち着いて、話を聞いて欲しいなと思いながらも、どう対応すればいいか分からず、シスターの腕を取り押さえてしまった。


 これがまずかったようで、より「出ていってー! 離してー!」とやや半狂乱気味になってしまい、余計暴れる状態になってしまう。

 その際、シスターの右手が、俺の左頬にガリッと爪で引っ掻き傷を付ける。


「ツッ……!」


 引っ掻き傷ではあるが、それは思ったよりも、深い傷になったようだ。

 極細の赤い糸を貼り付けたように、うっすらと、傷口の上に血が滲んで、ひりつく。


「シスター。俺は魔物じゃないんだ。話を聞いて貰えないか」

「魔物の言葉などに、私は惑わされはしませ……、……、え、あら……?」


 淡々と話す俺とは対照的に、血気盛んなシスターは、聞く耳持たないとばかりに、再び暴れようとするが。

 そこでようやく、俺の頬の傷が治ること無く、血が滲んだままなのに気が付いたらしく、言葉に動揺が生まれた。




「申し訳ございません! 本当にすいません!」

「あ、いや……誤解が解けたなら、それでいいですから……」

「子供達を助けてくれた人に、私は本当に失礼な事を……しかも私にまで治療の魔法を……」

「いや、うん、それはもう、別にいいですから……」


 シスターが落ち着いたところで、俺は先程、自身に回復魔法をかけて、頬の治療をした。

 あと、そのままシスターと、この部屋の子供達の症状も回復させていった。


 俺自身の傷を治した事と、子供達とシスターの症状も治してくれた事で、ようやく俺が魔物ではないと信じてくれたようだった。

 ……のは、いいんだが、それからずっと平謝りされて、ちょっと困っている。

 うん、本当にいいから、いいから……。


 そうして、何度も何度も平謝りしていたシスターだったが、少しの間を置いたかと思うと、今度は俺の右手をぎゅっと握りしめてきた。


「あの……! お、お願いがあるんです! 不躾な事だとは、分かってはいるのですが……! どうか、子供達を助けてくださったそのお力で、ヴェルナー様とリーゼロッテ様も、お助け頂けませんでしょうか……!」

「ヴェルナーと、リーゼロッテ……?」


 さっきも一瞬だけ、出てきてた名前だな。

 その2人が、1番体調が悪いのだろうか。


「はい。2人がいる部屋へご案内します。こちらへどうぞ」



 早歩きで歩くシスターの案内で、辿り着いたのは、僅かではあるが、清潔な部屋だった。

 小さな机の上には、軟膏などがあるから、ここは診療室に近い部屋なのかな。

 

 そして、そんな部屋なのに、ここは瘴気が他の場所よりも、濃く強く留まっている。

 孤児院の外でさえ、かなり酷かったのに。

 部屋に煙が充満してるかの様で、大層視界が悪い。


「こちらが、ヴェルナー様とリーゼロッテ様です」


 シスターの傍にある2つのベッド。

 そこには、年端もいかない子供が2人、横になっているのが見える。

 俺は2人の顔が見える所まで近づくと、その状態に眉を顰めた。


「何だ、これは……」


 2人とも意識がなく、苦しそうに息をしているのは、もちろんだが、それだけじゃない。

 まるで瘴気が、この2人にだけ、まとわりつく様に、絡みついていた。


 その上、顔の表面には、瘴気が紋様の様に浮かび上がっている。しかも少しずつ、紋様の面積が、増えていっているのが分かり、見てるだけで気分が悪い。


 他の人間達は、体内に吸い込んでも、こんな紋様は浮かんでなかったぞ。

 思わず、背後のシスターを振り返ると、涙を流しながらコクリと首を縦に振った。


「このように、ヴェルナー様とリーゼロッテ様だけが、酷い状態なのです。私の回復魔法では、全く役に立たなくて……。お願いします。どうか、お2人をお助けください」


 涙を拭う事もせず、肩を震わせながら、シスターが深く頭を下げてくる。

 

 俺は2人の手をそっと取る。

 ……酷い高熱だ。手で触れただけなのに、こんなに熱いだなんて、苦しいだろうに。

 いま、治して楽にしてやろうと、俺は2人に浄化魔法と回復魔法をかけた。

 顔の紋様も、部屋の瘴気も消えて、2人の顔色も良くなって行く。

 よし、これで大丈夫か……とホッと俺とシスターが息を吐いた瞬間。


「っ……どういう……事だ……」


 瘴気はまたすぐに部屋を覆い、2人の顔には、先程と同じように、黒い紋様が、浮かび上がって行ったのだった。


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