六話
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「はぁ、はぁ」
荒い息遣い。20周を実践した結果として、体は体が痺れたかのように時々軽い痙攣を起こし、息は止まらず肩は上下する。
中身にしても、軽い倦怠感と眠気。おそらく疲労に属する感覚が精神に疲労を与えてきていた。つまり、キャラの疲労感を体験させられる。ただこれに関しては、今まで体験した中で、確かに最先端と感じさせる一方、妙にチープで少しの失望を感じさせた。
追感覚は現在までにそこそこ以上に技術が進歩してきており、その中で特に運動などがリアルに感じられた分だけ、その差は歴然であった。言ってしまえば、疲れるにしてもせめてより、この植え付けられた感をどうにかしてほしいと思えた。
そんな奇妙なちぐはぐ感を覚えつつ、呼吸を整える様に意識的に呼吸をする。この際の、感覚の追従の精度は運動分野なのかひどく高く、このゲームならではの部分を感じ取れた気がした。
アレクの元に足音が近づいてくる。
「アレク君、しっかりと走りきれたようだが、ちょうど君の試験だ。休む時間が欲しいならいって欲しいが、どうだい?」
そう、騎士グランは柔和な態度、言葉と裏腹に、待機状態にある他の入隊希望者の待機状態をわざわざ見えるようにし、圧力をかけてくる。
「…いえ、罰は私の不徳の致す所です。直ぐに試験を受けさせてもらいます…」
広い練兵場の一角、棒に家畜の飼料、要するに藁を巻き付けた藁人形の前まで移動する。
早速だが、これを。との声かけで木剣を渡される。
試験内容は単純で、三つ行うと言われた。直ぐに行う様にとの注意。
これで何が変わるかわからないが、今までの言葉もある。普通に考えて、この入隊試験は何らかのターニングポイントのはずである。最低でも、遅刻という形で評価は落ちているはずで、単純に考えて最初の成績が良いに越したことはなく、チュートリアルの話。本試験の注意の事も併せ、性格からして不利を感じる以上、気が抜けない。緊張感が少年の中で高まってくる。
敢えてもったいぶる様にしているのか、騎士グランは十分にアレクの緊張感が高まったのを確認してから、重々しく口を開く。
「目の前にある、赤い糸が付いた藁人形。今すぐ叩け」
その二三言を言っただけで、騎士グランは口を閉じる。
アレクは一瞬躊躇する。確かに目の前に藁人形はある(それも幾つも)。その中で、赤い紐との事だが、それもやはり一番近いものについている。だが、試験がそれで本当に良いのか?その疑問は、しかし答えが出る物でもないので質問をしようと、教官であるグランをちらっと覗く。ただ其処には何にも答えないと言わんばかりに佇むばかりの姿があった。
質問できる様な状態ではないとの判断、一方逡巡する余裕もないと考える。
結局できる事は一つだけ。少し離れた、四五メートル程先にある藁人形に向かって駆け出し木剣でもって殴りに行く。木剣とはいえ、唯の棒でありまともな柄もない。力が入らないことを承知で、精一杯力強く叩いておく。
叩いたことを確認した後、振り返ろうと足を止めた直後、
「アレク!!その両隣も赤の紐が付いているぞ!」
怒声。半ば反射の様に行動を開始する。一方理性により、急激に動き出そうとする腕を鎮め、右の人形を叩く前に赤の紐である事を。打てば即座に、左を見、その人形にも紐が結ばれている事を確認し叩いていく。そこで、反射的に動いた体と頭を休め。今度こそ振り返ろうとする。
否…。
「終わったならさっさと報告せんかぁ!!」
再びの怒声。もう考えるまでもない。その場での報告をしようと考えた際、その立ち位置を認識し中途半端に遠いこの距離と、騎士の表情を見すぐさまの報告ではなく、一旦騎士の目の前に立ち報告する事を決定する。
決めたら即決で動き、走り目の前まで行く。そうして、大声で対応する。
「アレク騎士見習い候補!赤い紐がまかれた藁人形三体!木剣にて打ち叩きました!」
表情を変えず騎士グランは次の命令、基今回は質問をしてくる。
「スキルは使えるかぁ!?」
使った事なぞない。というかその為のチュートリアルではないのか。その少年の質問を一瞬のうちに呑み込み全力で、使った事がないと答える。
「使えるかもわからんのかぁ?!」
「はい!!」
「全身に力を込めえぃ!!」
今までの怒声とは違う、なんと表現すればよいのか。どこからか力が入ると共に、身が引き締まり、何か奇妙な感覚がする。今まで感じ取れなかった、例えるならば蛇口の様な。そんな何か。それが口を広げ、体中をなにかも判らぬ“力”の様な物が満たしていく。
「大上段に構え、剣を振り下ろせ」
その言葉を聞き、まずはやってみる。結果として、先程までとは比べ物にならない“斬撃”を体現する。
「よろしい。では、最後の試験だ。藁人形の芯を折るか切れ。一本でよい」
その試験内容を聞き、まず最初に藁人形を確認する。最低でもその様子はただ藁を巻き付けたという感じであり、叩けば芯ぐらいな直に折れそうである。一方、切るのは手に持っている物が物だ。普通に無理そうである。であれば、叩き折ればよさそうであるが、切ると言われている以上、できるかの確認だけでもしたくなるものである。
助走をつけた上で、切る事を意識しつつ、叩きつける。肩から腰に掛けての袈裟懸け。木剣が空を切り、鈍く音を立てる。藁に剣がめり込み、鈍い打撃音を立てる。
とてもではないが、切る事は無理そうである。だからと言って、助走をつけてまで全力で売ったにもかかわらず折れる気配もない。存外に折る事さえ難しそうである。
考える必要がある。単純に威力が足りないというのであれば、これはもう諦めるしかなさそうか?否、先程の試験、スキルである。使えたのかは判らないが、先程の全力の一撃と比べても、圧倒的に強力な一撃であった。であれば、スキルを使うか。これに関しては、残念ながら最後の手段である。簡単な話、あの時感じた蛇口が操作できないためである。
では、他に何ができそうか。簡単な所で叩き続ける事である。例の倦怠感の問題などあり得るが、一番現実的なのはこれである。
ただできるならこれは避けたい。最低でも工夫をしたい。思いつくとしたら、弱点の存在であろうか。どこがどう弱点かはわからないが、試せばなにかは判る筈である。
なんにしても、とにかく実践して情報収集である。基本は変わらない。袈裟懸け、心中。払い、逆袈裟。突き。様々な方向、角度、部位に拘り全力ではないが、かといって力を籠めないわけでもなく、いうなれば程々に叩き、何かしらの傾向がないか確認し、同時にできる限り蛇口を開けないか試してみる。
普通に考えて時間は有限。試せるだけを試せるわけもないので、辺りのつけ方はおおざっぱだが藁人形の形に注目して効果を確認。早い段階から、心中、つまり剣道でいう面。構えであれば大上段。そのあたりを捨てる。基本は上から下、下から上で差はない。下から上の方が力は入るので上から下。その様に可能性を絞っていく。
結論。この様な方法では、弱点は見つからず、どこが比較的通りやすいか。弱点ともいえるが、その程度しかわからないと考え、一旦やめる。
結局の所正攻法。つまり、単純に叩くには威力が足らず回数を重ねる必要があるという結論にしか至れない。
逆に言えば、正攻法でなければ、どうも通す事の出来る穴があり、試験解決の糸口、解決策があるようである。
正攻法を貫きたかったが、できるかできないかであれば、できる方を取る性質である。つまり、少年は裏技ともいえるものを使うことを決めた。
同時、アレクはそのような事を好まず、この状態であれば間違いなく正攻法にこだわる。
…折り合いは決定した。なれば後は実践するだけである。
アレクは剣を再度握りしめる。体中に力が入った瞬間を思い出し、再度蛇口が開けると信じ。
構えは上段、狙うは袈裟、自身の右肩から、左腰のライン。一番力が入り、最も鋭く切れる構え。一度でダメなら二度三度。諦めない不倒転を決め。
「参る!!」
~continue~