一話
初めてのログイン。
彼、居織純は導入されてから数日たってもなかなか慣れない、第三世代ハードの中でも特殊なタイプ、一体型生体CPUと呼ばれる、それの感触を確かめる。軽く、動作試験を行い、特殊な動作試験、最大稼働試験という本来必要ないそれで、腕に形成された電子網が軽く発行し、血管の様に浮き出てくる様を確認していた。
「問題なし、異常状態になった際も問題ないだろう…ダウンロードも済んだ様だしさっさと準備しようか」
存外準備が早く済んだようで、インフレワールドオンラインと銘打たれた、前作インフレワールドクロニクルの流れを汲んだ限界が存在しないRPGと大々的に宣伝されたそれは、予定より数日繰り上げで販売、配信が開始された。
そこで本来、二か月後といわれていた以上、第三世代VRゲームをハードがあっても我慢しなければならないと考えていた状態から、なんとハードの使用が可能とされた日の当日にダウンロードが可能になるという、運命を感じさせる状態になったため、口調こそ軽口の様だが、誰か聞いてくれる人が居たならば、マシンガントークが始まってもおかしくはなかっただろう。
彼は、ベッドに横たわると共に諸々の操作をしていく。
「安定動作の為、音声認識により二重認証。よしよし、認識領域を100%仮想空間に。マイルームにダイブイン…」
機械音による認証確認を聞きつつ、肉体の認識は途切れ、深く眠りにつくのであった。
~connecting~
簡素な白い部屋に、まるでマッサージチェアの様な椅子だけが置いてある部屋で目が覚める。その簡素な部屋は、その一方で彼なりの美学により拘り抜かれて設置された家具であったがそれはさておき、
『おかえりなさい。純様。当機はI-W26のデータを引き継いでいる為、初期設定は不要です。しかし、追加された機能を使用為されるには追加の設定が必要です……』
「初回ログインだから、設定が必要だろうとは思ってたけど、初期設定は引き継ぎ可能だったか…今日がインフレワールドの解禁日だし、設定は面倒くさいな。追加設定は後回しで。初期設定は、前のハードと同じか?そうだ、追加設定の部分で、問題なく動作するものは初期設定のまま適用できる?」
『はい、基本的には初期設定は引継ぎになります。但し、一部fpsなどの基本設定は、本機と、先代では基本スペックの差が非常に大きい為、大幅に引き上げてあります。また、追加設定に関しましては、追加要素をおおよそ16項目とした所、二項目のみ、初期値をそのまま設定し、運用が可能です』
「やっぱり、引継ぎか。あ~、適応される二項目はなんだ」
『二項目の内、一項目は本機に搭載されているドライブの関係で、基本的な第三世代VRハード用の、actionドライブではなく、本機独自のセラトパネス社製の、firebardが使用可能です。本機の特性もあり推奨されている項目です。二項目目は、稼働率の設定です。此方は通常のVRと使用される際は関係ないのですが、特に近年大幅にARが進化しており、第二世代では特に過剰にCPUを稼働させるような状況があり、その為設定された項目です。通常ユーザーはあまり気にする必要もないので、初期値が存在します』
「…ちなみに、設定値幾つか聞いていいか。稼働率の方」
『はい、300%です』
「は?…」
そんな一幕が存在しつつ、一応の仮想空間上での動作確認を行い、折を見てゲームを開始する。
「ヴィ、ゲームがしたい。タイトルはインフレワールドオンライン。ショートカットも作ってくれ。へー、初回ログイン時にキモがあるタイプか。やってみるか、音声と…OK。
俺の名はノラン、望むがままに!」
いつもなら、豪勢な椅子しかない部屋に、扉が現れる。しかし、それは扉であって、扉でなかった。なぜならそれは時空の歪みの様で、扉に重要な敷居が無かったからだ。だが、それと同時に隔て、されど行き来ができる用にするという意味では扉らしい扉かもしれない。
少年の年相応の羞恥心によって中途半端に隠された興奮を露にするように、堰を切るかのように勢いよくその扉に飛び込んでいく。
~now loading~
体に感じる不思議な感覚、下に引っ張られ、だが押し返されるかのような感覚。
不思議と目を開ければ、雲と思しき、白と大空の青…
「う、うわ~!!」
ゲームとは思えない臨場感。その恐怖は推して知るべきだろう。
長い様な、短い様な時間、唐突に浮遊感を感じ落下速度が減少していく。
「ようこそ!!インフレワールドと銘打たれた、最高の娯楽の世界に。今回は、初ログインという事で特殊演出だけど、設定によってログイン後の入場方法は変わるからね。そうそう、こんだけドラマチックにした後で悪いけれど、利用規約だとか諸々、確認よろしくね?…」
突然現れた、話始めた妙に小さい少女が見える、いや実際に小さいのだろう。いろいろな状況が続きすぎて混乱のただなかで、ある意味一番安心できる要素だからかもしれないが、すがるかの様に凝視してしまう。
「あ~、やっぱり思ったより、落下耐性が低い人って多いよね。よっ」
小さい少女、仮に妖精と言おうか、妖精が両手をぽんっと合わる。その瞬間に世界は変わり、今まで落下していた、大空と表現するべき空間から水と空だけで形作られた不思議な空間に急に切り替わる。不思議と水の上に立っているが、先程の落ちていた感覚と、やはり驚きから腰を抜かし、尻もちをつく。
「改めまして、インフレワールドにようこそ。とりあえず、利用規約に目を通してね」
驚きが収まらないからこそ、慣れている日常動作に飛び付くかのように、何も考えずに取り掛かる。
「一応基本的には、通常のゲームと同じですが、いくつか特殊な制限があって、例えば第四項の権利の部分だけど、動画の配信関係はゲーム内のストリームでなければ許可が出なかったり、ま、基本プレイでは関係ないと思うけど思わぬ所で規約に引っかかるかもだから気を付けてね。後、少し違うけれど、RMTなんかは当然禁止。注意してね」
「あ、ああ。一応読んだ。チェックもこれでいいか」
「OK、それじゃあ、ゲームを始めましょうか、ノラン」
そういって、宙返りをするようにクルリと回る。
「と、言ってもまずはゲームモードの説明からだけどね。というのも、ストーリーモードなんかも存在するけども、いきなり昔の小説みたいにナビゲーターが存在するのにも訳があるってわけ。じゃあ、まずは…」
~continue~
キモ:キーモーションの略。一部ゲームの初回、またはログイン時に特定の動作の指定がある。この事を言う。ちなみに有名なのは、騎士になりきるゲームにて、剣の腹を見せるように持ち、その中程を額の前に持ってくる。そうして跪き、キーモーションが認証されると、妖精が現れ祝福の様に光が降り注ぎ、ゲームにログインする。特殊演出は加護を表すかのような光。