07 アーナパーナ・サティ1
アーナパーナ・サティは、お釈迦様が教えた瞑想法──。
アーナパーナは古代インド語(パーリ語)で、“出る息・吸う息”を意味する。サティは“気づき”と言う意味だ。
色々な見解があるらしいが……と予防線を引いた上でニンピューモーさんが言うには……
『息が入り、出て行く間、全てのことに気づきなさい』という意味だそうだ。
何故、ニンピューモーさんが、こんなことをわたしに教えたのかというと、彼女が故郷のポホハピなんとか星の大学で、原始仏教を専攻しているからだ。
彼女は卒論を書くために、地球下りまでやって来て、お釈迦様の研究をしていたのだ。
とにかく言われたとおり、あの日、わたしは足を組み、姿勢を正し、目を瞑った。
目を瞑ると、職場のドアに貼られていた貼紙が頭に浮かんだ。
そこから芋づる式に、様々な出来事がフラッシュバックを始める。
上司の○○さんの怒鳴り声。
同期の××くんが、わたしを嘲笑うときの口元。
何度教えても作業手順を覚えられないわたしに向ける、○×主任の呆れた眼差し。
何故かわたしだけ集められることのないお茶代のこと。
わたしが事務室に入ると止まる雑談……
誰にも返されることのない夕方の挨拶。
「綾音? 今、何か考えてないですか? とにかく、呼吸に意識を戻して下さい」
「……!」
「そうそう。何もしていないときに、頭に何かが思い浮かぶのは、仕方のないことなんです──人間の脳みそって、そういう風に出来てますから。でも、そのことに気がついたら、すぐに意識を呼吸に戻すんです」
「……」
「鼻腔の入り口あたりに意識を置いて、そこを息が出て、入ってくる感覚をひたすら感じ取るんです。あっ、そうそう、呼吸は普段通りで大丈夫ですからね」
「……」
「大きな街にある大きな門を、人が出て行ったり、入って来たりするのを、ひたすら眺める門番になった気分で──そんな感じで只々呼吸を観察して下さい」
ニンピューモーさんに言われたとおり、わたしはひたすら呼吸の感覚を意識し続けた。
これ、なんの意味があるの?
そう思う度に、ニンピューモーさんの言葉を思いだし、意識を呼吸にそっと戻す。
そんなことを、どれくらい続けただろう。わたしは時間の感覚が分からなくなっていた。
5分にも思えたし、2時間にも感じられた。