50 ❇おまけ2❇ ~いろは歌~
「歌??? うーん。仏教っぽい歌? 全然分からない!」
わたしは本当に見当もつかず、降参の意を表して、両手を上にあげた。
ニンがいたずらっぽくニヤリと微笑む。
「正解は──いろは歌ですっ!」
「えっ、いろは歌? あれって『あいうえお』を一つも被せずに作った、ただの子供向けの和歌じゃないの?」
「それだけじゃないんです」
ニンが嬉しそうに笑って、どこか得意げに答える。
「『色は匂へど 散りぬるを……』ってメッセージ性があるんだ?!」
「はい。あの歌はこういうことを言っているんです」
ニンはそう言うと、黒板にさらさらと“いろは歌”を書きだした。
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「色は匂へど 散りぬるを」
「我が世誰ぞ 常ならむ」
「有為の奥山 今日越えて」
「浅き夢見じ 酔ひもせず」
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「この歌にはこんな意味があります。
──“色は匂へど 散りぬるを” →→ 綺麗に咲く花もいつかは散る。
──“我が世誰ぞ 常ならむ” →→ 人の世で、永遠に変わらずにいる者などいるのだろうか? いや、いない。
この二句は『諸行無常』『諸法無我』を表しています。
──“有為の奥山 今日越えて” →→ “この苦しみに満ちた世界”を、今日越えて行きましょう
(注) 有為=【縁起】によって支配された世界のこと⇒「一切皆苦、苦しみに満ちたこの世界」という意味。
──“浅き夢見じ 酔ひもせず” →→ ふわふわと夢を見るのでもなければ、お酒に逃げるでもなく。そんな苦しみのない世界が確かにあるんです!
この二句は『一切皆苦』『涅槃寂静』を指していると、言われています」
「へぇ。前に言ってた四法印のことだね」
「そうなんです! お釈迦様の教えの要点をまとめた素晴らしい歌だと思います※」
ニンはそう言うと、梅雨の湿った空気を一瞬で乾かすような──太陽みたいな笑みを浮かべる。
雨戸の向こうでは、相変わらず、梅雨の雨が静かに降り続けていた。
※一般的にはいろは歌は、『涅槃経』というお経の中の『無常偈※※』を日本語に訳したものと言われています。
また、仏教との関係を示す明確な証拠はないと言う国語学者もいます。
※※
諸行無常 →→ 諸行は実に無常である
是生滅法 →→ 物事は常に生じ、滅していゆくものである
生滅滅已 →→ この『生と滅』との世界を終わらせよう
寂滅為楽 →→ その寂滅が安楽である




