異世界へ行く方法?
「お疲れさまでした!」
「お疲れ! 俊くん」
「お疲れ! 今日も頑張ったな」
午後8時。アルバイト終了。
僕、水波 俊は高校3年生。学校が終わった後、毎日、レンタルDVD店で8時迄アルバイトをしている。
「相変わらず、返却スピード早いなぁ。もう、うちの店じゃ俊くんに勝てる人いないんじゃない」
高校を卒業してフリーターで、三年間このDVDショップで働いている美里さんが感心している。
「そうだな。水波くんは記憶力がずば抜けていいのかもしれないな」
バイトリーダーの高城さんもニコニコしながら頷いていた。
レンタルショップの店員が返却というのは、客が返却したDVDを棚にある空のパッケージに返却にいく作業の事だ。どの棚にどのDVDがあったのかを記憶することが、返却スピードを上げるこつになる。
「いやー、そんなことないですよ。僕、勉強で漢字とか、英単語とかの記憶するテストは全然だめですから」
「そうか。まあ、勉強と実社会は違うからな。って、フリーターやってる俺が言ってもなんの説得力もないけどな」
そう言って、高城さんは豪快に笑った。高城さんもフリーターで、この店で働いて10年になるらしい。
「でも、高城さんはイラストとか書いているじゃないですか。この間のコミケでも販売したんですよね?」
「ああ。よく知ってるな」
「その界隈では有名ですから」
「そっか。でもな、俺の本当の夢はイラストレーターになることじゃないんだよ」
「えっ、何なんですか?」
「聞きたいか?」
なんか、みょーにもったいぶった言い方をしてくる。て言うことは、余程の夢があるんだろうな。有名な漫画家になるとか、著名なアニメ監督になるとか。僕は期待でわくわくしながら答えた。
「はい! ぜひ、聞かせてください!」
「それはだな…………」
「それは?」
「異世界へ行くことだ!」
はぁ〜〜〜〜っ?
こ、この人は何を言ってるんだ?
「え、えーと、異世界へ行くんですか……?」
「そうだ!」
高城さんは胸を張って答えた。
いやいやいや、そんな自信満々に答えられても…………。
「あの、で、その異世界へはどうやって行くんですか?」
「そうだなー」
顎に手を当てて、少し考えてから
「ゲームをやっている最中に転送されるとか、かわいい女の子を助けて車にはねられ転生するとか」
いやいやいや、転送されるゲームなんて無いし、車にはねられたら転生どころか人生のエンドでしょ。
「って、いうか、水波くんはどうやったら異世界へ行けるか知らないか?」
「えっ、あ、ああ、アハハハ…………」
うわ〜っ! この人マジで言ってるんだ。そんなの僕に聞かれても分かるわけないでしょ!
どう答えていいか分からなくて、苦笑している俺に美里さんが助け舟を出してくれる。
「ほらほら、高城先輩。水波くん困ってるじゃないですか。そろそろ、解放してあげたらどうです?」
「お、そ、そうだな。水波くん! お疲れさま。異世界へ行く方法がわかったら真っ先に僕に教えてくれよ」
「はい! 分かりました。お疲れさまでした」
っていうか、一生かけても分かんない気がするが…………。
僕は従業員控室の裏手の扉から外に出た。
外は真っ暗で少し強めの風が吹いている。
従業員控室は建物の二階に位置するので、一階の駐車・駐輪場には鉄製の階段を降りて行く。
「風が強くなってきたな。近づいて来ている台風の影響かな?」
星ひとつも見えない空を見上げて呟く。
そんな気の抜けた僕にさっき聞いていた声が後ろから届いた。
「水波くん! 忘れ物が……あ!」
振り返った僕の目に飛び込んで来たのは、高城さんが階上から降ってくる姿だった。
わーーーーっ! ど、どうしよう。
今、ここで高城さんを受け止めれば、僕も巻き込まれて一緒に階下に落ちてしまう。
でも、受け止めなければ、高城さんは階上から階下まで真っ逆さまに落ちる事になり、命の危険さえある。
瞬時に頭がフル回転していたのだが、それよりも先に体が勝手に高城さんを助ける方向で動いていた。
ガシッ!
高城さんの体を受け止めると同時に、僕の体が空中に浮いた。とりあえず、怪我が最小限で有りますようにと、頭から落ちないようにと祈りながら着地を待つ。
10秒、20秒、30秒……。
あ、あれ? なんか着地するのが遅いんですけど?
どれだけ待っても、ドンっていう衝撃も無ければ、痛みも全く無い。ただ落下している感覚だけが永遠と続いている。
ああ、そう言えば、何かの本で読んだことがあるぞ。人は事故にあって死ぬ直前、ほんの数秒の事が物凄く長い時間に感じられるって。
って! 僕は死ぬのか!?