父の残したもの
汐が引くように、修練場から人影が無くなった。
一人取り残されるラキュオス。金縛りが解けたかのように、その場で膝から崩れ落ちた。
涙が込み上げてくる。誰も居ない修練場に、ラキュオスの声が響く。
「あぁ。そうだよ!私は仇を討ちたい!神を名乗る厄災を この手で!目の前で家族をなぶり殺しにされ、私が正気でいれるわけが無いだろう!
復讐を心に決め、ただひたすら剣を振るう事でギリギリ立ち直ったんだ!何が悪い!国も家族も失って、これだけが私の生きる術なのだ!
田舎でのんびり暮らしてるヤツに、何がわかるって言うんだーっ!!」
泣きながら床を叩くラキュオス。
「うるせーぞ小僧!……話がある。ちょっと来い。」
腕組みをしたまま、首の動きで合図を出すギルバート。涙を払い、ラキュオスは後について行った。
通されたのは執務室。ソファにどっかりと座るギルバート。その向かいにラキュオスを座らせた。
「で?お前の親父と俺の話、どこまで聞いた?」
唐突なギルバートの問いに、ラキュオスは酒場で聞いた話をそのまま伝えた。
「その話には続きがある。お前の親父に互角と言われ、正直こんな屈辱感は今まで無かった。だってそうだろう!俺は剣を交えれば、相手の事はだいたいわかる。
お前の親父は、明らかに手加減していた。それでなお、俺は負けたんだ。何が互角なもんか。そんなんでソードマスターなんか名乗れるか?だから俺は、お前ん家探して、親父に直接聞きに行ったんだ。」
「ウチに、ですか?」
「あぁ。その時に聞かれたんだよ。お前はなぜ剣を振るうのか?と。技と力が互角だと王に言ったのは嘘じゃないとな。お前の親父と俺の差は心、剣を振るう理由の違いだとよ。」
「心……ですか……」
「あぁ。俺もその言葉の意味を理解出来たのは、つい最近だ。おそらく剣の真髄ってヤツかもな。理解してなお、あの時のお前の親父には、まだ勝てる気がしねぇ。背負うものの大きさの違いかもな。」
ラキュオスは思う。今の自分が背負っているものはなんだ?誇り?矜恃?恨み?そんなもの、個人の感情でしかない。自分の心は、あの時で止まっている。それが成長を止めているのか?
(自分はどうすればいい?仇を討つために強くなりたいと願う……それが強くなれない原因だなんて……
仇討ちを諦める?だったら、強くなる意味も必要も無い。ましてや諦めきれるわけが無い。どうすれば……)
「お前、冒険者ならギルドに所属してるんだろ。ギルドの仲間をどう思っている?」
「……仲間には、助けられている。守るべきものだと思っている。」
「それは、建前だな。そいつらのために、命張れるか?」
「必要ならば……」
「……まぁいい。一週間だけやる。俺は剣でもソード使いだ。ソードの基本なら教えてやる。その間、剣にマナを込めるのは禁止だ。純粋な剣技を身につけろ。いいな。嫌なら帰れ。」
「……!あ、ありがとうございます!お願いします!」
「そうか。なら、とりあえずお前が持ってる剣を売っぱらってこい。そして一振りだけ、自分にしっくりくるソードを用意しろ。
重さ、バランス、握った感触、なんでもいい。選んだらそれがお前の生涯の友だ。それが今日の課題だ。稽古は明日から。いいな。」
「はい。よろしくお願いします!」
後に、人生最大のターニングポイントと呼ばれる、濃密な一週間が始まる。この日のことがきっかけで、ラキュオスの二つ名が決まるのだが、それはまだ先の話……