オゴールの街
ゴブイーターに塞がれていた街道を抜け、山肌に沿って進む。起伏の激しい山道が次第になだらかになると、その先にあるのがオゴールシティだ。
通称、忘れられた街。領主不在のまま、農民や漁師(川)が、その日暮らしをしている。徴税も無く、代わりに街道整備や災害時の国の支援も無く、常駐の兵士も居ない。
帝国領でありながら、帝国のルールに縛られない街……それがオゴールである。
では、この街の犯罪者は、いったい誰が取り締まるのか?
答えは、取り締まる必要が無い。である。
若者は他の街に移り住み、ここには若い娘は居ない。その日暮らしの街の人達には、高価な財宝や貯えも無い。
結果、性犯罪や奴隷売買が無く、空き巣狙いや強盗も居ない。盗む物が無いのだから。犯罪者も近寄らない街、忘れられた街とは、帝国にも、犯罪者にも忘れられた街なのだ。
-この街に、唯一の冒険者の家族が住んでいる。名をトンキーと言う。父親と息子が、周辺の魔獣の討伐をし、母親が解体作業をする。
週に一度、隣街のギルドから委託された商人が来て、素材の買い取りと、ポーション等の補充をしている。
だが、この商人が金に汚く、買い取りは相場の七割、補充するポーション等の値段は、三割増であった。
輸送の手間賃と言われれば、それに従うほかなく、生活のほとんどは、魔獣の肉と街の人が作った農産物の物々交換で賄っていた。
この日も商人が顔を出す。隣街でポーションが不足していて、今までの値段では採算が合わないと言い出した。
相場の五割増の値段を言われ、トンキーは頭を抱える。ラキュオス達が街に訪れたのは、そんな日だった。
「ラキ様ー、この街、なんか茶色だにぃ……」
らっく独特の感性だが、市場や商店の看板が無く、建物の補修も自分達で板を打ち付けただけ、街全体の色彩が乏しい。
「うーん、商売をしている店というのが無いな。これは宿も無いかもしれない……ギルドはあるのかな?」
農作業をしている老人に尋ねる。
「すいません、この街の冒険者ギルドは、どこですか?」
「はぁ?この街にギルドなんか、ありゃせんわ。冒険者はおるがな。」
「その冒険者は?」
「あぁ?呑気さんか。呑気さんなら、この先の右側の、三軒目だで。」
「呑気さん?」
「あぁ?その人の名前だで。街のもんはみんな、呑気さん言うとる。」
「あ、ありがとう。(変わった名前だな……)」
ラキュオス達は、教えられた家へ行った。中から商人風の男が出てきて、馬車に乗り去って行く。
「すいません、こちらは冒険者さんの家ですか?」
「あ、はい。私が冒険者のトンキーですが、貴方は?」
「(危ない。呑気さんですか?と聞かなくて良かった……)あ、私は旅の冒険者。ラキュオスと申します。この子は私の連れの……」
「らっくだにぃ!あれー?呑気さんじゃ無いにぃ?」
(ばっ、せっかく危機回避したのに、お前が言うな!)
「ハハハ……私がのんびりしていて、冒険者らしくないって、街の人は皆呑気さんと呼びます。いやいや、お恥ずかしい……」
「す、すいません、私の連れが失礼を……」
「いいんですよ。最近じゃ、私も本名忘れそうなくらいですから。ハハハ……」
「まぁまぁ、立ち話もアレですから、おかけください。」
奥から女性がお茶を持ってきてくれた。この人も、負けず劣らずのんびりだ。
「あ、妻です。」
(似た者夫婦とは、この事だな……)




