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カイエン包囲網2

3連投の2本目です。

 その日、東都の象徴でもあるイタミ城は、常にない喧噪に包まれていた。

 普段ならば市中巡回の交代時が一番騒がしくなるはずの追捕使の待機所では、非番だった者も含めて東都に所属するほぼ全員の追捕使が、それはそれは険しい表情で行き来していた。

 巡回の人数も平時に倍する人数が繰り出しており、尋常ではない警戒ぶりが伝わってくる。


 イタミ城全体に満ちる緊張感にあてられたのか、正面跳ね橋の守衛として警戒中だった追捕使の一人が、青白い顔でお腹を押さえながら呻いた。


「なんだか、今日は随分と物々しいな」


 彼の何気ない呟きを聞き咎め、同僚がひどく驚いた様子で声をかけてくる。


「おいおい、何言っているんだ。まさか何が起きたか知らないわけはないだろう」

「いやー、それが知らないんだよ」

「ガクシン隊長が全体訓示の時に言ってただろ。聞いてなかったのか?」


 同僚が尋ねると、彼は肩をすくめて理由を述べた。


「俺はその訓示に参加してなかったんだ。俺達の一つ前の順番だった奴らが、何か事件が起きたとかで取り調べをされるらしくてな。代役として、偶然待機所にいた俺は夜明け前からずっと立ちっ放しだ。隊長の訓示って、もしかしてその事件に関係する内容だったのか?」

「関係どころかそのものズバリだよ」


 そこで言葉を切ると、同僚はきょろきょろと周囲を確認する。誰も聞き耳を立てていないことを確かめ、耳元でこっそりと告げた。


「昨日の真夜中に、ルントウ様の寝室に侵入者があったらしい」

「……マジかよ!?」

「しいっ、声がでかい」


 想像もしていなかった内容に脳が理解するのが遅れたのか、一拍置いて上擦った声を上げてしまう。同僚はそんな彼の口元を素早く押えて押し止めると、更に声をひそめて頷いた。


「ああ、マジだ。夜間の巡回をしていた組が、ルントウ様の部屋の扉が不自然に開いているのを見つけてな、部屋の中を確認したらあちこち荒らされていたらしい」

「え、じゃあルントウ様はどうなったんだ?」

「どうもしてないよ。その場で起こされるまでぐっすり眠っていて、侵入者にはまったく気付かなかったそうだ。それがむしろプライドを逆撫でしたらしくて、追捕使全体に招集命令が掛かったってわけだな。しかも妙なことに、部屋は荒らされていたんだが、盗まれたものは何も無かったって話だ。それどころか遺留物まであったらしいぜ」

「なんだそりゃ? 東都所司代の寝室なんていう警備の厳しい部屋に忍び込んでおいて、何も盗らずに帰ったってのか、その泥棒は」


 思わず怪訝な表情になってしまう。同僚も同じ心境なのか、さっぱり分からんとでも言いたげに首を横に振った。


「何も盗んでいないから泥棒呼ばわりは違うんだろうが、まあそういうことだな。ついでに言うなら、誰にも気づかれずに忍び込めたんだから、気付かせずに立ち去ることだってできただろうに、わざわざ寝室の扉を開け放って遺留物まで置いて、だ」

「話を聞いていると、わざと侵入を気付かせたって風だな。何がしたいのか理解ができん」

「安心しろよ、俺も同じさ。上の方じゃ愉快犯だの実力誇示だの推測しているが、犯行声明の類も無いんで、結局動機はまだ分かっていないってこった」


 そういって同僚は解説を締めくくる。

 どうにも中途半端な感じだが、それはこの件に関わった者すべてが抱いている感想であろう。とはいえ、東都所司代の寝室に侵入者というのは、黙って見過ごすわけにはいかない一大事である。イタミ城全体が厳戒態勢になっているのも無理からぬ話であった。


 その時、彼は跳ね橋を渡ってくる人影があることに気が付いた。

 道着を着込み、左右の腕に黒と白の腕輪をはめた少年である。

 少年はイタミ城を感嘆の表情で見上げ、光に引き寄せられる虫のようにふらふらと近づいてくる。


 イタミ城は観光名所としても名高く、堀の周囲までであれば眺めていても咎められることは無い。しかし、跳ね橋から先は関係者以外立ち入り禁止となっていた。

 街の者であれば子供でも知っているのだが、初めてイタミに来た観光客はそこを承知していないため、偶にこうして跳ね橋の上までやって来てしまう者がいる。それを注意し、追い返すのも守衛の役目であるため、彼は一時的に持ち場を離れる旨を同僚に告げると、迷い込んで来た観光客に声をかけるのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 時知らずの森の大樹に匹敵するほどの巨大な城を前に、カイエンはいたく感動した面持ちで立ち尽くしていた。


 人間の街は初めて見る物ばかりで好奇心が刺激されっぱなしではあったが、どこかこじんまりとした印象が拭えなかった。それは単にカイエンが過ごしていた山の方が、あらゆる意味でスケールが大きかっただけなのだが、両者を比較してみればどうしてもイタミの街の方が小さいという結論になってしまう。


 街に入る際に目にした「石の長城」が例外的にあまりにも巨大だったため、かえって街中の小ささが気になって仕方がなかったカイエンだったが、街中にもこんな巨大な物があったのかと改めて感動していた。

 するとそこに、平隊員の制服を着た追捕使がにこやかに語り掛けてきた。


「やあ、君。この街は初めてかな?」

「ああ。それにこんなデカイ建物を見るのも初めてだ!」


 高揚するカイエンの感情が伝わったのか、その追捕使は一瞬だけ口元を崩した後、こほんと咳払いをして気を取り直し、真面目な顔付きで注意してきた。


「気に入ってくれたのならば、この街を守る者として嬉しく思う。ただ、申し訳ないが、君がいる場所は関係者以外立ち入り禁止なんだ」

「あれ、そうなのか? 城の周りは自由に見ていいって聞いてたぞ」


 吃驚した様子でカイエンが確認すると、追捕使はやっぱりなぁとでも言いたげな表情で答えた。


「よく勘違いされるのだが、許可されているのは堀の周囲まででね。跳ね橋から先は立ち入り禁止なんだよ。我々追捕使や城で働く文官以外は、城に近づくためには正式に発行された許可証が必要になる。念のため確認するが、許可証は持っているかい?」


 当然持っているはずはない。カイエンが首を横に振ったことを確認すると、その追捕使は慣れた様子でやんわりと退去するよう重ねて忠告した。

 少しだけ残念さを感じるカイエンではあったが、そういう事情ならば仕方がない。それに多少遠目からであっても、イタミ城の迫力は十分に堪能できるのだ。特にごねる様な真似もせず、カイエンは踵を返した。


 ちょうどその時、街中を走り回って来た追捕使の一団が跳ね橋の袂に到着した。一団の先頭にいた指揮官の追捕使は、跳ね橋の上で守衛と会話しているカイエンを見つけると、鋭い眼差しでまじまじと観察する。その人相風体がこれまで足を使って聞き回ってきたものと完璧に合致することを確認すると、跳ね橋を戻って自分達の方へやってくる少年に向かって声を張り上げた。


「そこの者、名を名乗れ!」


 呼びかけられたカイエンは後ろを振り返ると、立ち入り禁止区域について注意してきた追捕使に目を向けた。どうやら自分が呼ばれたと思っていないらしい。


「違う、貴様だ。道着に白黒の腕輪をした少年、とぼけるのはやめろ!」

「俺か? 俺はカイエン、拳法家だ」

「拳法家のカイエン、情報通りだ。貴様には現在、イタミ城への不法侵入の嫌疑が掛けられている。おとなしく縛に付け!」

「いやいや、俺はまだ城には入ってないぞ」


 うっかり入りかけたのだが、守衛に注意されたので引き返している。そういう意図でのカイエンの返答だったが、指揮官は別の意味で受け取ってしまった。


「まだ、だと! やはり再度の侵入を目論んでいたか。そうはさせん! 総員、対象を捕縛せよ!」


 指揮官が号令するやいなや、追捕使達は一斉に陣形を整えた。跳ね橋の片側を完璧に封鎖し、構えた捕縛用武器の向こう側からカイエンの一挙手一投足を注視している。


「何だってんだ? なあなあ、俺はまだ城には入ってなかったよな?」


 どうしてあんなに敵意剥き出しなのか、カイエンにはさっぱり事情が掴めず、同じく困惑している守衛の追捕使に確認を取ってみた。だが、彼が答えるより早く――


「何をぼさっとしている! 貴様は城に戻り、増援を呼んで来い! 挟み撃ちにして必ず捕らえるのだ!」

「はっ、はいっ!」


 上官の一喝により、反射的に城に向かって駆け出してしまった。結果、カイエンは孤立無援の状態で、跳ね橋という一本道の上で追捕使達と対峙する。

 一触触発。突如出現した緊迫した空気が、辺り一面に立ち込めた。

 そんな緊張感に最後の一押しを与えたのは、一向に動きを見せない標的に痺れを切らせた指揮官の方だった。


「前衛、かかれ! 中衛は取り網で前衛を援護。後衛は乱戦を抜かれぬよう注意せよ!」


 抜き放った剣先でカイエンを指し、よく通る声で指示を下す。

 弾かれたように追捕使達が動き出した。

 最初に迫って来たのは、刺又と呼ばれる捕縛用の道具を構えた前衛達だ。慎重に間合いを詰め、刺又の届く距離に入った瞬間、カイエンの首や手足を狙って一斉に突き出してくる。


 だが、霊紋持ちであるカイエンを捉えるには、単純に速度が足りなかった。地面にへばりつくような低さで身を躱すと、その速度と相まって、前衛達は一瞬でカイエンの姿を見失う。

 狼狽える追捕使達の隙を突き、カイエンは突き出されたまま動きを止めている刺又を掴むと、腕力に任せて振り払った。


「がはっ」

「ぎゃっ」

「ぐへっ」

「げほっ」

「ごばっ」


 カイエンから見て左側に立っていた五人の追捕使が、振り払われた刺又に巻き込まれ、跳ね橋から放り出されて堀へと落下していく。

 すっぽり空いたスペースへ突撃せんとしたカイエンだったが、頭上から迫る影に気付くと強引に突撃の軌道を捻じ曲げ、残っていた右側の追捕使達に突っ込んだ。


「はぎゃっ」

「ひでぶっ」

「ふべしっ」

「へばあっ」

「ほぞぉっ」


 残っていた五人も、カイエンの体当たりの勢いに耐えることなど出来るはずもなく、前の五人とは反対側から堀へと落下する運命を辿る。

 振り返ったカイエンがちらりと視線を走らせれば、かわした影の正体は大きな投網だった。細い鉄で補強されており、あれに捕まり絡まれば、抜け出すのは霊紋持ちでも一苦労だろう。


 だが、一番厄介な不意打ちは躱した。投網は幾つか準備しているようだが、足を止めなければ引っ掛かることはまずあるまい。それを確認すると、カイエンはゆっくりと半身に立ち、緩く握った両手の拳を胸元に引き付けて構えた。


「よく分かんないが、俺と戦いたいなら相手になるぞ」

「あの動き、その怪力。くそっ、貴様もしや霊紋持ちか!」

「ああ、そうだ」


 あっさりとカイエンが肯定すると、指揮官は歯噛みして悔しがった。


「くそっ、霊紋持ち相手ではこの人数と装備では不利か……だが、相手が何者だとしても、追い詰めた犯人を取り逃がすなど追捕使の恥! 必ずひっ捕らえてやるぞ!」

「いや、犯人呼ばわりされても、何がなんだかさっぱり分からないんだが……」

「ええい、この期に及んでまだ白を切るとは往生際が悪い奴め――」


 途切れることなく罵ってくる指揮官の口上を無視し、カイエンが動く。いい加減聞き飽きたためだが、追捕使達にとっては、直前まで説得に応じていた霊紋持ちがいきなり襲い掛かって来たのと同義だった。


 いかに訓練された追捕使といえども、霊紋持ちとまともにぶつかっては勝ち目がない。誰よりもその事実をよく知るがゆえに、追捕使達に一瞬ではあるが恐怖が走り、それが鉄壁を誇っていた陣形に風穴を開けることとなる。


 的を外して跳ね橋の上に落ちていた取り網をカイエンが拾い上げ、逆に追捕使達に向かって投げつけてきたのである。

 鉄を織り込まれた網は通常よりも重量があるが、霊紋持ちにかかればそんな重量差は有って無きが如し。おまけに跳ね橋の上から逃がさぬよう、密集して通り抜けられる隙間を減らしていたことが仇となり、カイエンが力任せに投げつけた取り網は、見事に追捕使達の大半を絡め取ることに成功していた。


「お、ラッキー。じゃあ俺はおさらばさせてもらうよ」


 念のため一声かけると、網に絡まれてもがく追捕使達の頭上を軽々跳び越え、カイエンは跳ね橋からの脱出に成功する。

 そのまま意気揚々と退散しようとしたその瞬間、全身を走った悪寒に押されるようにして、カイエンは横っ飛びに身を投げ出していた。


 ずんっ!!


 カイエンが躱すのとほぼ同時、直上から降って来た重量物が、寸前までカイエンの立っていた地面を激しくプレスする。

 凄まじい衝撃。地面が揺れ、抉れ、一瞬にして小さなクレーターを形成した。

 その中心に立ち、大槌を構えるその姿は、カイエンもよく知る人物のものであった。


「カイエン君。どうやら今回、君は私の敵のようだ」


 大槌の先を突きつけ宣言してくるガクシンの姿に、カイエンは自分が知らないうちに冷や汗をかいていることを自覚するのだった。

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