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王都カルマ捕物帳2

 見慣れない少年に向かって槍を構えた衛士達は、緊張感と悲壮感をごちゃ混ぜにした気分で表情を引き攣らせていた。


 彼等が異変に気付いたのは、血相を変えた男達が大通りまで姿を現したのがそもそもの始まりだった。

 這う這うの体で逃げてきたらしい男達は、普段からあまり良い噂を聞かないチンピラ崩れであり、そんな連中が大挙して姿を見せたのだから、警戒するのは当然というものだろう。


 だが、男達は自らの意志で姿を現したわけではないらしく、大通りに転がり出ると力尽きたようにへたり込み、揃ってぜーはーと荒い息を吐くのみであった。

 二人一組で巡回していた衛士の内、相棒に応援を呼びに行かせた残りの一人が意を決して事情を尋ねたところ、普段ならば喧嘩腰でまともに会話もかわそうとしない男達が、まるで救世主でも見たような目を向け、助けを求めて縋りついてきたのである。


 錯乱一歩手前の状態にあった男達を宥めすかし、どうにか事情を聞き出せば、衛士達にとっても決して無視することは出来ない情報がもたらされた。

 そして周囲を巡回中の衛士達を連れて戻って来た相棒に、今度は本部への事情説明と更なる増援要請という大任を託し、彼は今来たばかりの衛士達を引き連れて、男達が逃げ出してきた現場へ急行したという成り行きであった。


 現場にはあらかじめ聞かされていた通り、見慣れない人相風体の少年が佇んでいた。

 着込んだ道着はあちこちがほつれかかっているものの、精悍な顔付きに均整の取れた体格と鍛え抜かれた全身の筋肉は、その手の趣味の者ならばまさしく眼福ものだろう。


 足元には目を剥いて昏倒した数人のチンピラが倒れ伏しており、状況と証言から判断するに少年の仕業と見て間違いあるまい。

 だが、そんな些事よりも注目すべきなのは、少年の全身が淡く発光しているという事実であった。四肢に刻まれた複雑怪奇な紋様の輝きこそ、少年が霊紋持ちである証。それすなわち、少年こそが最有力の容疑者ということに他ならない。


「抵抗を止めて投降しろ。そうすれば慈悲ある対応を保証する!」


 若干及び腰となりながら、槍の穂先を少年へと向けて呼びかける。

 すると少年はきょとんとした表情で、こてんと首をかしげてみせた。


「あん? あんた達、どこのどいつだ?」

「我々はカルマの治安を守る誇り高き衛士だ。貴様には現在、連続殺人の嫌疑が掛かっている。大人しく投降するならばよし。さもなくば、実力をもって貴様を捕縛する」


 霊紋持ち相手では、投降を呼びかけるお決まりの警告も的外れに聞こえてしまうが、下っ端衛士である彼にとっては、定められた手順を律儀に守るのも仕事の内なので致し方ない。

 そんな降伏勧告に対して、少年は不思議そうに目を瞬かせる。


「連続殺人? 悪いけど何の話かさっぱり分からん」

「――」


 協力的な態度とはとてもではないが言えないものの、事前に想定していた敵対的な反応とは異なる雰囲気に、彼は少しだけ逡巡する。

 少なくとも会話には応じている以上、時間稼ぎも兼ねて適当な質問を……そんな思惑は、同僚の口から放たれた憎悪に塗れた叫び声によって、いともたやすく千々に霧散させられた。


「しらを切るつもりか、この殺人鬼が!!」


 途端、空気が俄かに緊迫感を孕み、ほんのちょっと突つくだけで粉々に破裂しそうになる。

 折角の好機を潰してくれた同僚を叱責すべく視線を巡らせた彼は、同僚の目をどす黒く濁らせている、殺意という名の感情に背筋を震わされた。


 少し頭を働かせてみれば、衛士達の中に家族や知人を物言わぬ躯に変えられた者がいてもおかしくない。

 衛士とて人間だ。身内が殺人事件に巻き込まれたとあれば、仇である犯人を殺したいほど憎んだとしても不思議はないだろう。


 そんな考察を組み立てている間にも、同僚は肩をいからせると、周囲の制止すら振り切って、たった一人で突撃をかけてしまう。


「死ねっ! ヴァナの仇!!」


 怒り狂っていても日頃の訓練は裏切らない。下半身の力を腰から肩へと連動させ、衛士は構えていた槍を鋭く突き出した。

 訓練場ならば称賛に値する技のキレだったが、残念ながら霊紋持ちに対して真正面から仕掛けるには、いささか以上に実力不足と評さざるを得ない。


 迷いなく脳天に向けて繰り出された一撃は、しかし少年が無造作に掲げた右手によって、あっさりと掴み取られてしまったのだ。

 衛士はどうにか槍を引き抜こうと四苦八苦するが、片手で掴まれているだけのはずの槍は微動だにせず、ただ焦りと怒りだけが胸中で膨らんでいく。


「くそっ、放せ、放しやがれっ!」

「ああ、構わないぞ」


 叩き付けるように怒声を上げれば、少年はいともあっさりと槍を手放す。

 ちょうど引き抜こうと踏ん張ったタイミングだったため、衛士は勢い余って後ろに倒れ込むと、後頭部を派手に地面にぶつけて昏倒した。


「さてと、それじゃあそいつが目を覚ます前に、俺は行かせてもらうとするかね」


 慌てて同僚を介抱し始める衛士達を尻目に、少年はすたすたと横を通り抜けようとし――突き出された槍に顔をしかめた。

 状況に流されることなく少年の行く手を阻んだのは、最初に投降を呼びかけた衛士である。


「なんだよ、俺は攻撃されたから防いだだけだぞ。まさか大人しく刺されろとか言うつもりか?」

「いや、同僚の狼藉は関してはこちらに非がある。それは認めよう。だがその前に警告していたはずだ、抵抗を止めて投降しろと。まさか忘れたとは言わさんぞ」

「おお、そういやすっかり忘れてたぜ。いやあ、悪い悪い」

「…………」


 ある意味開き直っているというべきか、軽く笑い飛ばしながら少年が謝罪する。

 あまりの毒気の無さに、衛士は突き出していた槍を握る手を緩めてしまう。

 その隙を見計らっていたかのように、少年は不敵な笑みを浮かべた。


「まあいいや。投降しろってのはもちろんお断りだし、通してくれないってんなら遠回りするだけだ。行くぜ、ヘイ」

「わぉん」


 少年の呼びかけに応え、どこに隠れていたのか漆黒の毛並みをした仔犬が転び出ると、少年の体をするすると登り、頭の上に陣取る。


「貴様、抵抗はするなと――」

「抵抗なんかしないっての。まあ、捕まえたいなら捕まえてみろよ。追いつけたらの話だけどな」


 更に言い募ろうとする衛士の言葉を途中で遮ると、少年はわずかに膝を曲げ、一呼吸後には勢いよく跳躍していた。

 霊紋持ちが少し本気を出せば、人間程度の障害物を跳び越えるなど造作もない。加えて、単純な走力一つ取ってみても、常人である衛士が霊紋持ちである少年に追いつける道理などあるはずもない。

 こうして少年は、衛士達の包囲網を鼻歌交じりで突破してみせたのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 霊紋持ちの身体能力に任せて、追い縋らんとする衛士達を軽々と振り切ったカイエンは、追っ手を撒くために一時的に登っていた建物の屋根から飛び降りると、カルマの街を縦に貫く大通りのど真ん中へと着地した。


 街中は人の往来が多いのでこうした真似は厳禁なのだが、今は人通りが異常に少ないためさして危険はない。

 それでも突如降ってきた少年に目を丸くしている通行人がいることはいるが、そちらにはさして注意を払うことなく、カイエンは悠々と歩き出した。

 ちなみにヘイも頭から降り、てけてけと隣に並んでいる。


「ちょっと危なかったけど、大騒ぎになる前に逃げたんだから、多分セーフだよな。まだ怪鳥の手掛かりを掴んだばかりだってのに、このタイミングで街から追われる羽目になったりしたら、たまったもんじゃなかったぜ」

「わふぅ……」


 カイエンが漏らした能天気な一言に、ヘイは疑問の鳴き声を上げる。

 衛士達はどうやら殺人事件の容疑者としてカイエンを認識していたのだ。一度撒いたくらいで諦めることはないだろう。いや、今この瞬間もカイエンを見つけようと躍起になっているに違いない。

 翻訳するならばこんなところか。


「ほほう、どうやらお前さんが、報告にあった霊紋持ちらしいな」


 言えば招くとでもいうべきか、ヘイの予想を裏付けるように、一人の男がカイエン達の前に立ち塞がる。

 年の頃は四十を少し超えたかどうかといったところだろう。先程撒いた衛士達と同じ制服を身に付けているが、放射されるプレッシャーは桁が違う。


 幅の広い背中には、大小二振りの斧を交差させて背負っている。

 正直、衛士の制服を着ていなければ、さぞかし名のある山賊の親玉と勘違いしていたところだ。威圧感を与える強面な顔の造作に加え、左右の頬を深々と抉っている傷痕が、ただでさえ子供が怯えそうな風貌に拍車をかけていた。


「誰だ、あんた。随分と悪人みたいな顔しているな。もしかして本当に悪い奴なのか?」


 開口一番、誰もが避けようとするであろう話題を真っ先に振るカイエン。

 男は正直すぎる感想に面食らったようだったが、怒るではなくどこか興味深そうに、カイエンの顔を注視した。


「面白いことを言う奴だ。だがな、人は見かけによらないものだ。悪人面をした衛士長もいれば、無邪気な顔をした殺人鬼だっているかもしれん」

「そう言われてみればそうだな。あんた、なかなか良いこと言うじゃん」

「……どうにもやり辛いな。まあいい、俺はこの街で衛士長を務めているガルシュラだ。お役目によりお前さんを捕縛する。ま、抵抗するようなら手足の一本は必要経費扱いとさせてもらう。ぶった切られても恨むなよ」


 こともなげな口調で物騒なことをのたまうと、ガルシュラは背負っていた二振りの斧を同時に抜き放った。

 よく手入れされている鋭利な刃が、鋼特有の金属光沢でカイエンに警告する。

 この斧は決して玩具や見掛け倒しの類ではない。人の命を奪うことなど朝飯前の剣呑な代物であると。


 左手の短柄斧は正面に、右手の長柄斧は高々と頭上に振り上げたガルシュラは、自他ともに認める悪人面を笑みの形に歪めると、とうとう殺気を隠すことも放棄する。


「さあて、存分に殺し合いと洒落こもうじゃないか!」


 歓喜の念が込められた咆哮と同時、その四肢に淡く輝く霊紋が浮かび上がる。

 超人的な肉体能力を存分に発揮したガルシュラは、瞬く間に間合いを詰めると、右手で振り上げていた長柄斧を振り下ろした。


 摩擦熱で大気に焼かれた斧の刃が、舗装された大通りの地面に鋭い一条の破壊痕を刻みつける。

 だが、すでにカイエンは大きく跳び退り、ガルシュラとの間に十歩ほどの間合いを開けて回避に成功していた。

 攻め手が人外ならば受け手もまた人外。霊紋持ち同士の戦場が現出する。


「ふいー、危ない危ない。おっさん、かなりの使い手だな」

「はっ、そういうお前さんこそ、ただの頭のイカれた人殺しかと思っていたが、なかなかいい動きをするじゃないか。興が乗ってきたぞ。俺は名乗ったんだ、お前さんも名乗ってもらおうか」

「カイエン、九鬼顕獄拳のカイエンだ」


 跳び退った時点ですでに交戦モードに意識を切り替えていたカイエンは、名乗ると同時に、今度は自分の番とばかりに前に出る。

 左右への小刻みなステップを織り交ぜ、幻惑するような歩法で距離を詰める。

 相手の出方を伺うようなその攻め方は、逆説的にガルシュラの実力を認めている証ともいえた。先制の一撃は、数多くの修羅場を潜り抜けてきたカイエンにとっても、心胆寒からしめるに足るものだったのだ。


 とはいえ、歩法による駆け引きすらも、霊紋持ち同士の戦いにおいては一瞬の出来事に過ぎない。

 傍目からは一直線に飛び込んだとしか映らない速度で距離を詰めたカイエンは、小手調べとばかりに下段への蹴りを繰り出した。


 だがしかし、絶妙の機を狙いすまして放ったはずの足先に返ってきたのは、骨と筋肉による反発ではなく、鋼鉄の柱でも蹴り飛ばしたかのような硬質な感触であった。

 それもむべなるかな。カイエンが蹴りを放ったその瞬間、ガルシュラは長柄斧を軌道上に割り込ませていたのである。


 見事に防がれたカイエンだが、初手をしのがれた程度で焦るような愚は犯さない。

 下に意識を向けさせておいて今度は上とばかりに、視覚の外から回り込むようなフックを放つ。


「!?」


 これも易々と防がれてしまう。今回それを成したのは、小さい分だけ取り回しの良い短柄斧の方だ。

 どうやらガルシュラは、大小異なる二本の斧を巧みに振るうことで、極力隙を見せない手堅い戦い方を得手としているらしい。


 戦闘狂を思わせる言動からは意外にも感じられるが、それだけ数多く、様々な手管を使う者達を相手にしてきたということだろう。

 強敵相手に生き残って来たからこその技巧。まさしく百戦錬磨と呼ぶに相応しい。


「だったら、こいつでどうだ!」


 カイエンが攻撃のギアを一段階引き上げる。

 両手でそれぞれ異なる武器を扱うというのは、当たり前だが高度な技量が要求されるものだ。

 一発二発ならば防げても、連続攻撃となれば話は分からない。怒涛のラッシュでガルシュラの処理能力に負荷を掛け、連携の綻びを突こうというのだ。


 拳、突き、掌底、手刀、肘、膝、爪先、踵……上下左右のありとあらゆる角度から、全身を連動させたカイエンの猛攻が迫る。

 あまりにも圧倒的なその手数は、カイエンの両手両足が倍になったと錯覚させてしまう程だ。


 だとしてもカイエンは見誤っていた。百戦錬磨であるガルシュラの戦闘経験は、カイエンの想像を遥かに超えて濃密だったのである。

 まるで手品を思わせる優雅さで、長短二本の斧が縦横無尽に振るわれる。その度にカイエンの打撃が予定調和のように防がれる様は、いっそ小気味よいほどだ。

 そして嵐のような猛攻をしのぎ切ってみせたガルシュラは、カイエンの手が止まりかけた一瞬の隙を突き、遅滞の無い動きで防御から反撃に転じてみせた。


「シャアッ!」


 短柄斧を振り回し、達人ですら見落としかねない連携攻撃の繋ぎ目に、確たる楔を打ち込む。

 思わぬ反撃にカイエンのリズムが崩れた瞬間、ガルシュラは斧を両手から手放していた。

 戦闘の途中でそんなことをすれば、当たり前だが斧は持ち主の手を離れて宙を舞う。

 ただしカイエン目掛けて投げつけたわけではない。短柄斧はくるくると真上への軌道を辿り、長柄斧は短柄斧を手放したことで空いたガルシュラの左手に収まったのである。


 曲芸じみた挙動で武器を持ち替えてみせたガルシュラが、満を持して得物を振るう。

 右手から左手に投げ渡した際に、柄の先端ではなく中間辺りを掴み取っていたことで、軌道こそ制限される代わりに振りの速度は向上している。その結果、知らず知らずのうちに長柄斧のタイミングを体で覚えさせられていたカイエンにとって、攻撃の到達は予想よりも一呼吸早いものだった。


 鋭利な刃が眼前に迫り、もはや回避は不可能だ。

 カイエンは覚悟を決めると、両腕を重ね合わせるように防御の姿勢を取る。


「甘いぞカイエン! 俺の攻撃が腕を犠牲にしたくらいで止められると思うなよ!」


 勝利を確信し、裂帛の気合と共に斧を振り下ろすガルシュラ。

 一直線に振るわれた斧はカイエンの両腕と接触し――その肉に食い込むことなく、甲高い音と共にカイエンの身体を吹き飛ばすにとどまった。


「ちぃっ、器用な真似をしてくれるっ」


 必殺の一撃を間一髪で防がれ、ガルシュラから舌打ちが零れる。

 あの瞬間、ガルシュラにはしっかりと見えていた。ガルシュラ渾身の斬撃を、カイエンは両腕にはめていた白と黒の腕輪でもって受け止めていたのである。


 霊紋持ちの攻撃を受け止められるだけの強度があることが前提の上、細く小さな腕輪で斧による斬撃を受け止めてみせるという暴挙。心臓に毛が生えているのかと疑いたくなる胆力だ。


「ってて……ふいー、死ぬかと思ったあ」


 盛大に吹き飛ばされたカイエンが、何事も無かったかのように跳ね起きる。

 腕輪で防御しただけではなく、どうやら受け身までばっちりだったらしい。


「今のはヒヤッとしたぞ、おっさん」

「ガルシュラだ。さっき名乗ったばかりだろうが」

「へへっ、悪いな。人の名前を憶えるのは苦手なんだ。その代わり、あんたの攻略法なら見つけたぜ」

「なんだと?」


 ガルシュラの双眸が細められる。

 攻撃はすべて防がれ、あわや真っ二つにされる寸前だったのに、攻略法を見つけたという。

 口から出まかせのハッタリだろうか?

 いや、爛々とした光が灯る両瞳でガルシュラを見据えるカイエンからは、確かな自信の気配が感じられた。


「面白い。その攻略法とやら、見せてもらおうじゃないか」


 落ちてきた短柄斧をちらりとも見ずに掴み取り、再び二本の斧による鉄壁の防御陣を構えてみせるガルシュラ。

 カイエンは気迫のこもった笑みを浮かべると、両手を開き、腰だめに揃えた奇妙な構えを取った。


「九鬼顕獄拳、潰鬼の型」


 技の名を告げたカイエンが、今度は一切のフェイントを入れることなくガルシュラへと肉薄する。

 繰り出されたのは掌底だ。左右同時に繰り出されたという目新しさこそあるものの、ただの掌底としか思えない攻撃を、ガルシュラはさしたる苦労もなく左右の斧で受け止める。

 ここまでは先程の攻防と同様。しかし、次の展開が異なっていた。


「捕まえたぜ」


 カイエンの両手が、攻撃を防いだガルシュラの斧を二本とも掴み取っていたのである。

 てっきり先程同様の打撃が来ると踏んでいたガルシュラは、左右の斧を見事に封じられた体勢となってしまう。


「なかなか小賢しい真似をしてくれる!」

「まだまだこれからだぜ!」


 称賛の声を上げるガルシュラに対して、カイエンは更に両手の霊紋を活性化させる。

 握力に特化した潰鬼の型。その本領発揮はここからだ。


 ギヂリッ、ミシッ


 カイエンが握り締めている二本の斧から、不吉な音が鼓膜に届く。

 慌てて己の得物に視線を落としたガルシュラの目に映ったのは、罅が浮かび上がり、しかも拡大を続けている斧の姿だった。


 その光景にようやく悟る。カイエンの狙いは武器を掴んで動きを封じ込めることなどではなく、武器そのものを握り潰すことだったのだと。

 霊紋持ち同士の戦闘にすら耐える鋼の武器を、あえて破壊しようというその蛮行。思いもよらぬ発想にガルシュラが戦慄したその隙に、全身の霊紋の力を両手の身体強化のみに費やしたカイエンは、とうとう目論見を成し遂げた。


 バギンッ、という破裂音と共に二振りの斧が砕け、黒ずんだ欠片となって飛散する。

 ガルシュラが唖然とする中、カイエンは一歩踏み込むと、たっぷりと霊紋の力が乗った拳を敵手の胸元に叩き込んだ。


「ぐばっ!」


 拳撃の威力は壮絶の一語に尽きた。

 足を踏みしばることもできず、決して軽くはないガルシュラの体が地面と水平に吹き飛ぶと、通りの向かい側の建物の壁を突き破り、それでも殺しきれない威力によって内壁に激突する。

 瓦礫にまみれ、胸部を拳の形に陥没させたガルシュラは、激痛に霞む視界をどうにか持ち上げようと試みるも、全身の神経が断線したようにその意識を失ったのだった。

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