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リンカ護衛依頼1

本日は3連投、その1本目です。

「美味ー!!」


 カイエンは今、いたく感動していた。

 セイゲツとかいう霊紋持ちと激闘を繰り広げた後、どうにか逃走に成功したカイエンは、完全に日が暮れて追手が諦めるまで潜伏した後、なるべく足跡を残さないように偽装工作を挟みつつ宿まで帰って来ていた。


 おかげで腹はペコペコで、一階にある食堂でナキョウが作ってくれていた夕飯を口にした瞬間、カイエンの脳内は食事一色に塗り潰されていたのである。

 飯、飯、おかず、飯、おかず。

 もはや食べるというよりも飲み込むに近い速度で次々と器を空にしていく健啖ぶりに、さすがのナキョウも呆れている。


「美味しそうに食べてくれる方が、作っている身としては張り合いがあるんだけど、さすがにここまでになるとちょっと引いちまうねえ」


 突き出された茶碗に米をよそい、突き返す。すでに同じ行為を五回は繰り返し、六回目のおかわりをよそって渡したところで、ようやくペースが落ちてきたタイミングを見計らい、ナキョウはカイエンに声をかけた。


「ちょいとあんた、探しているものがあるとかって言ってただろ」

「美味ぁー、ああ、『天の角、地の翼』ってやつを探してる。美味ぁー」

「鳴き声みたいに美味い美味い言うんじゃないよ。ともかく、その何とかに関して話を聞きたいって客がいてね、あんたが良ければ話してやってくれないかい」

「おう、分かった。で、そいつはどこにいるんだ?」

「向こうの隅の席にいる子だよ。じゃあ、ちゃんと伝えたからね」


 ナキョウに促されて食堂の片隅に目をやれば、そこには一人の女性が席に座って晩酌を楽しんでいた。

 女性はカイエンの視線に気付くと、御猪口を軽く掲げて挨拶してくる。カイエンも会釈して挨拶を返すと、残っている夕飯を片づけにかかった。


 それから30分後、更に三回ほどおかわりを重ねたカイエンは、すっかりくちくなった腹を撫でさすりながら、満足げな足取りで食堂を後にした。

 食後の余韻を楽しみながらぶらぶらと歩を進め、やがて部屋の前に辿りつく。懐から取り出した鍵で開錠し、部屋の扉を引き開けたところで、カイエンはふと思い出したかのように背後に向かって問い掛けた。


「そういやあんた、食堂からずっと付いて来てるけど、何か用か?」

「それはこっちの台詞でしょ!」


 純真な疑問の瞳に対して投げ返されたのは、若干の怒りと多量の呆れ、そして隠し味的に驚愕がミックスされた叫び声だった。


 カイエンの背後に立っていたのは、食堂で晩酌を楽しんでいたあの女性である。

 身長は150セテルほどで、カイエンの胸辺りの高さから、強気な視線でカイエンを見上げている。

 パンツルックに身を固め、肩まである銀髪をヘアバンドで纏めた装い。全体として活動的な印象を受ける。


 その大きな瞳は今、無言の抗議の視線をカイエンに放射し続けていた。

 だが、どんなに睨み付けてもカイエンの表情に罪悪感の欠片すら浮かんでこないことを見て取り、諦めたように大きな溜息を吐いた。


「あー、もう、女将さんの言っていた通りね、君」

「そう言われても何の事だか、まるで分からないんだが?」

「天然、マイペース、世間知らず。そんな風に言われた経験があるんじゃない?」

「そういや、爺の所を出てからはよく言われる気がする。凄いな、あんた、どうしてわかったんだ?」


 ウキウキしながら尋ねると、相手は悔しそうに唇を咬んだ。


「くっ、筋金入りの天然には皮肉も通用しないって訳ね。……まあいいわ、君、女将さんから私の所に行くように言われていなかったかしら。伝言は頼んでいたはずだけど」

「あー、そういやあんたと話せって言ってたな! 悪い、飯が美味くてすっかり忘れてた」


 からりと告げて、頭を下げる。あまりにもあっさりとした謝罪っぷりに怒る気も失せたのか、女性は釣り上げていたまなじりを緩めると、すっと右手を差し出して来た。


「はあ、君と話していると、私だけカリカリしているのが馬鹿らしくなってくるわ。私はリンカ、趣味で歴史を研究している者よ。君の探しているものに私も興味があるの。良ければ話を聞かせてくれる?」

「おう、良いぜ。俺はカイエン、拳法家だ」


 堂々としたカイエンの名乗りに、リンカの双眸が怪しく光った。が、すぐにその気配は失せ、伺うようにカイエンの顔を覗き込む。


「拳法家、ね。流派を聞いても大丈夫かしら?」

「別に隠しているわけじゃないし、構わないぞ。俺の流派は九鬼顕獄拳だ」

「……聞いたことのない流派ね。失礼かもしれないのだけれど、師の御名前は何と仰るの?」

「名前……」


 これまで即答で返していたカイエンだったが、その質問をされた途端に動きが止まってしまった。

 腕を組み、目を閉じ、うんうんと唸りながら記憶の底の底を漁る。

 時計の秒針が優に一周はするほど沈黙を続けた後、唐突に目を見開いたカイエンはあっけらかんとした口調でのたまった。


「駄目だ、わからん」

「ちょっと!」


 無意味に力強いカイエンの宣言に、反射的に突っ込むリンカ。

 頑張って思い出そうとしているようなので黙って待っていれば、返ってきたのはこれである。リンカでなくとも突っ込みたくなるというものだ。


「どういう事よ。師の名前を忘れるとか、恩知らずにも程があるでしょ!?」

「違う違う、忘れたわけじゃないよ。ただ、最初から知らなかっただけだった」

「えっと……?」


 一瞬、何を言っているのか理解が出来ず、怪訝な顔をしてしまう。一方のカイエンは、どういうわけかすっきりとした表情で付け加えた。


「俺の師匠は爺だ。生き延び方も、闘い方も、全部爺に教わった。ただ、爺の名前は教わらなかったってことだな」

「じゃあ、あなたはお爺様からその九鬼顕獄拳を教わったと?」


 改めてリンカが確認するが、しかし、カイエンは首を横に振る。


「うんにゃ、二つ間違ってる。まず、爺は俺の血縁じゃない。確か、山の中で俺を拾ったって言ってたな。それから、九鬼顕獄拳を編み出したのは俺だ。爺には確かに闘い方を教わったし、拳法の修行もつけてくれたけど、爺の流派は教えてくれなかったんだ。仕方がないから、自分で考えた」

「…………なるほど、流派名を聞いたことがなくて当然ね」


 聞けば聞くほど、理解は出来ても納得し辛い無茶苦茶な話である。

 このご時世、霊紋を体得するために有効な手段として、武術の修行はロザン皇国全体として保護・奨励されている。そうなれば当然、多くの武術家達が相争い、霊紋持ちを擁しない流派は衰退していくこととなる。


 皇国勃興期はまさに流派乱立の時期でもあり、昨日は剣術道場だった場所が翌日には薙刀を教えるようになり、次の週には弓の流派の看板が掛かっていたなどという話は、それこそ枚挙に暇がない。

 そんな群雄割拠の時代を経て、現代ではロザン皇国内の大きな流派は五つまで統合されてきている。


 おそらくはカイエンの師匠という人物も、かつての時代に別の流派との争いに敗れ、繁栄の道を絶たれた武術の後継者だったのだろう。当時、そういった者達が山中に身を隠すというのはよくある話だったらしい。

 なぜカイエンにその流派を受け継がせなかったかについては、確証は無いが、過去に序列落ちした武術を教えても、逆にカイエンの足枷になってしまうと考えたと推測される。


「物心ついてからずっと山に籠ってたんだけど、ある日爺に「世界を見て来い」って言われて叩き出されたわけだ。ついでに、俺を一人前と認めるかどうかの試験として、『天の角、地の翼』ってのを探して来いって言われてな」

「それよ」


 ようやく話の核心に至り、リンカは前のめりになって食いついた。


「私が君に話を聞きたいと思ったのは、それについてよ」

「それって『天の角、地の翼』のことか?」

「ええ。歴史書を紐解いていくと、皇国成立の経緯にソレが関わっていたと読み取れる記述が複数あるの。でも、それが人なのか物なのか、あるいはそれ以外の何かなのか、ヒントになりそうな情報はどこにも無くてね」

「ほー、そいつは難儀だな」


 完全に他人事のノリで相槌を打つカイエン。そんな代物を探して来いと言われていることは、すっぽりと頭から抜け落ちているらしい。リンカの方もわざわざそれを指摘するような律儀タイプではないらしく、悔しがるジェスチャーを交えつつ話を先へと進める。


「正直、手詰まりで困っていたのよ。そんな時、偶然立ち寄ったこの宿で、女将さんから『天の角、地の翼』について心当たりは無いか訊かれたというわけ。私、これでもあちこちフィールドワークで旅をしているから顔が広くてね。女将さんは、私なら何か知っているんじゃないかと期待していたみたいだけど、この件についてはむしろ逆で、私が君に色々教えてもらいたいわ」


 勢いよく言い切ると、これでもかと期待を込めた眼差しでカイエンを見つめる。真正面から頼み込まれたカイエンは、込められた気迫に一瞬たじろいでしまうが、すぐに困った様子で頬を掻いた。


「あー、悪いんだけど、俺も『天の角、地の翼』が何かってことは知らないんだ。それを調べるのも修行の内、とか言われてさ」

「そう……それは残念ね。でも、わざわざ探せと言うくらいだから、『天の角、地の翼』は現代でも必ず見つかるはず。それがわかっただけでも十分よ。それに直接の答えは見つからなかったけれど、仮に人を指すとしたら、特定個人というより何らかの条件を満たした人、あるいは人達を意味しているという可能性が高くなったわ。当時の『天の角、地の翼』は、とっくの昔に寿命が来ているでしょうからね」

「なるほど、前向きだな」


 感心したように呟くと、それが聞こえたのか、リンカは少し照れた風に頬を緩めた。


「手掛かりが無いこれまでの状況に比べれば、大きな前進と言ってもいいのよ。それにもう一つ、かなり確度の高い情報も手に入ったしね」

「情報?」


 そんなものがあっただろうかと首をかしげる。まったく心当たりのないカイエンに、リンカは不敵に笑ってみせた。


「簡単よ、君の師に聞いてみるの。そんな課題を出すということは、『天の角、地の翼』の正体を知っているに違いないわ」

「おお、そう言われてみればそんな気がしてきた。あんた、頭良いな!」


 褒めるカイエン。ドヤ顔で胸を張るリンカ。廊下の反対側からこの寸劇を目撃してしまった客の一人が、何とも言い難い残念そうな表情をしながらこっそりと踵を返すが、テンションが上がって来た二人は、気にせず廊下の真ん中に居座り続ける。


「ふふん、伊達にこの仕事をやってはいないわ」

「そっか、歴史研究者って頭が良いものなんだな。勉強になるぜ」

「……まあ、その理解で良いわ。というわけで、君の師の居場所を教えてもらって良いかしら?」


 遂に手掛かりに手が届くかと勢い込むリンカ。対するカイエンは、納得したように大きく一つ頷くと、固い決意を持って言い切った。


「そいつは断る」

「何故に!?」


 ようやく掴んだ手掛かりの糸をあっさりと断ち切られ、リンカは悲痛な声で絶叫した。

 夜も更けた頃合いだというのに随分と騒がしくしたため、二階に宿泊している客達が迷惑そうな表情で扉から顔を覗かせては、いかにも面倒そうな状況を見て取って静かに部屋に引っ込んでいく。


 もしかすると修羅場と勘違いされたのかもしれない。

 うっかりすると明日には妙な噂が流れていてもおかしくない状況だが、当のリンカはお構いなしにカイエンの襟元を掴むと、目にも止まらぬ速度で激しく前後に揺さぶった。


「ど・う・し・て・よ!」

「し、仕方がないだろ。『天の角、地の翼』については、自分で調べろって言われてるんだから! 爺に教えてもらっても、一人前と認めてもらえないじゃん」

「君の事情はそうかもしれないけど、私には関係ないじゃない!」

「あと、あの山に他人が入って来るのは嫌いらしくてな。爺曰く、俺が生涯の親友と認めた相手か、もしくは嫁だったら連れてきて良いって言われてるんだが……あんた、嫁になる気か?」


 念のため確認してみるが、リンカは怒り心頭に発した様子でカイエンの質問を一蹴した。


「ならないわよ! ……嫁にはならないけど、生涯の親友枠ということでお願いは出来ないかな?」

「生涯の親友は、俺の事情を関係無いとか言わない」

「しまったぁぁぁ……」


 リンカ撃沈す。

 廊下の床にへたり込み膝をついて項垂れるその姿からは、打ちひしがれていることがありありと伝わって来る。


 知らない人間が見れば同情を誘えるのだろうが、カイエンは乱れた道着を整えると、リンカを放置してさっさと部屋に入ろうとした。

 が、道着の裾が掴まれ、待ったをかけられる。

 裾を掴んだ指を追ってみれば、指の主は項垂れたままのリンカであった。


「ちょっと待ちなさい。まだ話は終わってないわよ」

「どれだけ頼まれても、爺のいる山の場所は教えられないぞ」

「いえ、それはいいわ……本当はよくないけど、ここは断腸の思いで我慢するわ」


 未練たらたらといった口調でリンカは言葉を噛みしめる。リンカの都合にはさして興味の無いカイエンは、その様子には頓着することなく単刀直入に訊いた。


「じゃあ何の用だよ?」

「君、私に雇われる気はない?」

「雇われる……俺が何か仕事をして、代わりにあんたが俺に金を渡すっていう、アレか。別に良いけど、俺を雇って何をしようってんだ?」


 ようやく復活したリンカはすっくと立ちあがり、びしりと指を突きつけて宣言する。


「ずばり遺跡調査よ。さっきも言ったけれど、私はフィールドワークであちこちを旅していてね。今回東都に来たのもその一環、この近くにある廃村跡を調査するためなの」

「ははあ、それで俺に何をしろと? 自慢じゃないが、俺は頭が悪いから、歴史の調査とかはできないぞ」

「大丈夫よ、そっち方面には欠片も期待していないから」


 割と失礼なことをさらりと告げるが、その点についてはカイエンも自覚があるのか、あるいは失礼とすら受け取っていないのか、特に抗議したりはしない。


「カイエン、君には護衛をお願いしたいの。街で聞き込んだところ、私が調査しようと思っていた地域で、最近胡乱気な連中が目撃されているらしいわ。拳法家なら腕に覚えはあるのでしょ? 私が廃村跡を調査している間、もし危険な目に遭いそうだったら、それを排除して欲しいってわけ」

「分かった。そういう話だったら請け負うぜ。こっちも早いとこ仕事しないと、金が無くなって美味い飯が食えなくなっちまうからな」


 二つ返事で了承すると、契約の代わりに握手を交わす。

 ちょうどその時、二人の共通の知人が階下から顔を覗かせた。

 言わずと知れたこの宿の女将、ナキョウである。彼女は全身から怒りの気配を発し、怒鳴りつけた。


「あんた達、そういった話は部屋の中でやりな! 夜中に騒がしくしちゃ、他のお客さんに迷惑じゃないか!!」


 その迫力は霊紋持ちすら圧倒する。カイエンとリンカは、即座に謝り倒したのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] カイエンへのリンカのツッコミ。何度も声に出して笑いました。 なんだか初期DBのゴクウとブルマみたいで楽しいです。 [一言] 某激辛レビューを見て、少し前から読みはじめました。 この作品、…
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