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鬼vs鬼3

第二章は本話+エピローグとなります。

区切りが良いのでエピローグは9/16(月)投稿予定です。

「これで……終わりっと!」


 襲い掛かって来た盗賊達を全員打ち倒し、カイエンはようやく一息ついた。

 普通の盗賊であれば、最初の十人が瞬く間に意識を刈られた時点で総崩れになってもおかしくはないのだが、このサバク盗賊団に限っては終盤で数人が逃亡を試みた程度で、百人ほぼ全員が首領であるロウハの命令通り、カイエンを足止めせんと立ち向かってきた。


 それだけロウハにカリスマ性があるのか、あるいはロウハを恐れているのか。

 もちろん、その両方という可能性もある。


 ともあれ、さすがに百人を相手にするのは骨が折れた。

 第一階梯の霊紋持ちでも兵士百人に匹敵すると言われているが、実際に検証した事例は実はあまり無い。

 そんなわけで、図らずも自ら実証してみせる羽目になったカイエンであるが、代償として軽くはない疲労感を感じていた。


 しかし、これで終わりではない。

 ロウハはシュウケイを追って墓地へ向かうと言っていた。今、墓地にはヘイも共に赴いているはずだ。霊紋持ち同士の衝突に巻き込まれる前に、保護する必要があるだろう。

 墓地の場所はカイエンも把握していなかったが、ロウハの通った道筋を追えば辿り着けるはずだ。


 そんな目算を立てて駆け出そうとした、まさにその時である。


「あおんっ!」

「ヘイか!? って、ぐほぉっ!」


 斜面を転がり落ちるかのような速度でヘイが駆け下りてきたかと思うと、その勢いのままカイエンへ突進をかます。

 百人組手で蓄積した疲労のためか、それともヘイのタックルがあまりに遠慮のないものだったためか、受け止め損ねたカイエンは腹を押さえて悶絶した。


 申し訳なさそうに項垂れるヘイに気にするなと言いながら身を起こし、カイエンはヘイと向かい合う。

 すると、ヘイはテレパシーで緊急事態を告げてきた。


「わうっ、ぐるるぅ……」

「やっぱりロウハはそっちに向かったのか。ヘイは無事に逃げられたけど、シュウケイはその場に残った、と……」


 シュウケイは手練れだが、墓地に姿を現したというロウハは間違いなく第二階梯の霊紋持ちだ。カイエンと戦っていた際にはこちらを舐めていた節があり、その実力の底はまだ見極められていない。


 正直に言って、楽観視は到底できない状態であった。

 そしてシュウケイには一宿一飯の恩義がある。となれば、ここでシュウケイの元に向かわない選択肢などあるはずがなかった。


「案内を頼めるか、ヘイ?」

「わうっ!」


 任せて、と言わんばかりに尻尾を振る。ヘイとしても、置いてくる形となったシュウケイの身が案じられるらしい。


「よし、それじゃあ早速向かうぞ」

「向かうってどこに?」


 意気揚々と出発しようとしたところに横合いから邪魔が入り、カイエンは思わずつんのめりかける。たたらを踏みつつ一歩目を挫いてくれた声の方へと目をやれば、そこには案の定、リンカの姿があった。

 すでに全身を覆っていた影は解除しており、普段通りの格好である。それでもいつもと異なる点は、ぎっしりと中身の詰まっているらしい袋を大事に抱えていることだろう。


「リンカか。無事だったのか? 三本刀とかいう奴が追いかけて行ったけど」

「ふふ、私を甘く見ないで欲しいわね。その人だったら今頃、偽物の私を追いかけて行った挙句、崖から真っ逆さまよ。ついでに連中のお宝も回収済み」


 フフフと怪しく笑うリンカから一歩距離を取る。

 同類だと勘違いされるのが嫌だったからなのだが、リンカはお構いなしに距離を詰めると抱えていた袋の口を開いてみせる。

 中には宝石や宝飾品など、それほど嵩張らずに換金しやすい品々が厳重に梱包されていたが、カイエンにそういった品々の良し悪しなど分かるはずもなく、これがどうかしたのかと言わんばかりの表情でリンカを見返すのみだった。


「こ、こほん。ともかく、私の目標は無事達成したわ。後は可及的速やかに、ここから逃げたいのだけど?」


 カイエンの反応を見て己が舞い上がっていたことに気付き、頬を薄く染めて咳払いをする。誤魔化すように少し早口でそう言うと、カイエンは決意に満ちた眼差しで首を横に振った。


「悪いが、俺とヘイはまだ寄る所があるんだ。なんだったら、リンカだけ山を下りても良いぞ」

「わおんっ」


 同意を示すヘイの鳴き声。

 カイエン一人ならばともかく、ヘイも行くというのであればリンカに否やは無い。

 ふうと小さく息を吐くと、抱えていた袋を背負い直し、ウィインクをして告げる。


「私だけ蚊帳の外っていうのは酷いんじゃない? 目的があるっていうなら付き合うわよ。事情は道すがら教えてくれればいいわ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ヘイに先導されて山中を駆けること暫し、到着したその場所には無惨な光景が広がっていた。

 一刻前には丁寧に整備されていたであろう墓地は、今は半数近い墓石が砕かれてあちらこちらに散らばっている。


 墓地の中央で降りしきる雨に打たれて一人立ち尽くしている人物は、リンカと面識こそ無いものの、ここに来るまでに聞いていたシュウケイの容姿と一致していた。


 その足元には、頭を砕かれて胸を踏み潰された一体の亡骸が打ち捨てられている。

 顔はぐちゃぐちゃで生前の面影など微塵も読み取ることはできないが、手足から伸びている無数の鎖から判断すれば、この亡骸の正体はロウハに間違いあるまい。

 事情を知らない者であっても、この光景を見れば勝者と敗者を見間違えることはないだろう。


「良かったわね、カイエン君。シュウケイさんは無事みたいよ」


 少々酸鼻が過ぎる有り様ではあるが、カイエンとヘイの恩人だというシュウケイの生存を確認し、リンカはひとまず胸を撫で下ろした。

 と、隣に立つカイエンの様子がおかしいことに気付く。

 険しい視線でシュウケイを見据え、全身の霊紋を仄かに発光させるその姿は、まだ戦いは終わっていないと確信をもって主張していた。


「ちょ、ちょっと、カイエン君……?」

「無事なもんかよ。最悪だぜ、こいつは」


 厳しい口調で吐き捨てるカイエンは、決してシュウケイから視線を逸らさない。それは本能的に、戦いはすでに始まっていることを理解しているからだ。

 カイエンの戦意に反応するように、シュウケイがゆっくりと振り返る。

 ロウハのものと思われる返り血で朱色の斑に染まった姿は凄惨極まりないが、それよりも遥かに圧倒的な存在感を放つそれを、リンカは真正面から直視してしまった。


 牙と角だ。

 振り向いたシュウケイの口元からは猛獣のそれを思わせる長く鋭い犬歯が飛び出し、額からは小ぶりな角が二つ生えていたのである。

 正確にはその牙と角は本物ではない。

 第二階梯の霊紋持ちが力を行使した際に出現する霊像と同じく、外部へ漏れ出した霊紋の力がその性質に沿った幻を生み出しているに過ぎない。


 そんなことは知識としては百も承知だが、そんな些細な理屈など容易く蹴り飛ばし、リンカに一つの解を導き出させる。

 驚愕に震える声で彼女は呟いた。


「あれはもしかして……鬼!?」


 悲鳴がかったその言葉に反応したのか、シュウケイが――いや、シュウケイの自我を侵食しきった鬼がギロリと睨むと、その姿がかき消えた。


「え……?」

「あぶねえ!」


 硬直するリンカ。

 その眼前に体を滑り込ませるカイエン。

 大気が押し潰されて引き千切られる音と共に振り下ろされたそれを、カイエンの掲げた左右の掌が辛うじて掴み取る。


 しかし、受け止めこそしたものの圧倒的なパワーに押し込まれてしまう。このままでは押し潰されると判断したカイエンは、舌打ちをすると両手で受け止めたそれに向かって蹴りを放ち、反動を利用して一度距離を取った。


 カイエンが受け止めたのは棍による振り下ろしであった。

 放ったのは言うまでもなく、完全に理性を失い血走った瞳で目の前の敵をねめつけている鬼だ。

 ロウハの放っていた殺気が子供騙しに感じられるほどに、濃密で冷たい気配を纏っている。


「大丈夫か、リンカ?」

「……ええ、ありがとう。カイエン君、これってもしかして……」

「もしかしなくても、自我の侵食ってやつだ。多分、ロウハと戦うのに霊紋の力を引き出し過ぎたんだと思う。まさか、宿しているのが俺と同じ鬼霊だとは思わなかったけどな」

「カイエン君?」


 焦燥や緊張、そういった中に紛れ込んだ歓喜。リンカの眼前に立つカイエンからは、ウキウキやワクワクといった雰囲気を感じ取ることができる。

 緊迫したこの場においてあまりに不釣り合いなその気配に、カイエンと対峙する鬼も違和感を覚えたのか、警戒するように唸り声を上げる。

 そして当のカイエンはといえば、足を開き、腰を落とし、緩く握った拳を腰だめに構え、不敵な笑いを浮かべてみせた。


「組手の時は消化不良に終わっちまったからな。本気のシュウケイと戦える機会があるなんて思ってもみなかったぜ。まあ、シュウケイの意識が無いってのが残念だが」

「ちょっと、正気なの!?」


 暴走する幻想霊に真っ向からぶつからんとするカイエンの言動に、リンカは驚きのあまり目を剥く。

 自我を失った霊紋持ちといえば、霊獣と同じく災害に分類される存在である。

 幻想霊そのものが稀少であるため前例は少ないが、小国であれば一国の全力を傾けて挑んだこともあったとされる。

 同じ幻想霊持ちとはいえ、たった一人で挑むなど無謀を通り越して自殺行為だ。


「リンカはヘイと一緒に離れていてくれ。逃げ出そうとするとそっちを狙うかもしれないから、迂闊に動くなよ」


 止めようとするも、すでにカイエンの意識は鬼だけに向けられていた。

 仕方なくヘイを抱き上げて下がると、カイエンがゆっくりと息を吸い、そして吐き出し始めた。

 呼吸を重ねるたび、カイエンの手足から溢れる霊紋の輝きが増してゆく。

 その姿は吹き荒れる嵐の中にあって、道を照らし出す灯のようにすら感じられる。


「行くぜ」


 告げると同時、カイエンから間合いを詰めていく。

 棍の制空圏に踏み込んだ瞬間、怒涛のような猛攻がカイエンを襲った。

 円運動と直線運動が組み合わされ、上下左右のありとあらゆる角度から、獲物に喰らい付かんとする猛獣さながらに叩き付けられる。


 カイエンはそれに対し、棍ではなく相手の全身を俯瞰の視点で捉えることで攻撃の前兆を察知し、先んじて回避することで対処してみせた。蜂に刺されまくった修行により身に着けた技術の応用である。


 しかし、その表情に余裕は無い。

 一見鮮やかに躱し続けているようにも見えるが、一度の見落とし、一瞬の判断ミス、一拍の動作の遅れがすべからく敗北へとつながる綱渡りなのだ。

 その認識がカイエンを焦らせ、集中力をゴリゴリと削っていくのが手に取る様に実感できる。


 ゆえにカイエンは仕掛けた。

 胴体目掛けて放たれた突きに対し、真横ではなく斜め前に一歩踏み込む。

 突きの軌道を逸らすために霊紋の力を注いで強度を増した腕の上を滑らせると、チップしただけで肉が抉れ、破れた血管から鮮血が舞い上がった。


 深手とはいえないが決して浅くはない負傷。必要経費ともいえるそれと引き換えに、カイエンは鬼の懐へと飛び込むことに成功する。

 踏み込みの勢いを下半身から上半身へと連動すると、カイエンは極至近距離からショートアッパーの軌道で拳を放つ。


 狙いは棍を持つ手の指だ。頭や首、鳩尾といった急所は棍によるガードが固く、おいそれと打ち込むことが出来ない。

 ならば先に棍を自在に振るう手を潰すことで、強固なガードに突破口を開けようという目論見である。


 ガシッ


 しかし、カイエンの狙いは未遂に終わる。

 迫る拳に対して、鬼は欠片ほどの躊躇も見せずに棍を手放すと、カイエンのアッパーを受け流してしまったのだ。

 一見すると力任せな攻撃とは裏腹の緻密な防御にカイエンの拳は空を切り、すかされたことで体勢が崩れて隙を晒してしまう。

 それを見逃すことなく、残った片手で振るわれた棍がカイエンの腹部を強打した。


「ごほっ!」


 強制的に吐息が吐き出される。

 間合いが近すぎたこと、片手で牽制のつもりで放たれたことからダメージ自体は大きくないが、それよりも問題なのは足を止めてしまったことと、鬼が棍を構え直す時間を与えてしまったことだった。


 ドドンッ!!


 象が人を撥ね飛ばしたような音が、轟々と唸る嵐の風音さえ圧して響く。

 それは両手で棍を握り直した鬼が、ぎりぎりで防御の構えを取ったカイエンに向け、防御ごと打ち砕かんとばかりに叩きつけた音だった

 隠れ里での光景を焼き直すように、カイエンが雨でぬかるんだ地面の上を二度三度と跳ねる。挙句に人間大の墓石に頭から突っ込むと、見事にそれを叩き割った。


「……! ――!?」


 声にすらならずに悶絶するカイエン。

 痛みのあまり、まなじりに涙が浮かぶが、すぐに全身を打ち付ける雨に押し流されてしまった。

 今回は防御が間に合ったので首の皮一枚つながったが、まともに食らえば間違いなく致命傷だ。やはり鬼の腕力は脅威であると実感させられる。


「わふっ」


 身を案じてくれるヘイの鳴き声に片手を上げて応じる。

 だが、このままではマズい。鬼に自我を侵食されていてもなお、シュウケイの体に染みついた防御の技は一級品なのだ。

 あれを打ち崩すのは、並大抵の攻めでは不可能だろう。

 と、その時である。ヘイの応援に触発されるように、リンカも声を張り上げた。


「カイエン君、本気を出さないと死ぬわよ!」

「とっくの昔に本気だよ!」

「まだカイエン君には切り札があるじゃない! その腕輪を外すのよ!」


 嵐にかき消されぬように怒鳴り合う。

 リンカの助言は簡単だ。カイエンもシュウケイ同様、幻想霊である鬼霊を宿しているのだから、その力を解放すれば五分五分の勝負になると言っているのである。

 だが――


「駄目だ」


 カイエンは一瞬も迷うことなく首を横に振った。

 確かにカイエンに内に潜む鬼霊の力は強力だ。使いこなせればこの劣勢を跳ね返すことだってできるだろう。

 そう、使いこなせれば、だ。


「爺から聞いたことがあるんだ。同種の幻想霊同士には引力が働くから、自我の侵食が止められなくなるらしい。これ以上浸食が進むと、シュウケイから鬼を引き剥がせなくなっちまう」


 カイエンの返答にリンカは言葉に詰まる。

 同種の幻想霊同士が引き合うなどという話は聞いたこともないが、リンカが驚いている理由はそれではなかった。

 リンカが驚いたのは、カイエンがシュウケイを自我の侵食から救い出すつもりだったと知ったからである。


「引き剥がすなんて……そんなこと、可能なの!?」

「他の幻想霊ならどうだか分からないけど、鬼に関してなら打つ手はある。だけど、今のままだと間違いなく防がれて終わりになっちまう。せめて一撃入れられる隙さえあれば……」

「……隙を作ればいいのね?」

「リンカ?」


 雰囲気の変化を察しカイエンは訝しげな声を上げる。それには答えることなく、リンカはヘイを抱き上げると、その耳元に何事かを囁いた。

 ヘイが頷くと、リンカもつられるように笑みを零す。


「カイエン君、もう少しだけ粘って頂戴。その間に私達は準備を進めるから」

「準備って何だよ?」

「説明している時間が惜しいわ。私とヘイ君が隙を作るから、そこを逃さずに仕留めて頂戴」

「何を言っているのかさっぱり分からん。けど分かった」

「あら、あっさりしてるわね。少しは信用してくれたのかしら」

「東都の時も言ったけど、あんたを信用はしていないよ。でも、信頼はしてるつもりだぜ」


 そう言うとふらつく足元に活を入れ、これでとどめとばかりに畳みかけてくる鬼の猛威を引き受ける。

 先程は相手の懐に飛び込む隙を見つけるための、いわば攻撃のための防御だったが、今回は純粋に時間稼ぎが目的だ。


 機会は必ず来る。

 そう確信できていれば、先刻のように焦りから強引な反撃に出てしまうことはない。

 鬼も回避と防御に徹するカイエンを捉えきることは難しいらしく、何発かがかすめるものの決定打には至らず、じりじりと時間が過ぎていく。


 その間、リンカは墓地中の至るところを駆け巡っていた。

 しかし、その目的は皆目見当が付かない。傍から見れば、墓地を隅から隅まで踏破しているだけのように見えるからだ。

 それでも準備とやらはいつの間にか整っていたらしく、リンカは細工の具合を確認して満足げに頷くと、ヘイを抱き抱えたまま叫ぶ。


「やるわよ!」


 その瞬間、世界が闇に包まれた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 シュウケイに宿っている鬼霊は、突如視界が奪われたことに困惑していた。

 嵐で陽光こそ遮られていたが、いきなり真夜中のように真っ暗になるとは尋常ではない。

 いや、真夜中であっても僅かな星明りくらいならばあるものだが、鬼が現在囚われている空間はそれすら排した完全な闇であった。


 原因は分かっている。

 リンカと呼ばれていた女の霊紋持ちの仕業だろう。距離を取る様に下がってみてもまるで闇が途切れる気配がないことから、相当な広範囲がこの状態になっていると考えられる。


 これが先程言っていた隙だろうか?

 確かに何も見えない真っ暗闇ではあるが、それは向こうも同じ条件の筈。互いの位置すら分からない現状では、とうてい隙を作ったとは言えまい

 と、その時である。


「ううー、わうっ!!」


 リンカの抱えていたヘイとかいう仔犬――正確には霊獣の幼体――の吠える声が鼓膜に届く。

 これがシュウケイであれば、なぜ視界を潰したこの状況でわざと自分の位置を教えるような真似をするのか疑ったことだろう。

 だが、鬼はそんな疑問を抱くことより、ヘイと共にいたリンカを倒し、この暗闇をさっさと晴らすことを優先させた。


 鳴き声の聞こえた辺りに向かって突進すると、辺り一帯を薙ぎ払う。

 残念ながらすでに移動した後だったのか、棍は盛大に空を切る。

 だが、それでも構わない。。近くにいるのは間違いないのだ。後は適当に棍を振り回すか、あるいはもう一度、居場所の見当が付くような音を立ててくれれば――


「あおん!」


 図ったようなタイミングで再度の鳴き声が耳に届く。やはり、近い。目と鼻の先にいる。

 鬼はほくそ笑むと、声のした方に向かって棍を振り上げる。

 すべてが決着したのは、まさにその瞬間だった。


「九鬼顕獄拳、番外、祓鬼掌」


 キンッ


 静かな発声と共に、無防備な背中、その心臓の位置を目掛けて羽毛よりも軽い一撃が炸裂する。

 肉体的なダメージはほとんどない。しかし、完全に掌握していたはずの身体の制御がみるみるうちに失われていくのを、鬼は声にならぬ驚愕と共に知覚していた。

 一体、何が起こったというのか。


 シュウケイに宿っていた鬼はついぞ悟ることはなかった。

 リンカが墓地中に張り巡らせた影の糸によって、暗闇の中であっても鬼の居場所を正確に把握していたことを。


 リンカから位置情報を受け取ったヘイが、テレパシーによってそれを発信していたものの、適正のないシュウケイの体では受信することが出来ず、息を殺して背後を取ったカイエンに気付けなかったことを。


 カイエンが最後に放った技が、かつて自我の侵食によって暴走したカイエンの鬼霊を、彼の師匠である爺が沈静化せしめたものであることを。


 こうして即興による三位一体の攻撃により、シュウケイの体を支配していた鬼霊は、その制御を奪い返されることとなったのだった。

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