鬼vs鬼2
先日、初めて感想を頂きました。ありがてえありがてえ。
なお、第二章は本話含めてあと二話+エピローグとなります。
区切りが良いのでエピローグは9/16(月)投稿予定です。
いつになく厳しい視線を乱入してきたロウハへと注ぎながら、シュウケイは肩によじ登っていたヘイを地面へと下ろした。
その間もロウハへ警戒意識を向け続け、ヘイに向き直ることなく告げる。
「そなたはカイエンの元へ戻れ。おそらく、ここは戦場になろう。そなたを預かった身としては、怪我をさせるわけにはいかんのでな」
「くぅーん……」
「早く行くのだ」
躊躇する様子を見せるヘイであったが、重ねてまで言われてしまえば仕方なく背を向けて駆け出していく。
その小さな毛皮姿が見えなくなるまで見送っていると、それを待ち構えていたかのようにロウハが口を開いた。
「さてと、お別れは済んだかい」
「ほう、律儀に待っていてくれるとは、少しは人間ができたようだな」
「ちっ、その上から目線が気に食わなかったんだ。相変わらず過ぎて、これっぽちも嬉しくねえぜ」
足元の地面を蹴りつけながら、苛ついたように吐き捨てる。
その様子をじっと見つめながら、今度はシュウケイから尋ねた。
「念のため、確認させてもらうぞ。そなたは……ロウハで間違いないのだな?」
「あん? 今更そんな事を言ってるのか? 当たり前だろ。俺は十年前、てめえに殺されかけた元弟弟子で、今じゃサバク盗賊団の首領を張っている、ロウハその人に決まってるじゃねえか」
「……大事なことを忘れているぞ。それに加えて、親殺し、師殺しの大罪人だ」
「はっ、あんなクソ野郎の事なんざすっかり忘れてたぜ。何しろ、あれから殺した人数が多すぎて、いちいち数えていられなかったもんでなァ」
「……そこまで外道に堕ちたか」
それ以外の言葉が思い当たらず、シュウケイは奥歯を噛みしめた。
十年前のあの日、この男とはあらゆる縁を断ち切ったはずだ。今目の前にいるのは、人の道を外れた無法者。それ以上でも以下でもない。そのはずだ。
自らにそう言い聞かせている時点で完全に振り切ることができていないのは明白なのだが、そんな事にすら気付けない程、シュウケイの内心は動揺していた。
そんな心境だからこそ、こんな発言をしてしまったのかもしれない。
「提案がある」
「あん? 提案だと?」
この期に及んでまだ何かあるのかと、不審げな表情を隠そうともせずロウハが聞き返す。
シュウケイは小さく頷くと、いつの間にか口の中が渇いていたことに気付き、意識して唾を飲み下した。
「このまま何もせず山を立ち去ってもらいたい。カイエンから聞いたが、そなたは鬼の財宝とやらを探しているのだろう。ここにそのような物が無い事は、そなたも良く知っているはずだ」
それを聞き、ロウハが表出させた感情は怒りだった。
すぐに爆発して発散してしまうようなことはない。それどころか、火山の奥深くにマグマが溜まる様に、その怒りが徐々に蓄積されていることは誰の目にも明らかだ。
段々と膨れ上がっていく感情を抑えつけるように、沸々とした口調で言葉を紡ぐ。
「最初にこの話を聞いた時はよ、クソ野郎が隠していた財産が見つかったか、てめえはとっくに死んでいて、後からここに移り住んだ奴がお宝を持っているのかと思っていた。それなのに十年振りに里帰りしてみりゃ、山の様子は昔と全く変わっていなくて、てめえもピンピンしてやがった」
淡々と告げられるロウハの心境に、シュウケイはただ黙って耳を傾ける。
かつての弟弟子が何を言わんとしているのかは全く予想できなかったが、それでもこの言葉は最後まで聞くべきだと、理屈ではなく直感が告げているからだ。
「その時の俺の気持ちが分かるか? 分からねえだろうな……俺はな、嬉しかったんだよ」
そこでいったん独白を切り、残された左目でシュウケイを睨み付けるロウハ。その瞳の奥に燃え上がっているのは、隠しようも無い憎悪の炎。
「あの頃よりも、おれはずっとずっと強くなった。霊紋も第二階梯になって、手下も山ほど増えた。だがな、俺はずっと満たされなかった! 何故だと思う? 実に簡単な話さ。てめえにやられたこの傷が、いつまで経っても疼くのを止めないからだ!」
「!!」
右目跡を隠していた眼帯を毟りとり、投げ捨ててロウハが吠える。
何もない眼窩に何を幻視したのか、シュウケイは気圧されるように一歩後退っていた。
ロウハは感情のまま、湧き上がる言葉を次々とシュウケイへと浴びせ掛ける。
「だからてめえが生きていると分かった時は嬉しかった。生きてさえいれば、今度こそ俺が殺してやることが出来る。てめえに負けた屈辱も、てめえと家族ごっこをしていた記憶も、一切合切まとめて葬れると思ったからだ。なのに、てめえのその腑抜けっぷりは何の冗談だ。おとなしく立ち去れだと? 俺の知っているシュウケイという男なら、たとえ敵が何者だろうと、この山の平穏を侵した者は許さないはずだ。俺が復讐したいのは、弱音を吐くようなてめえじゃねえんだよ!!」
叩き付けられる感情剥き出しの慟哭に、シュウケイはいつの間にか圧倒されていた。
十年前、殺したと思って殺し損なっていた者の恨みとは、ここまで膨れ上がるものなのか。
絶句するシュウケイの様子に、ロウハは更に苛立ちを深めるが、ふと何かを思いついたように周囲を見渡した。
ここは墓地だ。あるのは無数の墓石だけで、他には何もない。
だが、その墓石こそが必要だったのだ。
「シュウケイ、てめえが俺と戦いたくないってんなら、どうしても戦いたくなるようにしてやるよ」
「そなた、何を言って……まさか、止めッ――」
シュウケイの制止は僅かに間に合わなかった。いや、仮に間に合っていたとしても、ロウハがその手を止めることは無かっただろう。
じゃらり
ロウハが軽く左手を持ち上げれば、その全身の霊紋が淡く輝き、ロウハの背後に鎖で形作られた人型の像が浮かび上がる。
第二階梯の霊紋持ちが能力を行使する際に出現する、霊像と呼ばれる現象だ。
霊像に呼応するかのように左手に巻き付けられていた鎖が勝手に解けると、ロウハの意志に従い、宙を切り裂き飛翔する。
五本にのぼる鎖の先端は傍らにあった人間大の墓石の表面にぶつかると、石の破片を撒き散らして突き立った。
並の鎖をぶつけた程度であればこうはなるまいが、霊紋に操られた鎖であれば、たかが石に穴を穿つなど造作も無い。
更に鎖は、獲物をいたぶるようにゆっくりと墓石を持ち上げていき――
バギンッ
鈍い音と共に墓石を内側から粉砕する。
破片がバラバラと降り注ぎ、墓石の残骸が用済みとばかりに放り捨てられる。残骸はゆっくりと宙を舞うと、墓地の片隅に落下し、更に細かく砕けて割れた。
「なっ、何という事を――!?」
「どうせてめえの事だ。自分で自分を墓守の役目に縛り付けて、それをまっとうして納得したつもりになってるんだろ。だったらてめえの目の前で、そいつをぶっ壊してやるよ!」
吠えるロウハの手が二度三度と翻る。その度に立ち並ぶ墓石は割れ、砕かれ、無残な姿へと形を変えた。
止めさせようとしたシュウケイだったが、手足が全く動かせないことにその時初めて気付く。
慌てて視線を落としてみれば、その手足にはロウハの右手から伸びた鎖が雁字搦めに巻きつき、その動きを封じていた。
「まさかこんなにあっさりと捕まえられるとは思ってなかったぜ。たかが墓石を壊されたくらいで、どれだけ動揺してるんだよ、てめえは」
まるで隙だらけだったと嘲笑するロウハ。
普段ならば忍び寄る鎖程度に気付かないはずはないのだが、自らを墓守と任じているシュウケイにとって、墓を荒らされるということは想像もしていなかった衝撃をもたらしていたのである。
「てめえをぶち殺して復讐するつもりだったんだが、こっちの方がよく効くかもしれねえな。とりあえず、俺の気が済むまでそこで大人しくしてやがれ」
絶望と憤怒がない交ぜになったシュウケイの表情を見て溜飲が下がったらしく、嗜虐の笑みを浮かべるロウハ。
その間にも、彼が操る鎖は次々と墓石を破壊していく。
無力感に囚われて項垂れるシュウケイであったが、暴れ回る鎖がある墓石に到達した時、思い出したように再び身をよじりだした。
「やめ……やめろっ、やめてくれっ! その墓だけは!」
「うん? こいつにだけ特にいい反応するじゃねえか。何か思い入れでもあるのか?」
ロウハは呟き自問する。その疑問も、墓石の表面に刻まれた名前を見てみれば一瞬で氷解した。
ロウハの記憶にもある名前が、そこには彫り込まれていたからである。
「ははあ、なるほどな。クソ野郎の墓はこれだったのか。だったら、尚更入念にやってやらないとなァ」
低い声で嗤い、左手を振り上げる。それに呼応するように鎖は墓石に巻きつくと、一瞬の抵抗の後、地面からずぼりと引き抜いた。
弄ぶように上空で二三回転させて角度を調節し、たっぷりと間を置いてシュウケイの網膜に焼き付かせた後、ロウハはおもむろに左手を振り下ろす。
持ち上げられた時とは逆の軌道を辿った墓石は、風切り音がするほどの速度で隣の墓石へと打ち付けられ、完膚なきまでバラバラの破片と化した。
「ひゃははは! 思っていた以上に面白いじゃねえか。癖になりそうだぜ、こいつは!」
ロウハが下卑た笑い声を張り上げる。
この時、彼はまだ、開けてはならない扉を蹴り開けてしまったことに気付いていなかった。
ぎぢり
崩壊を告げる鐘の音に代わり、鎖が軋む不吉な音が響いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ロウハは鎖の精霊を宿した第二階梯の霊紋持ちである。そのため、鎖を第二の手足のように自在に操り、触れた物を知覚することもできる。
ロウハ特有のその感覚が、異物の存在を強く訴えていた。
(なんだァ、こいつは?)
直前までの勢いはどこへ行ったのか。ロウハは鎖を通じた感覚とそれ以外との五感との差に困惑を隠せない。
困惑の源は右手の鎖が縛めているシュウケイだ。
見た限りでは、先程までと変わらず意気消沈して項垂れている。
しかし、鎖を通じた感覚、すなわち鎖の精霊の感じている気配を信じるのならば、そこにいるのは人間の枠からはみ出しかけている化け物だ。
第二階梯の霊紋持ちともなれば、精霊独自の感覚に戸惑うことこそあれ、それを疑うことはない。その感覚が伝えてくる圧倒的な暴威に恐怖を覚え、ロウハは即座にシュウケイを押し潰さんと試みた。
だが、もはや遅い。
すでにロウハは、地獄行きの片道切符に自ら鋏を入れていたのである。
ギャリンッ
鎖の擦れる不快な音とともに、シュウケイの四肢を縛めていた鎖が悉く振り払われる。
一瞬でそれを成したのは、意表をついたわけでも奇抜な技を使ったからでもない。ただただ単純な、地力の差である。
それを感じ取ってしまい、ロウハの表情が屈辱感に歪む。
その時だ。墓地に生えていた一本の立木に雷が落ちると、その木が瞬時に燃え上がった。
暴風雨の中にあって赤々と照り映える炎の明るさを背後に背負い、シュウケイはぎろりとロウハを見据える。
その瞳からは先程までのシュウケイを形作っていた一切が失われ、今はただ純粋な怒りのみに塗り潰されるように透き通っていた。
「ははっ、ははははっ、はははははははははっ!」
シュウケイの頭部に存在しない筈の二本の角を垣間見てしまい、ロウハの喉から乾いて引き攣った笑いが零れ落ちる。
霊紋持ちの本能によって理解する。あるいは理解させられてしまう。
これは鬼だ。これこそが鬼だ。鬼哭山の鬼とはやはり、シュウケイに他ならなかったのだ。
今ならばわかる。十年前の暴走は、この姿の片鱗でしかなかったのだと。
あの時は、鬼の意識は表層まではほとんど現れず、漏れ出した破壊衝動を発散させることで事態は治まった。
だが、今回は違う。
霊像が顕現している。それはつまり、シュウケイの中に潜む鬼の幻想霊が覚醒したことを意味していた。
たとえ怒りの元凶であるロウハを葬ったとしても、尽きぬ怒りはどこまでもシュウケイを押し流し、破壊の限りを尽くすだろう。
自我を侵食された霊紋持ちの末路がそこにはあった。
しかし、ロウハにとってはシュウケイの状態など二の次だった。
向かい合っただけで肌を焼かれていると錯覚しそうな憤怒の炎。その全てがロウハへと向けられていると確信できる。
シュウケイの全てが己に向けられていることを感じ取り、ロウハの胸中を過ったのは恐怖ではなく歓喜だった。
「そうだ、こいつを待ってたぜ。この状態のてめえを倒してこそ、俺の復讐は完成する!」
シュウケイが怒りに囚われているのならば、ロウハを捕らえて放さないのは憎悪と狂気だ。
己の内に煮え滾る熱に背中を押され、ロウハは両手の鎖を一本残らずシュウケイへと殺到させた。
全方位から殺到する無数の鎖。
鎖縛が見せ技とするなら、一撃必殺の殺し技がこの鎖獄だ。鎖の先端に込められた霊紋の力は意図的に制御を外れて猛り狂っており、たとえ霊紋持ちの肉体でさえ致命傷を与え得るだろう。
だというのに届かない。
ロウハですら目で追うのがやっとの速度で棍が振るわれるたび、接触した鎖が絡め取られ、ベクトルを乱され放逐される。
昔から捌きの技術には目を見張るものがあったが、鬼霊に押し流されていてもその技には一点の曇りもなく、それどころか更に研ぎ澄まされているようにすら感じさせられる。
「まだだ、まだだ、まだだ!!」
ロウハは己の神経が焼き切れそうなほどに加速しているのを実感する。
拡大していく全能感に従うように、ロウハの衣服の下から残してあった全ての鎖が顔を覗かせると、周囲に散らばっていた墓石の残骸を拾い上げ、シュウケイに向かって砕きながら投擲した。
周囲を鎖に囲まれているため逃げ場はない。
いかに防御の技が優れていようと、砕かれて百を超える破片を全て防ぎきることなど不可能だ。ましてや鎖の包囲陣による攻撃は、いまだに止むことなくシュウケイの防御網を突破せんと襲い掛かっているのである。
だが、現実は想像の遥か上を行く。
シュウケイは一瞬腰だめに構えたかと思うと、両手で構えた棍で思いっきり薙ぎ払ったのだ。
ゴウッ!
吹き荒れる嵐すら呑み込んで、シュウケイの棍が唸りを上げる。すると振り切る瞬間、棍が人間を隠せるほどに大きく太くなったかと思うと、飛来した瓦礫と周囲の鎖を全部まとめて吹き飛ばしてしまったではないか。
これこそが幻想霊の持つ能力。伝承を具現化する能力の発露に他ならない。
細い棍一本では到底防ぎきれなかったはずの攻撃を容易く吹き飛ばし、強引に道をこじ開けたシュウケイがロウハへ向かって突き進む。
全力を放った反動か、鎖の防御陣が組み上がるのが一瞬遅い。そしてその隙に、シュウケイは敵の真ん前へと到達していた。
突進の勢いすら乗せて、最後の一歩が踏み込まれる。
元のサイズへと戻った棍が大きく後ろに引かれたかと思うと、シュウケイの生み出した全てのベクトルを上乗せして、渾身の突きが繰り出された。。
その狙いはロウハの眉間だ。
まるで十年前の再現のようなその一撃に対し、ロウハはこの十年で身に着けた能力で対抗せんとする。
集められるだけかき集めた鎖が絡み合って球となると、シュウケイの放った突きを迎え討とうと真正面から激突したのである。
拮抗は一瞬。
勝者は十年前と同じく、シュウケイだった。
その圧倒的な威力は鎖による防御を鼻で笑うように貫通し、ロウハに残された左目から頭蓋内へと打ち込まれる。
ずぼり
一拍の静寂の後、シュウケイが棍を引き抜くと、顔の左半分を消し飛ばされたロウハの体が崩れ落ち、びくびくと痙攣した。
ぐしゃり、とその胴体を踏み潰し、シュウケイが嵐に向かって吠える。
それは勝利の雄叫びと呼ぶには、あまりにも苛烈で血生臭いものだった。
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