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錯綜する山中3

更新曜日の変更を検討しています。

現在、水土の週2日で更新しているのですが、土日で更新した方が間が空かないから読みやすいかなーと。

ご意見があれば活動報告の方でコメントください。

 隠れ里をぐるりと包み隠している蔦の壁を抜けたところで、思案気な顔付きをした者がいた。


「さて、どっから探したもんかね」


 どうにも締まらない表情で、頬を掻きながらボヤいているのはカイエンである。

 シュウケイが宿している精霊を教えてもらう条件として、はぐれた二人と合流するように仕向けられたカイエンであったが、いざ本腰を入れて捜索しようとしたところで、心当たりが全く無いことに気付いたのだ。


 これだけ広大な山中だ。闇雲に歩き回ったところで偶然出会える可能性が著しく低いことなど、いくらカイエンにだって想像がつく。

 自慢の犬並みの嗅覚は心強い武器ではあるのだが、隠れ里の周囲に繁茂している蔦植物には鼻を麻痺させる刺激物が含まれているらしく、匂いによる追跡は実質封じられていた。


 ちなみに、この蔦は犬による追跡から里の入り口を隠すため、意図的に植えられたものだ。

 ここまで徹底して隠しているとなると、何かしら人には言えない事情を疑うものなのだが、幸か不幸かカイエンはその手の発想とは無縁である。


 閑話休題。

 そんなわけで早くも万策尽きたカイエンであったが、はたと立ち止まると、八方塞がりなこの状況を打開すべく全速力で知恵を振り絞る。


 ぽくぽくぽく ちーん


 閃く。

 道に迷ったのならば、道を誤った地点まで戻ってみればいいのだ。分かれ道の選択を間違えていたのならば、今度は別の道を進んでみる。根気強くこれを繰り返していけば、いずれは目的地に着けるだろう。


 今回はカイエンが迷子になったわけではないが、リンカとヘイがまだあの吊り橋近辺におり、カイエンが戻って来るのを待っている可能性も否定できない。そうでなくとも、目印として明確なあの吊り橋を起点とするのは、なかなかに良いアイディアに思えた。


「現場百回って諺もあるしな。よっしゃ、そうと決まれば善は急げだ」


 足取りも軽やかに山中を突き進む。目的地は、昨日初めてシュウケイと出会ったあの川辺である。

 一度川まで出てしまえば、川沿いに遡って行くことで、いずれは吊り橋の架かっていたあの崖まで辿り着けるだろう。


 幸いなことに、そこそこな頻度でシュウケイがあの川辺を水場として使用しているらしく、森の中に彼が行き来した痕跡が残っている。

 動物が同じ通り道を繰り返し使用することで刻まれるのが獣道であり、ならばこれはシュウケイの残した獣道ともいえるだろう。


 素人ではこれが道だと気付くことすらできないだろうが、長いこと野生で生き抜いてきたカイエンにとって足跡を追跡することは必須の技能であり、その業前は熟練の狩人と比べても劣るものではない。


 鼻歌交じりでシュウケイの残した痕跡を探り当て、踏破していくことしばし、木立が途切れたかと思うと、目論見通りに川辺に辿り着く。

 降り注ぐ陽光をキラキラと反射する水面は、昨日と変わらず雄大に流れている。カイエンは己の両頬を景気良く叩くと、その視線を上流へと向けた。


「さて、後はこいつに沿って上流を目指すだけだ……ん、なんだありゃ?」


 思わず疑問が口をついて出る。

 素っ頓狂な声を漏らしたカイエンの視界は、カイエンの予定進路とは逆向きに、川沿いに下って来る不穏当な一団を捉えていた。


 その集団は全員合わせて十人弱といったところだろう。

 むくつけき男達で構成されており、狩人にしては人数が多すぎる。

 彼等も行く手に突如出現した少年の姿にはすぐに気付いたらしく、内輪で少しやり取りをしていたようだが、すぐに集団の中から一人の男が進み出てきた。


 身長は160セテルと少しといったところ。手足の先まですっぽりと覆い隠した衣服と革製の手袋を身に纏っており、外に露出しているのは首より上だけという徹底ぶりである。

 カイエンよりも二回り以上年上と見受けられ、撫でつけた頭髪にはところどころに白いものが混じっていた。


 彼は男達を引き連れたまま近寄って来ると、お互いの顔がはっきりと見える距離で立ち止まり、声を張り上げる。


「そこな方、お一人ですかな?」

「ああ。そっちは随分と大所帯みたいだな」


 カイエンは言葉を返しながら、その連中を観察する。

 全身を覆うような恰好をしているのは先頭にいる初老の男だけで、他の連中はいずれも手足をさらけ出している。

 全員が剣や鉈といった刃物で武装しているようだが、それだけならばさほど印象的ではない。何しろ、ここは成りかけの剣鹿が住処としていたような山の中なのだ。護身用の武装は、持っていない方が不自然とすらいえる。


 だが、先頭の男の武器だけはカイエンの目を引いた。

 彼が背負っていたのは巨大な弓と矢筒である。正面から見ると背中から頭二つ分は飛び出している長弓は、よく手入れされて磨き抜かれており、自然体でそれを背負う男の立ち姿と合わせて歴戦の戦士といった風格を漂わせる。


 カイエンが男達を観察したのと同様、相手もカイエンを観察していたらしく、弓の男は何やら納得した表情で小さく頷いた。


「ええ、少々探し物をしておりまして。これくらいの頭数はどうしても必要なのですよ」

「ふーん、そっか。まあ、こっちもリンカとヘイを探しているわけだから、似たようなもんだな」


 カイエンの漏らした独り言に、弓の男の瞳が細く絞られる。が、すぐに元に戻ると、柔和な声で尋ねてきた。


「ほほう、どなたかお探しですか。そのお二方はご家族の方ですかな?」

「うんにゃ、違うぜ。俺の旅にくっついてきているのがヘイで、ヘイにくっついてきているのがリンカだ。どっちも、まだ会ってから一カ月も経ってないかな」


 カイエンの回答が理解し難かったのか、強張った笑みを張り付けたまま首をかしげる弓の男。

 カイエンの返事を素直に受け取れば、探しているという二人はカイエンをつけ回すストーカーのようにも聞こえるのだから、なぜそんな相手を探しているのかと不思議にも思うことだろう。

 カイエンとしてはなるべく正確に答えたつもりなのだが、正確過ぎて逆に混乱を招きかねない典型であった。


 ともあれ、少しの間だけ考え込んでいたようだが、それ以上無駄な思考を費やすのを放棄するという賢明な判断を下すと、相変わらずの笑顔を浮かべたまま、カイエンの顔を覗き込んできた。


「そういえばまだ名乗っておりませんでしたな。ワタクシ、シンコツと申します。あなたはのお名前を伺ってもよろしいですかな?」

「おお、そう言われれば挨拶がまだだったな。俺はカイエン、九鬼顕獄拳のカイエンだ。拳法家をしてるぜ」


 胸を張って名乗ると、シンコツは虫の羽音ほど声量で呟いた。


「……やはり……だが、この程度なら……」

「ん? 何か言ったか?」

「いえ、何も。それではカイエン殿、ワタクシ達は先を急ぎます故、これで失礼致します。無事に捜し人が見つかることを祈らせていただきますよ」


 そう言うと頭を下げ、足早にカイエンの傍らを通り過ぎる。

 シンコツと彼が引き連れた男達が全員すれ違ったことを確認すると、カイエンは改めて上流を目指して歩を進め――


「わうっ!!」


 突如響いたその鳴き声を耳にした瞬間、身を投げ出すようにして地面に転がっていた。

 刹那、衝撃波すら伴う程の威力で放たれた矢がカイエンの頭があった場所を通過したかと思うと、川岸に転がっていた岩に突き刺さり、たったの一発で粉々に粉砕してのける。

 もしもカイエンが回避していなければ、今頃はカイエンの頭がスイカ割りのスイカのごとき惨状になっていたに違いない。


 間一髪で生き延びたカイエンの元に、たった今彼の危険を報せて窮地を救った命の恩人、いや恩獣というべき毛玉が駆け寄ってきた。


 もちろんヘイである。

 革製のケースを紐で体に結わえ付けられたヘイが、黒い獣毛を靡かせてカイエンの隣へと転がる様に走り込んでくる。


「サンキュー、ヘイ。助かった」

「わんっ!」


 一日以上離れ離れになっていた身である。互いに言いたいこともあろうが、今はそれよりも優先すべきことがある。

 ヘイの頭を一撫ですることで、無言ながらも感謝の意志を伝えると、カイエンは立ち上がって背後を振り返った。

 そこには予想通りというべきか、矢を放った体勢のまま憎々し気にこちらを睨んでくるシンコツと、武器を抜いてカイエンへと向けた男達の姿がある。


「シンコツさんよ。別れの挨拶にしちゃ、ちょっとばかり過激に過ぎるんじゃないのか?」

「ちっ、運の良いガキですね」


 シンコツが吐き捨てる。先程までの腰の低さは鳴りを潜め、凶暴な眼光がカイエンに注がれていた。


「そっちの事情がまるで分からないけど、殺しにかかってきたからには敵認定させてもらうからな。恨むなら自分を恨んでくれよ」

「逆ですよ。チョウコツに手を出した時点では、あなたはとっくに我々の敵なのです。今更何を言っているのやら」


 ふと出てきた聞き覚えのあるような無いような名前に、カイエンは眉をひそめた。

 首をかしげ、うんうんと唸り、知恵熱で湯気が出るほど脳を酷使した末、カイエンは一つの結論を導き出した。


「駄目だ、思い出せない。どこかで聞いた気がするんだけどな、そのチョウコツって名前」

「馬鹿にしているんですか!? つい一昨日に戦ったばかりの霊紋持ちを忘れるわけがないでしょう!」

「一昨日……ああっ! 暴れ闘鶏みたいなイカした髪形のあいつか! そっか、そういやチョウコツとか名乗ってたっけか」


 カイエンとしては髪形こそが最も印象深かったため、名前およびその他はすっぽりと記憶から抜け落ちていたらしい。

 シンコツに指摘され、ぱちんと手を打ち合わせて思い出せたことを喜ぶ。


「そういや、なんとか盗賊団のなんとかだとか自慢してたな。何だっけ?」

「全然憶えていないくせに思い出したふりをしないでください! サバク盗賊団の三本刀ですよ」

「それだ。そのナントカだ。ってことは、あんたも三本の内の一本なのか?」


 無自覚に神経を逆撫でするカイエンの問いに、シンコツは一度大きく息を吐く。これ以上頭に血が上ると、確実に憤死する自信があるため、わざと押し殺したような声音で自分自身の怒りを腹の底へと抑え込む。


「その通り。ワタクシはサバク盗賊団三本刀の一人、潜弓のシンコツです。本当は手を出すなと言われているのですが、ここまでコケにされてしまっては、一矢報いない事には気が済みませんね」

「あはは、うまいこと言う奴だなー。弓使いが一矢報いるだなんて」


 手を叩いて喜ぶカイエンのふざけた言動に、シンコツの額にとうとう青筋が生えた。


「総員、一斉に掛かりなさい!」


 その号令を待っていましたとばかりに、荒々しい雄叫びを上げて男達――サバク盗賊団の盗賊達が向かって来る。

 対するカイエンは、頭の片隅に矢への警戒を置いたまま、四方から同時に飛び掛かって来る盗賊達を迎え討った。


 霊紋の輝きが空中に光の軌跡を刻む。

 兵士百人に匹敵するとも言われる霊紋持ちの身体能力を持ってすれば、盗賊十人が周りを囲んだ程度では脅威にもならない。

 常人には目で捉えることも不可能な速度で拳打が振るわれれば、襲い掛かって来た盗賊達は全員が正確に急所を打ち抜かれ、悶絶する暇すら与えられずに気絶する羽目になっていた。


「さて、これで残ってるのは……って、あっ、こら!」


 ぱんぱんとわざとらしく手を叩きながら、カイエンがシンコツの方へと目をやれば、長弓を携えたシンコツが森の中へと姿を消すところだった。

 逃がしてなるものかと、慌ててカイエンもその後を追う。

 付いてこようとしたヘイにその場で待つように言い置くと、カイエンは一路、森の奥へとその身を躍らせていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「くそっ、どっちに行きやがったんだ」


 勢いよく飛び込んでみたはいいものの、森の中では視界が悪く、逃げたシンコツを捕捉するのも一筋縄とはいかない。

 目を凝らしてみるものの、人影はどこにも見当たらず、カイエンはたたらを踏んでいた。


 しかし、いつまでもここに立ち止まっていては逃げられてしまう。

 勘任せでも構わないから追いかけようかと一歩踏み出し、その瞬間、カイエンは迫りくる何かを察知した。


 ひゅっ、だんっ!


 ギリギリで身を捻ったすぐ脇を、一本の矢が垂直に貫いていく。

 カイエンの脳天目掛けて、直上から矢が降ってきたのである。

 慌てて頭上を振り仰ぐが、そこにはシンコツの姿は無い。


「ほほう、躱しましたか。さすがにチョウコツを倒しただけはあるようですね」


 姿は見せぬまま、シンコツの声が響く。普通ならば声が聞こえてきた方角から居所を割り出せるのだが、その声は反響したように全方位から聞こえており、居所を察知することができない。


「逃げたんじゃなかったのか?」

「言ったでしょう。一矢報いないと気が済まないと。あなたは逃げたワタクシを追いかけたのではなく、ワタクシによってこの場に誘い込まれたのですよ! あなたを狩るためのフィールドにね!」

「狩る、だと?」


 シンコツの言い草が不可解だったのか、カイエンが声を裏返らせる。

 その様子をどこかから見ているのか、シンコツは楽しそうに告げた。


「その通り。一度でもワタクシを見失った以上、あなたがワタクシの元に辿り着くことは絶対に不可能。翻って、ワタクシはあなたの動きが手に取る様に分かるのです。そしてワタクシの放つ矢は、一方的にあなたを襲う。これを狩りと呼ばずして何と呼ぶと?」

「ふん、だったらおまえが放った矢の軌道を追っていってやりゃ――うおっ」


 反論しかけたカイエンが再度慌てて身を翻す。先程よりも更に至近距離を、先程同様に真上から降った矢が貫いたのだ。


「くそっ、話している途中でこっそり攻撃するとか、随分小狡い手を使うじゃないか」

「ふっ、ワタクシはこれでも盗賊なもので、卑怯卑劣などという批判には、お褒め頂きありがとうございますと返させていただきますよ。もっとも、今の攻撃は会話中に放った矢ではありませんがね」

「どういうことだ……いや、そうか。曲射ってやつだな」


 かつて師である爺から教わった知識を思い出し、カイエンは一人納得する。

 曲射とは弓の射法の一つで、直接相手を狙うのではなく、一度頭上高くまで矢を打ち出すことで放物線上の軌道で敵を攻撃する技術だ。


 物陰などの遮蔽物に隠れてしまい、直接狙うことの難しい目標を攻撃するための技術なのだが、副次的効果として矢を放ってから目標に到達するまでに若干のタイムラグが発生する。

 おそらく、矢を放った後で話し掛けてカイエンの気を惹き、降ってくる矢に気付かせないようにする作戦だったのだろう。


「ほう、見抜きましたか。確かにワタクシは曲射が得意でしてね。全力で放てば、一分間の時間差をつけることも可能です」


 それだけの時間があれば、矢を放ってからすぐ移動することで、矢の軌道から居場所を割り出すことも難しい。

 見通しの悪い森の中では、弓矢は決して扱いやすい武器とはいえないが、曲射という技術により、シンコツは姿を見せぬまま一方的な攻撃を可能としてみせたのである。

 改めて思い返せば、素肌をほとんど見せないあの服装も、霊紋の発光によって居場所がばれるのを避ける工夫なのだろう。


(いや、待てよ)


 三度降ってきた矢を回避しつつ、カイエンはふと疑問を抱く。

 曲射の特徴を活用すれば、確かにこちらの目の届かぬ場所から一方的に攻撃を仕掛けることは出来る。だが、それだけではカイエンの居場所を正確に狙える理由にはならない。

 最低でも、カイエンから見えない位置に陣取りながら、カイエンの居場所を正確に察知する必要があるはずだ。


 見えない場所から見えない相手を見つける方法。

 言葉にすると不可能のようにも感じられるが、カイエンにはその方法に心当たりがあった。


「音か!」

「ほう、ご名答です。まさかこんなに早く正解に辿り着くとは思いませんでしたよ。どうやら見た目よりは頭が回るのか、あるいは勘が良いのですかね?」


 反響して四方から伝わって来るシンコツの声に、微量ながらも驚愕の色が混ざる。

 視覚だけに頼っている人間ならば、ノーヒントでこの答えに辿り着くのはなかなか難儀なのだろう。しかし、普段から人間離れした五感をフルに活用しているカイエンにとっては、いくつかある選択肢の一つとして十分に想定内であった。


 よくよく思い返してみれば、カイエン自身とて曲射の一射目と二射目を躱せたのは、梢の葉と矢が擦れる音を敏感に察知していたからに他ならない。

 そして、手の内さえ分かれば付け入る隙も見つかるというものだ。

 音でこちらの位置を捉えているというのならば、音をキャッチしている耳を責めるのが最も手っ取り早い。


 カイエンは大きく息を吸いこむと、張り裂ける寸前にまで胸を膨らませ、背筋を伸ばして真上を見上げた。

 わずかに溜めた後、溜め込んだ息を空に向けて一気に放出する。


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』


 全身を揺らして放たれた絶叫が、衝撃波すら伴って周囲へ広がっていった。

 虫や小鳥があまりの声量に失神し、ばたばたと地面に墜落する。


 これぞ九鬼顕獄拳、叫鬼の型。

 かつて空飛ぶ巨大蝙蝠を叩き落すために編み出したこの型は、単にデカイ声を撒き散らすだけではなく、発声時に織り込んだ特別な振動でもって小刻みな波のように相手の鼓膜へ働きかけ、結果的に聴覚を麻痺させることすら可能としていた。


 そしてシンコツは、会話の声だけで障害物の向こうにいる相手の位置すら手に取るように察知できるほど、飛びぬけて優れた聴覚を有している。

 その優れた聴覚にとって、叫鬼の型による雄叫びは、文字通り致命的なダメージをもたらしていた。カイエンの目論見通り、シンコツの耳は完全に痺れて使い物にならなくなっていたのである。


 そして彼にとって、聴覚を封じられるということは、一般人が視覚を奪われる以上の混乱をもたらすものだった。


「ぐっ……な、んだ、これは……」


 いや、何をされたかは分かっている。

 普段ならば他人の心臓の音すら捉えるはずの自分の耳が、カイエンの繰り出した絶叫によって何も聴き取れなくなってしまっていた。

 音に満ちていたはずの世界から不意に全ての音が消失する。これまで拠って立っていたものが一瞬で崩れ去って行く感触に、シンコツの胸中に浮かび上がった恐怖という名の感情が一気に膨れ上がり、たまらず隠れていた枝の上から飛び出してしまう。


 その瞬間、シンコツの頭にあったのはここから逃げ出さなければという思考のみだ。

 そして、戦いの最中にあって戦いを忘れた相手を見逃すほど、カイエンは甘くはない。


 ガンッ


 逃げ出そうと背を向けたシンコツの首筋を目掛け、霊紋の力がたっぷりと乗った手刀が振り下ろされる。

 完全に無防備な体勢で手刀を食らい、シンコツは瞬時に意識を刈り取られて大地へ突っ伏した。


「どうやら、狩るのは俺の方だったみたいだな」


 自慢げに言い放つカイエンであったが、生憎と返事をする者は誰一人としていなかった。

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