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鬼哭山の洗礼3

 対峙するカイエンと男達。その睨み合いが実力行使に発展したのは、男達の方から射掛けられた一本の矢が発端だった。


 ひゅんっ

 ぱしっ


 乾いた音とともに暗闇から飛来した一矢を、カイエンはこともなげに掴み取る。

 夜行性の獣並に夜目の利くカイエンにとっては、霊紋持ちでもない人間が放った矢など、月光の反射で浮かび上がった鏃の軌跡だけでその軌道を先読みすることは容易い。


 翻って男達にとっては、不意打ちのつもりで射掛けた矢を、まさか避けるでも弾くでもなく掴み取られるとは、目の前で起きた事とはいえ信じがたい光景であった。

 だが、眼前の光景が錯覚の類でないことだけは疑いの余地が無い。


「くそっ、びびるんじゃねえ! どうせまぐれだ。蜂の巣にしてやれ!」


 カイエンから発せられる武の気配に呑まれていた男達だったが、誰かが意地で張り上げたその一声で正気に返る。

 まったくもって根拠のない口から出まかせだったが、士気を保つという一点においては十分な効果を発揮した。

 男達のうち弓を携えた五人が、狂ったように矢を放ち始めたのである。


 吊り橋上に立ちはだかるたった一人に対し、無数の矢が雨霰と降り注ぐ。

 あまりに過剰と思われる仮借ない攻撃だったが、生憎とその程度ではカイエンの防御を崩すことは出来なかった。


 ひょい、ぱし ひょい、ぱし、ひょひょい、ぱし


 カイエンは一歩たりとも動いてはいない。狙いの逸れた矢には一切反応することなく、直撃コースを辿っているもののみに的確に反応してみせる。

 あるものはわずかに顔を傾け、あるものは先程の再現のように無造作にキャッチする。

 その様子はまるで、あらかじめそこに攻撃が来ることを知っている約束稽古のようですらあった。


 男達から放たれる矢の雨は、最初こそ怒涛の如き勢いだったが、徐々に密度を下げ、やがて完全に途絶えてしまう。

 手持ちの矢を全て使い切った者もいるようだが、顔色一つ変えずに軽々と対処してしまうカイエンの姿に圧倒され、本能的に恐れをなしたというのが正直なところだろう。


「ん? もしかしてもう終わりか? 随分と呆気ないな」


 掴み取った矢をばらばらと崖下の急流に投げ捨てながら、カイエンは一切気負うことなくのほほんとのたまう。

 ともすれば挑発とも受け取れられかねない台詞であったが、弓矢による飽和攻撃すら鼻歌交じりで対処してみせた腕前からすれば、カイエンと男達のあまりに隔絶した実力差に起因したごくごく素直な感想であることは明白だった。


「あれだけの矢をあっさりと……この小僧、もしや霊紋持ちか!?」

「ああ、そうだぞ」


 悲鳴のような男達の詰問に、カイエンは何の駆け引きをすることもなく頷く。そればかりか、男達に向かって拳を突き出すと、霊紋を活性化させて淡く発光させてみせた。

 疑いようのない証拠を突きつけられ、男達の間に無言の動揺が走るのを、吊り橋を渡りきった先で見守っていたリンカは目敏く感じ取る。


 始まる前は少しだけ不安を抱きもしたが、そんな心配など容易く吹き飛ばしてしまう程、カイエンの武術は男達を圧倒していた。

 これならば、あと一押ししてやれば意外とあっさり退くかもしれない。

 そんなリンカの目算は、突如響いた野太い声によってあっさりと打ち砕かれることとなった。


「おいおいおいおい。天下のサバク盗賊団の一員ともあろう者が、霊紋持ちを相手にした程度でビビってんじゃねえよ」

「チョウコツさん!」


 男達の気配が騒めきに彩られる。にわかに活気づく男達の中から姿を現したのは、一目見たら二度と忘れられない衝撃をもたらすであろう人物であった。

 自身の身長を軽く超す大槍。着崩された褐色の短衣。剥き出しの手足で脈動する、カイエンと同じく仄かに光を放つ霊紋。

 それはつまり、この槍使いも霊紋持ちであることを意味している。


 だが、それらが霞むほどの特徴が、槍使いの頭頂部に聳え立っていた。

 鶏のトサカもかくやというほどに逆立てられた頭髪である。

 顔面の縦幅を二倍近くに拡張せんとするモヒカン。そのモヒカンが周囲を睥睨するかのように屹立する様は、ギャグを通り越していっそ清々しささえ感じさせる。


 比類なきモヒカンを目の当たりにして、リンカは吹き出しそうになるのを必死でこらえ、ヘイは信じられないと言わんばかりに獣毛を逆立たせ――カイエンは目を輝かせて食いついていた。


「すげー、すげー! 超かっこいいな、それ!」

「おっ、このハイセンスさを理解できるとは、なかなか見る目があるじゃねえか、小僧」


 褒められて気を良くしたのか、チョウコツと呼ばれた槍使いは鼻の穴を膨らませながら胸を張る。

 その呼びかけに、カイエンは興奮した面持ちでぶんぶんと頷いた。


「ああ、暴れ闘鶏みたいで滅茶苦茶イカスじゃん」

「がっはっは、気に入ったぞ小僧。おまえ、名前は何というんだ?」

「俺はカイエンだ。そういうあんたは?」

「ふっ、聞いて驚け。サバク盗賊団の三本刀が一人、迅雷槍のチョウコツとは俺様のことよ!」


 なぜかいきなり意気投合するカイエンとチョウコツ。

 片手で長槍を軽々と振り回し、チョウコツは大見得を切る。サバク盗賊団の誇る霊紋持ちの一人でありながら、お調子者のチョウコツと呼ばれていることを彼自身は知らない。


 芝居がかったチョウコツの名乗りに拍手しながら聞き惚れていたカイエンだったが、無事に口上が終わったとみると、唇を尖らせて文句をつけた。


「そのサバク盗賊団? ってのが、どうして俺達を追い回すんだ?」

「何言ってやがる。普通の盗賊は、旅人を追い回すものだろうが」

「おお、そう言われればそうだ」


 これまでの旅路では、盗賊を追い回すことはあっても盗賊に追われたことは無かったため、当たり前の事実をすっかり失念していたらしい。チョウコツの指摘にカイエンはぽんと手を打つ。

 素直な反応を見せるカイエンの様子に、チョウコツはがははと笑うと付け加えた。


「まあ、今夜に限っては少しばかり、別の事情もあるがな」

「なんだよ、別の事情ってのは?」


 こういう時、物怖じしないカイエンの性格は勇敢と言えば勇敢だが、うっかり地雷を踏む可能性を考えると無謀と評することもできる。

 幸い、今回は勇敢の範囲に収まったらしく、チョウコツは腕組みをすると難しい表情で吐き捨てた。


「身内の恥をさらすようで気は進まないんだが、俺様の髪形の素晴らしさを理解した小僧に免じて教えてやろう。実は手下どもがこの山で襲われてな、おめおめと逃げ帰って来やがったのよ」

「ふんふん、それでそれで?」

「こちとら盗賊稼業やってんだ。舐められっぱなしじゃ沽券に関わるってもんよ。だもんで、お礼参りをするために手下どもが襲われたっていう野営場所まで行ってみたら、どういうわけか小僧達が居たってわけだ」


 その言葉の意味するところは、カイエン達が襲われた理由は、ただのとばっちりだったということだ。

 まあ、盗賊であるからには獲物と見れば襲うのが本分であるため、遅かれ早かれ衝突することにはなっていただろうが。


「ふーん、そっちも色々と大変だったんだな」


 完全に他人事モードに移行し、おざなりな相槌を打つ。盗賊の事情にはこれっぽちも興味が湧かない様子である。


「そういや、こっちも大変だったんだぜ。山を登っていたら成りかけの剣鹿に喧嘩を売られたんだ。そのせいで道に迷っちゃってな」

「剣鹿だぁ?」


 対抗意識からか、カイエンが胸を張りながら苦労話を披露すると、チョウコツはぎろりとカイエンを睨み付けた。どうやら聞き流せない情報があったらしい。


「いい事を教えてやろう、小僧。俺様達が探しているのは、見上げるほどにデカイ剣鹿だ。そいつが手下どもを散々追いかけ回してくれたらしい」

「おおっ、それじゃああんた達の狙いはあの剣鹿だったのか。そっか、だからあいつの寝床にいた俺達を囲んできたってわけだな」


 話が繋がり、カイエンは嬉しそうにうんうんと頷く。一方、チョウコツは瞳に剣呑な光を灯しながら、まじまじと探るような視線をカイエンに向けた。

 唇をひと舐めし、暴力的な気配を乗せて尋ねる。


「一つ教えろ。その剣鹿はどうなった?」


 カイエン、答えて曰く。


「倒した。角を折ってやったから、しばらくデカイ顔はできないだろ。多分、この山からも逃げ出したんじゃないかな」


 その返答を聞くと、チョウコツは残念そうに頭を振る。次いで槍の穂先を持ち上げると、カイエンに向けて真っ直ぐに突きつけた。


「そうか……それなら仕方ないな……小僧、おまえにゃ気の毒だが、あの鹿の代わりにここで俺様に殺されてもらう」

「なんだそりゃ? さっぱり意味が分からん」


 首をかしげてみせるカイエンに対し、チョウコツはつまらなそうに吐き捨てる。


「ふん、面子の話だよ。やられっ放しじゃ同業者連中に舐められる。かと言って、狙うべき剣鹿がこの山にいないんじゃ話にならねえ。俺達からすりゃ、勝ち逃げされたようなもんだ」

「えーと、ご愁傷さまって言うんだっけか、そういう時は?」

「ところが、あの剣鹿をおまえが倒したってんなら話が別だ。剣鹿を倒したおまえを俺達が倒す。ちいと遠回りだが、これならぎりぎりで言い訳が立つってもんよ」


 あまりに一方的な暴論に、カイエンは呆れた様子で目を瞬かせる。どういう理屈でそうなったのか、まるで理解できなかったのだ。

 だが、カイエンは愚痴一つ零すことなく、足を肩幅に開き、両手を胸元の位置で緩やかに握り込むと、先程までとは別人のような鋭い眼光でチョウコツを見据えた。


「何を言ってるんだか分からなかったけど、別にいいや。どうせ盗賊は全員ぶっ飛ばすつもりだったんだ。理由を知ろうと知るまいと、俺のやるべきことには変わりないからな」

「はっ、ガキが吠えるねえ。成りかけを倒したっていうその腕前、拝ませてもらおうじゃないか」


 頭上で振り回した槍をぴたりと脇に抱え込み、チョウコツはモヒカンを揺らして凄む。

 二人の霊紋持ちから放射される圧力が中間地点でぶつかり合い、目には見えない火花があちこちで撒き散らされる。

 一触即発の気配に押されるように、吊り橋の袂を塞いでいた男達が道を開け、そのど真ん中をチョウコツは無造作に歩を進めた。


 吊り橋の中程、槍の間合いまであと一歩といったところでチョウコツは足を止め、両者は互いを観察してその隙を伺う。


 ジリッと半歩だけ、チョウコツが間合いを詰める。カイエンはピクリとも動かない。

 更に半歩、チョウコツが前進し、遂にカイエンを槍の間合いに捉える。しかし、今度もカイエンは動かない。


 かに思われたが、その予想は呆気なく裏切られた。

 ほんの少しタイミングを遅らせることで注意の間隙を生み出し、そこへ滑り込むようにしてカイエンが前に出たのである。


 無論、虚を突かれかけた程度で懐に入らせるほど、チョウコツとて甘くはない。

 踏み込んできたカイエンの顔面に向け、一直線に槍を突き出す。

 しかし、カイエンは体捌きだけで迫る穂先の軌道から外れると、がら空きの胴体目掛けて更に一歩踏み込み――


「うおっ!?」


 奇声を上げて背後へ跳び退っていた。

 辛うじて回避……いや、ギリギリで避けそこね、頬を浅く切り裂いていったのは、つい今しがた空を切った筈のチョウコツの槍であった。

 突いていたはずの槍をあの一瞬で即座に引き戻し、カイエンを迎撃してのけたのだ。まさしく迅雷の名に恥じぬ、超高速の槍捌きといえる。


「くそっ、最初の一撃は囮か。あれで油断させて誘い込んだな?」

「正解だぜ。小僧こそ、俺様の詰めの一手をしのぐとはやるじゃねえか」


 折角踏み込んだ間合いを元に戻され、カイエンは歯噛みする。

 使われた手段は分かっている。手を抜いた一撃目をわざと回避させ、油断をさせたところで本命の突きを繰り出す。言葉にすれば簡単だが、これがなかなかどうして難しい。

 わざとであっても相手に隙を晒すのだ。己の腕によほどの自身がなくては選べない戦術であった。


 チョウコツとしても仕留めるつもりの決め技を回避され、内心で警戒レベルを引き上げる。

 成りかけの剣鹿を倒したというのも、どうやら嘘ではないらしい。


 痛み分けとも評価できる最初の応酬を経て、次に仕掛けたのはカイエンであった。真っ直ぐ最短距離に踏み込み、チョウコツへと接近する

 潔く映るかもしれないが、単に左右に逃げ場の無い吊り橋の上では、そうするしか手が無かったともいえる。足場も不安定なため、足運びを活かした攪乱ができないのだ。


 そんなカイエンの前進は、目の前に出現した壁によって阻まれる。

 壁の正体は槍の穂先だ。突きと引きが高速で繰り返され、まるで壁のようにカイエンの行く手を塞いでいるのである。

 迂闊に飛び込むこともできず、カイエンは壁に接触する寸前で停止する。

 しかし、その壁は壁にして壁にあらず。その本質は剣呑な武器であることを、カイエンはつい見落としてしまっていた。


「甘いぞ、小僧!」


 チョウコツが楽しそうに吠える。

 更に槍の回転速度が上がったかと思うと同時、チョウコツが一歩踏み出す。それに伴い、壁も一歩分前に出ると、その暴風圏にカイエンを取り込んでいた。


 目まぐるしく迫ってくる槍の群れを、カイエンは動体視力を全開にして迎え撃つ。

 しかし、致命的な攻撃こそなんとか防ぐものの、全ての突きを受けきることは到底できず、手足に刻まれた無数の切り傷から鮮血が舞い上がる。


 不利を悟って何とか槍の間合いから脱出した時、カイエンの全身は己の血で斑模様になっていた。


「良い格好になったじゃねえか。安心しろ、次で楽にしてやるぜ」


 とんとんと槍で肩を叩き、勝利を確信した口調でチョウコツが告げる。

 それに対するカイエンの答えは、反論でも命乞いでもなく、構えを変えることだった。

 両脚をしっかと踏みしばり、腕は顔の前に構え、腰を落として重心を低くする。

 回避の一切を捨てたその構えは、引き換えに重厚な安定感を印象付ける。


「九鬼顕獄拳、堅鬼の型。次で終わりになるのはそっちの方だぜ、チョウコツ」

「押されっ放しのこの状況で、それだけ大口叩けるとはたいしたもんだ。だがな、そういうのは相手を見てやるもんだぜ!」


 三度チョウコツの槍がカイエンを襲う。

 今度は最初から最高速の迅雷槍だ。避ける素振りすら見せぬカイエンに向けて、神速の槍が放たれる。


 ぎんっ!


 そして当然のように弾かれていた。

 弾いたのは無論、カイエンだ。ガードした両腕に接触した瞬間、まるで肉ではなく金属を叩いたような感触と共に、チョウコツの繰り出した槍が吹き飛ばされたのである。


「なんだとっ!?」


 チョウコツは己の目を疑った。

 これまでに槍の雨を避けきろうとした者はいた、受け流そうとした者もいた。しかし、そういった者達は全て、圧倒的な槍捌きの速度に抗しきることができず、チョウコツの槍の餌食となったものだ。

 しかし、このカイエンと名乗る小僧はそのいずれの道を選ばず、全ての攻撃を防ごうというのである。


 堅鬼の型、その理屈は至極単純だ。

 通常であれば身体強化に用いられる霊紋の力を、一滴たりとも余すことなく肉体の強化へと振り向ける。その結果、霊紋の力を注がれた部位の強度は飛躍的に増し、鋼の切っ先すら通さぬ無敵の鎧へと変貌するのである。


 そしてこの型で真に肝要なのは、相手の攻撃に対して一歩も引かない胆力だった。一発でも攻撃を受け止め損なえば即座に死につながりかねない道を選ぶ意志の力。目の前の少年から否応なく理解させられる剛胆さに、チョウコツの戦意に罅が走る。


 その罅を更に押し広げるべく、カイエンはゆっくりと前に出た。その間も無数の突きにさらされるが、それらは皮一枚食い込むのが精一杯で、肉まで届くことなく空しく弾き返されるのみ。


「ありえねえっ、俺様の攻撃を全て受け止めるなんざ……!」

「あんたの槍は確かに速い。でも、その分軽いんだ。俺の知っている使い手は、たった一発で地面に大穴を開けてみせたぞ」


 とうとうカイエンが槍衾を抜ける。苦し紛れに突き出された突きを高々と弾き飛ばすと、カイエンは体が密着しそうな距離から、肩を接点として衝撃を送り込んだ。

 寸勁とも呼ばれる、零距離から繰り出される技の応用である

 ほんの僅かな接触のようにしか見えないが、撃ち込まれる破壊力は全力の拳撃に勝るとも劣らない。


 どんっ!


 人が人を吹き飛ばしたとは思えない鈍く重い音と共に、チョウコツの体が軽々と宙を舞う。

 たったの一撃で吊り橋の外まで吹き飛ばされ、チョウコツは体内を暴れ回る激痛に声も出せずに悶絶した。


「勝負ありだな。感触からして、折れた骨は二三本じゃ済んでない筈だ。もしかしたら内臓にも刺さってるかもしれないぞ」


 吊り橋の上に仁王立ちし、上から言い放つカイエン。チョウコツはモヒカンを持ち上げると、血走った目でその姿を睨み付けた。


「うるせえ……がふっ、こちとら天下のサバク盗賊団様だ……負けと言われて、はいそうですかと頷けるほど……ごぼっ……お行儀よくねえんだよ」

「じゃあどうするんだ? その有様じゃ、とてもじゃないけど俺に勝つなんて無理だと思うぞ」


 歯に衣着せぬ物言いで言い切るカイエン。チョウコツは口から血を零しながらも、最後の意地で立ち上がった。


「それはな……こうするんだよ!」


 ぶちっ!


 迅雷とはとても呼べない速度ではあるが、それでも月光を引き裂いて振るわれた槍は、吊り橋を支える二本の縄をほぼ同時に断ち切っていた。


「わわわっ、卑怯だぞ!」

「ばーか、盗賊に卑怯もくそもあるか」


 抗議の声を上げながら崖下へと落ちていくカイエン。駄目押しとばかりに槍を投擲し、カイエンが咄嗟に握りかけた縄を対岸側からも切り落としておく。

 掴まる物がなければ、いかに霊紋持ちといえども、重力から逃れることはかなわない。

 対岸に渡っていた連れらしき人影が何かを叫ぶ中、カイエンの姿が急流の波飛沫にさらわれて見えなくなる。

 それを見届けた直後、チョウコツは意識を手放したのだった。

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