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燃えよカイエン1

2時間後くらいに(幕間)投下予定です。

 中庭に降り立ったカイエンを待っていたのは、一足早く無事に着地していたハリヤ王子だった。

 奇襲の飛び蹴りを受け止めた腕を振って痺れを取りながら、憎しみとも好奇心とも取れる眼差しを向けてくる。


「誰かと思えば、確かカイエン……だったか。余の邪魔をするということは、貴様もレジスタンスの一員ということで良いのだな?」

「レジスタンス? なんだそりゃ? 俺はその、なんとかってのとは無関係だよ。単に預け物を取り返しに来たってだけだ」

「ほう、面妖な話だな。余には、貴様から何かを預かり受けた記憶など――」

「預けてあっただろ、勝負をよ」


 とぼけようとする王子の言葉を半ばで遮り、カイエンは無造作に一歩踏み込む。

 十秒が一時間にも感じられる沈黙の後、白旗を上げたのはハリヤ王子だった。


「ふむ、どうやらこれ以上はぐらかすのは不可能、か。まずは見事と褒めておこう。よくぞ余まで辿り着いた。殺人鬼の正体が余であると看破したのは、貴様が初めてであるぞ」


 手放しで称賛する王子だったが、当のカイエンは吃驚して目を見開き、口をあんぐりと開けた。


「え、そうなの? お前があの時の異形だったってのかよ!?」


 明らかに話が噛み合っていない。ハリヤ王子は顔をしかめ、唸るような声音で詰問する。


「何を言っているのだ。余の正体を看破したからこそ、わざわざ身を隠して潜入し、機を見計らって横槍を入れたのだろうが」

「うんにゃ。俺は言われた通りにすれば、もう一度あの異形と戦えるって教えてもらったから、その通りにしただけだ」

「なに!?」


 予想だにしなかった返答に、ハリヤ王子が初めて動揺の色を見せる。そのタイミングを待ち構えていたかのように、新たな影がカイエンの隣にゆるりと立ち上がった。


「初めまして、ハリヤダット・カルマ王子様。お目に掛かれて光栄とでも言っておきましょうか?」


 影はその場に収束すると、中から慇懃無礼なお辞儀をしているリンカを吐き出した。星明りに照らされた銀髪が闇に映え、足元には漆黒の毛並みを逆立てたヘイが、警戒心剥き出しで佇んでいる。


 ハリヤ王子は眉をひそめると、胡散臭いものを見る目付きでリンカを観察した。

 実際、胡散臭さでは並ぶ者など数少ないだろうリンカにとって、その手の視線は実に慣れたものらしく、わざと相手の怒りを誘うためか、取って付けたようなすまし顔まできめてみせる。


「何者だ、貴様」

「旅の連れのリンカだ。勘が良くて腹黒い奴なんだぜ。あと、見りゃ分かると思うけど性格もひねくれてる」

「カイエン君、私が格好良くてミステリアスな自己紹介をしようとしたところで、身を蓋も無い上に失礼極まりない説明を入れるのはやめて頂戴」

「ありゃ、なんかまずかったか。悪い悪い、謝るから改めてその格好良い自己紹介ってのをやってくれよ」

「できるわけないでしょっ! こういうのは、その場の空気とか話運びとは、色々と手順が必要なのよ!」

「わふぅ……」


 きょとんとするカイエン、額を揉みながら沈痛そうな溜息を吐くリンカ、そして諦め顔で首を振るヘイ。三者三様の仕草に、どうにも緊張感が長続きしないこと甚だしい。


「まったく、これだから野生児は機微が分からないって言われるのよ。王子様もそう思うでしょ?」

「余から言わせれば、貴様等まとめて理解不能枠以外の何物でもないわ」


 至極当然の指摘であったが、リンカは愕然として足元をふらつかせた。


「そんな! まさかカイエン君とひとくくりにされるなんて……末代までの恥だわ!」

「お、言っている意味はよく分からんが、なんか馬鹿にされた事だけは伝わったぞ」

「あら、少しは世間慣れしたのかしら。まあいいわ、カイエン君のせいで話が逸れちゃったけど、確か殺人鬼の正体についてだったわよね」


 ピッと人差し指を立て、リンカは軌道修正を試みた。カイエンが隣で「俺のせいだったのか?」などと呟いているが、爪の先程も取り合うことなく黙殺する。


「まず、これまで衛士達が懸命に捜索しても犯人が見つからなかったのは、殺人鬼の容姿が判然としていなかったというのが一番大きい理由よ。わざわざ人目の少ない時間と場所を選んで犯行に及んでいたのだから、誰にも目撃されないというのは、犯行計画に入念に織り込まれていたと見るのが妥当。つまり、見た目から正体まで辿られる可能性があると、犯人は強く危惧していた。違うかしら?」

「興味深い仮説だ。続けよ」


 ハリヤ王子は尊大な態度で続きを促す。リンカは小さく首肯すると、ちらりとカイエンに視線をやった。


「ところが、一週間前にその前提が崩れてしまった。カイエン君が殺人鬼と交戦して生き延びたのは、向こうにとってもイレギュラーだったでしょうしね」


 事態をかき回す能力にかけては、カイエンのそれはまさに天下一品。他に並ぶ者無しというのが、これまでカイエンに関わってきた人々とリンカに共通している見解だ。

 今回もその才能が余すところなく発揮された結果、犯人の容姿についての情報がリンカまで到達することとなる。

 だが、その容姿こそが曲者だった。


「山羊の角に蝙蝠の翼、硫黄の匂いを撒き散らして火を吹くとなれば、誰の目から見ても人間の範疇を外れていることは明白よ。普通なら霊獣の仕業と断定しているでしょうね」


 でも、とリンカは一呼吸の継ぎ目を挟み込んだ。

 すっかり興味を失ったらしいカイエンが、背後でヘイとじゃれていたりするが、意志の力で無視を決め込む。


「霊獣がやったと判断するには、動機も手口も不自然に過ぎたわ。バラバラに解体したくせに一口も食べた痕跡が無いとか、わざわざ人目に付きにくい時間と場所を狙うとか……まあ要するに、どうにも人間臭過ぎたのよ、この連続殺人は」


 明らかに作為を感じざるをえない。そしてもう一つの下地があってようやく、リンカは隠されていた答えを見出すことができた。


「職業柄、カイエン君から聞いた異形の姿形に心当たりがあったのよね。実物を見たわけではなく、遠く西方から伝えられた伝承という形ではあるけれど。伝承に曰く、彼の者は人間に堕落を囁き、苦痛や絶望を撒き散らすことを至上の喜びとする」


 古の人はそれを悪魔と呼びあらわした。

 そして最も大事な事実として、悪魔と呼ばれる霊獣などこの世に存在しない。悪魔とは所詮、人間が語り継いだ物語の中だけの存在に過ぎないのである。

 そのはずだったのだが、大前提を覆すことのできる可能性について、リンカには一つだけ心当たりがあった。


「幻想霊持ちの第二階梯。いえ、幻想霊に自我を侵食された霊紋持ちと言うべきかしら。これなら私が感じていた違和感を、すべて余すことなく説明できるわ」


 一口に霊紋持ちと言っても、実のところピンキリだ。いや、たとえ最底辺であったとしても、到底常人のかなうところではないのだが、それでも霊紋持ち同士の差は厳然として存在する。


 霊紋の力を身体強化にしか使用できない第一階梯。そして宿した精霊固有の能力を行使できる第二階梯。霊紋持ちは、概ねこの二つに区分できる。

 更に第二階梯に至った霊紋持ちは、宿している精霊の種類によって大きく三つに分類されていた。


 水や影といった現象そのものを操る能力を持つ元素霊持ち。

 槌や鎖といった特定の道具を強化し、物理法則すらもねじ曲げる付喪霊持ち。

 最後に、鬼や悪魔といった、神話伝承にのみ語られるはずの存在を体現する幻想霊持ち。


 いずれも人知を超えたと表現して余りある超人だが、特に幻想霊持ちだけは畏れ、遠ざけられることが多い。その理由は、自我の侵食と呼ばれる現象にあった。


 伝承上の存在をその身に宿すということは、己以外の魂と肉体を共有しているという意味に他ならない。

 必然、異なる魂同士が肉体の主導権を巡って対立することとなり、多くの場合において、幻想霊の側が肉体本来の持ち主である霊紋持ちの人格を飲み込んでしまうのだ。

 これを自我の侵食と呼び、侵食されきった霊紋持ちは、幻想霊が根源的に持つ衝動のままに行動するようになる。


 果たして、リンカの推測通り、ハリヤ王子もまた幻想霊を宿した第二階梯の霊紋持ちであった。

 特徴的だったのは、宿している精霊の求めるものが単純な破壊ではなく、むしろ多くの人間をじわじわと締め付け、苦しみを長引かせる類の責めを是としていたことだ。

 これに関しては、宿している精霊の正体が悪魔と分かった以上、納得せざるを得ない話であった。なにしろ、人間を苦しめ貶めることこそが、伝承で語り継がれている悪魔の役割に他ならないのだから。


「目星がつけば、後は伝手を使って、この街にいる霊紋持ち全員のアリバイを洗い直してみるだけで十分だったわ。王子様だけアリバイが無いなんて、犯人だと告白しているようなものよ。普通ならば真っ先に疑われるところでしょうけど、衛士達もまさか王子様が犯人だなんて想像もしていないでしょうから、結果的に気付かれることはなかったというわけね。ああ、そうだったわ。昨日の夜、あなたが悪魔に変身したところはばっちり見届けさせてもらったから、言い逃れようとしても無駄よ」


 先んじて逃げ道を塞いでおく。

 こうしてリンカによってすべてを詳らかにされたハリヤ王子――いや、その皮をかぶった悪魔は、事ここに至り、とうとう人目も憚らず哄笑をあげ始めた。


「くはははっ、なかなか良いぞリンカとやら。そのような博打紛いのやり方で我が正体を探り当てるとは、うむ、なかなかどうして興味深い」

「お褒めに与り恐悦至極、と言ってあげたいところだけれど、本心から出ていないお世辞を喜々として受け取るような趣味は、生憎と持ち合わせていないの」


 肩をすくめて悪魔の言葉を切って捨てる。

 駆け引きの類ではなく、本当に不機嫌そうに鼻を鳴らし、唇をツンと突き出してみせる。


「あなた、はっきり言って正体がばれてもいいと思っていたでしょ。事件の手口にしろ、痕跡の消し方にしろ、気を使っている風を装っておきながら、実のところ杜撰にもほどがあるわ。こんなやり方を続けていたら、遅かれ早かれ正体なんて露見していたはずよ。それが分からないほど考え無しなわけじゃない。でも、だからといって改めようとするわけでもない。その意味では、そもそも殺人事件を起こす意味だって薄いでしょうに」


 どうしても解せないとでも言いたげに、リンカは頬を膨らませた。異形の正体に目星がついた後も、なぜこんな事件を引き起こしたのかという動機だけは、さすがのリンカにもついぞ見当が付かなかったのである。

 そして、その疑問に答えてみせたのは、疑問をぶつけられたはずの悪魔ではなかった。


「そんなもん、あいつがあいつだからに決まってるだろ」


 そう言い切ってみせたのはカイエンだ。さっきまでヘイと戯れていたはずなのだが、今は小さく欠伸をしながら、リンカの隣に並び立っている。


「あいつがあいつだから? どういう意味かしら?」

「意味も何も、言った通りだよ。あいつはもう元のハリヤじゃなくて、三年以上前から悪魔と入れ替わってたんだろ。枷が無くなった精霊は、その精霊本来の地が出てくるもんだって爺が言ってたぜ」


 絶妙に分かりづらい言い回しだったが、意図するところはどうにか汲み取れる。

 要するに、精霊としての性質に引きずられていると言いたいのだろう。

 どんなに巧妙に振る舞ってみせても、精霊が人間になることはなく、精霊は精霊のままでしかない。そして人間が食事や睡眠を我慢できないのと同様に、精霊もその性質に沿った行動を、望むと望まざるとに関わらずしでかしてしまうのだ。


 人間の視点から見れば、矛盾していて理解に苦しむことだろうが、それこそが精霊の精霊たる所以であれば否も応もない。

 翻って考えてみれば、悪魔という人間の苦痛こそを生き甲斐とする精霊が、永遠にそれを我慢することなどできようはずがないのだ。むしろ三年もの間、よくぞ衝動を誤魔化し続けたと感心するべきなのだろう。

 無論、リンカは間違っても感心などはしなかったが。


 ともあれ、眼前の相手同様に厄介な精霊を宿すカイエンだからこそ、その境遇は理解できたに違いない。

 だが、理解できることと共感できることは、全く異なる次元の話であった。


「リンカ、こいつを預かっておいてくれ」


 するりと両腕から白黒の腕輪を抜き取り、後ろ手に投げて寄越す。

 リンカが腕輪を受け取って下がったのを気配で確認すると、カイエンは半身に構え、右拳は腰に引き付け、左拳は背中に隠し、やや腰を落とした体勢で、爛々と輝く瞳を標的へと向けた。


「別にお前がどこの誰だったとしても、精霊に乗っ取られていようといまいと、そんなことはどうでもいい。俺はただ、一週間前の借りを返すだけだ。構えろよ、ハリヤ。でないと、一撃で片が付いちまうぜ」

「はっ、あの時は手も足も出なかった貴様が、たかが一週間で何が変わるものか。返り討ちにして、その後でゆっくりとシャヒルを殺し、計画を遂行してくれる!」


 傲慢を絵に描いたような口調で悪魔が吠える。

 次の瞬間、同時に踏み込んだ二人の霊紋持ちの拳が激突し、王宮の中庭を破壊的な衝撃波が駆け巡ったのだった。

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