ファイルⅠ 研究室
「教授会は、週の中間である水曜日と決まっているはずでしょう。それを、祝日だから火曜日に繰り上げてしまっては、一週間の対称美が崩れてしまうではありませんか」
ここは、両サイドに本棚が並び、ドアの近くに応接セットが、窓の手前には事務机があるという、ごくごく一般的な間取りの大学の研究室。
その中に、前髪をポマードでセンター分けにし、美術科の准教授でありながら白衣を着ている一人の研究者がいる。
姓は六本木、名は一二三。ゼミ生から、陰でギロッポンだのひふみんだのとあだ名されている、学内一の偏屈オジサンである。
「だいたい、あなたたち事務方は、いつだって、……もしもし?」
ツーツーという電子音が返ってくる受話器を置くと、六本木は回転椅子をクルリと点対称に動かし、そのまま立ち上がる。そして、窓を開け、そこから山肌に沿って広がるキャンパスを眺めた。
六本木研究室は、美術科棟の最上階にある。それも、一番エレベーターから遠い部屋なので、運悪く不人気ゼミに当たってしまった学生たちも含め、めったに来客が無い。また、研究室の前を、他の研究室に用がある誰かが通り掛かることも無いので、常に森閑としている。
「まぁ、良い。ひとまず、演習室へ移動するとしよう」
六本木は、机の右側を歩き、途中でソファーの真ん中に置いてある手荷物を持ち、ドア横のスイッチで電気を消し、引き戸を開ける。その門扉には「シンメトリー万歳、くたばれバロック」と書かれた紙が、上下左右対称の位置に貼られている。
なぜなら、六本木教授の専門分野は、対称性の美だからである。