遊戯
「キシリタン帝国騎士団アーネス村警護隊隊長・カナ・ファルツ。只今帰還奉りました」
「戻ったか」
「教官。えぇ、遅くなってしまって申し訳ありませんでした」
出迎えたのはアルベルトと名乗っていた男だった。
「いや、それは構わん。だが、リュース」
「え?」
「ヴァリアス皇帝陛下が、一目御会いしたいそうだ。玉座へは私が案内する。カナはもう休め」
「承知致しました。それでは、お先に失礼仕ります」
「さて、では行くか」
「あ、あぁ…」
アルベルトに言われてやむなくリュースは玉座の間へ赴くことになってしまった。そして、そこで目にしたのは、見たこともない煌びやかな塗装と、黄金の輝きを放つ玉座。そして、そこに堂々とした様子で頬杖をついて座っている一人の少年がいた。
「あの方が、キシリタン帝国の第25代皇帝陛下で在らせられるヴァリアス陛下だ」
「そなたがリュースと名乗る者か?アルベルト」
「はい。左様にございます」
「よし。じゃ、ご苦労だったな、アルベルト。もう下がっていいぞ」
「しかし、陛下」
「私はその男と二人で語らいたいのだ。お前がいるとリュースとやらも気が固まってしまって話せぬであろう。良いから今日は下がれ」
「……畏まりました。では、失礼仕ります」
アルベルトはどこか不服な様子だったが、大人しく引き下がった。
(しかし、意外と皇帝陛下って普通に話す人なんだな……)
正直、もっと形式ばったような言葉や態度で来られるのかと思って身構えていたが、そうでもないらしい。それよりか、先程のアルベルトやカナの方が余程形式張っている。
「そなたがリュースか。此度の事はアルベルトから報告を受けている。災難だったな……」
「い、いえ……その、め…滅相も……ご、ございま、せぬ……?」
「っはは!!やめろやめろ。お前もアルベルトの毒に侵されたのか?そんな慣れない言葉を使おうとする必要などない。普通に話せ」
リュースのあまりのぎこちない語りに、思わず笑いを堪えられなかったらしい。ゲラゲラと笑って玉座を立つと、リュースの方へゆっくりと近づいてきた。
(…?体が、動かない…?)
どうやらヴァリアスの威圧にリュースの体が膠着してしまったらしい。彼は気さくなようでいてかなり威厳を備えている。15歳ぐらいの見た目で、自分より若いはずなのに、視線を向けられただけで妙な違和感に襲われる。これが皇帝と呼ばれる存在なのだろうか。
「何か不自由があるのならば言えよ。私も、あの村の住人達には大層世話になったのだ」
「え?どうして、陛下がアーネス村を…?」
「そんなもの決まっているだろう。私も何度かあの村に視察に行ったことがあるのだよ」
そう言ってヴァリアスはちょっと待て、とだけ言い残してそそくさと自室へと戻っていく。そして暫く経って後、また戻ってくるとそこに居たのは……。
「えっ!?ま、まさか……!?」
「ふっふっふ…、驚くのも致し方あるまい」
「な、何で陛下が…。俺より年下なんじゃ……?」
「むむ?今、聞き捨てならん言葉が聞こえたが…。お前は何歳だ?」
「え?俺ですか…?えっと、18ですけど…」
その言葉を聞いた瞬間、ヴァリアスの表情が一変した。
「なっ…!?貴様、私をいくつだと思っているのだ!?」
「ちょっ、ちょっと…!?」
突然ヴァリアスに両肩を押さえ込まれ、そのまま前後にものすごい勢いで揺さぶられた。
「お、落ち着いてくださいって!間違ってたならすみません!!」
「……で、お前には何歳に見えていたのだ?」
スッと収まったと思えば、返答に寄ってはと言わんばかりに睨みを効かせてくる。最早逃れる事など出来ない。これは正直に言うしかない。そう思い、意を決して言葉を紡いだ。
「えっと……15歳ぐらいかと、思いました……」
そう言って相手の反応を待たずにぐっと目を閉じて歯を食いしばった。しかし、その後に起きたことといえば、殺されるかと思ったら豪快な笑い声だけだった。
「あっはっは!!最高だ、今のは最高に面白い!!」
「え、えっと…これは、一体……?」
「っはは……あ〜、腹が痛い。久しぶりにこれ程笑ったぞ。やはり見かけ通り、お前は面白いやつだな。試したのだ。お前の出方を」
試す?何のことかまるでリュースには分からなかった。
「今の質問に正直と出るか偽りと出るか。私はお前を試したのだ。偽りを言うような奴なら、金輪祭関わることを辞めようと思っていたが、お前は、私にも思うところをしっかり伝えてくれた」
そして、言い終わると、またいつでも遊びに来い。とだけ言い残して彼は自室に戻っていった。
(これは…良かったのか……?)
よく分からないままその場に取り残されたが、あの後アルベルトが来てくれたため彼に従って一室を借りてベッドに横になった。
(しかし、色々なことが急に動き始めたな……)
平穏な生活だったはずなのに。こんな簡単に平穏は断ち切られるのか。しかし、あの男が自分に言った言葉…。光の天使とか、何とか…。そのことも気になっていたのだ。
(天使って、ユリアおばさんが話してくれた伝承に出てくる世界の救世主…だったよな……?)
世界が均衡を失い、理が乱れた時、時の大精霊様が世界を窮地から救い出すために光と闇の天使を送り出し、その器の力を使って世界の均衡を戻す。なんて言う話だった気がする。ジョンなんかはよく喜々として天使の自慢話をしていたような気がする。
「まさか、その天使とか言うのが……俺、なわけないよな……?」
「そのまさかだとしたら……?」
「っ!?」
突然横から飛ぶ声に思わずビクッと体が跳ね上がった。
「すまん、驚かせたか?リュース」
「な、何だよ…あんたか……。急に入ってくるなよ……」
「一応ノックはしたのだがな。返事がなかったから入ったのだ」
「あ、あぁ…。それは、ごめんなさい」
「いや、いい。しかし、例の男に言われたのか?光の天使だと…」
「あ、あぁ…そうだけど……」
「そうか…」
そして二人の間に沈黙が流れた。そして、アルベルトがふと口を開いた。
「その光の天使が、本当にお前だとしたら、信じるか?」
「え?」
「どうなのだ?信じないならそれでいいが…」
「それじゃ、まるで俺が本当に天使みたいな言い方じゃないか……」
「…………」
また、沈黙。アルベルトの言わんとしていることは何となく分かっていた。きっと本当にそうだと言いたいのだろう。しかし、何故そんなことが分かるのか。リュースは他愛ない疑問を投げてみる。
「なぁ、何で、分かるんだ?俺が光の天使だって……」
「……居るからだ」
「はっ?」
「光の大精霊・レム。彼女が、お前の肉体に宿っているのが見えるからだ」
「光の、大精霊……?それが、俺の体の中に…?」
光の大精霊・レム。それは、光の天使の肉体に宿る精霊の一種であるが、覚醒しなければ自覚を得られないのだ。まだリュースは力を覚醒しておらず、彼女の存在に気づいていないのだという。
「人を守るすべを見つけろ。そして、己が光の天使であると思い、自覚しろ。そうすれば、彼女は姿を現してくれるだろう」
「……なぁ、アルベルトさん」
「何だ?」
「一つ、俺のお願いを聞いてくれないか?」
そしてリュースは、ある決意を固めた。その強い光を帯びた瞳は、アルベルトを射抜くように見つめていた…………。