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弔意


「あんたは…?」


「私はカナ・ファルツよ。帝国騎士団員として、アーネス村の警護に当たっていたの」

「何で、守ってくれなかった…。助けてくれなかった!?皆…皆死んでたんだぞ!?あんたらがもっと早く来てくれてたら、助かる命だって、あったかも……しれないのに……」


所詮騎士団など名ばかりだ。肝心な時に何もしてくれない。これもまた他力本願で良くないかもしれないことは分かっているが、平民の身ではあんな化物のような奴と正面から戦う方が無理だ。その為の騎士団のはずなのに。リュースの脳内を駆け巡るのは、今や怒りと後悔だけだったのかもしれない。


「あなたが望むなら。私はどんな罰でも受ける」


静かな空間に紡がれるその言葉は、まるで綺麗事だ。カナと名乗るその女騎士は、カツカツ、と足音を鳴らしながらゆっくりとリュースに近づいた。そして、何かを差し出す。


「これを。もしあなたが、私を殺したい程憎いと思うなら使って」


「これは…」


それは、小さな鞘に収まった小刀だった。鞘の形はあまりに不格好で、まるで騎士が持っているとは思えないような代物だった。


「あなたに渡しておくわ。あなたたちを襲った黒の布を羽織った男を倒したときに落としていったの」


「っ!?その男は!?」


「私が斬った。だが、恐らく生きている。そのまま霧と共に消えたからな」


どうも、リュースが呪詛に掛けられて瀕死で気を失って間もなく、ここにいるアルベルトとカナが騎士団を引き連れて到着したらしい。そこでその黒の男と遭遇し、アルベルトが斬ったのだという。


「………」


リュースはその小刀を見つめて、暫く沈黙していた。


(これが…ユリアおばさんと、ジョン、サイファー、ロッドを…そして、村の皆を……)


憎しみが込み上げる。初めての経験だからか、体が小刻みに震え、息が詰まる思いがした。そして、無性に笑みが込み上げた。まるで己の異常さを嘲笑うかのように、抑えることの出来ない笑みが溢れてくるのだ。


「村に…戻りたい……」


リュースは無意識にそう言っていた。ボソッとした声だったが、見ていた二人はその言葉を聞き逃さなかった。


「分かったわ。行きましょう、リュース」


カナはそう言ってリュースの手を取った。


「……良いのか?」

「言ったでしょう。あなたが望むなら、何でもするって。あなたが村に戻りたいと思うなら、私が連れて行くわ。弔いたいのでしょう?」


カナの言葉にリュースは小さく“ありがとう”と伝え、その手に引かれるようにベッドから立ち上がった。その瞬間、一瞬激しい目眩に襲われ、体勢を崩してしまう。


「大丈夫か?」

「あ、あぁ…。大丈夫…」


ふとアルベルトが彼の体を支えた。


「行ける?もう少し安静にしておいた方が…」

「大丈夫。今すぐ行きたいんだ」


リュースの強い思いが込められた一言に、最早カナも何も言わなかった。彼女は小さく笑って彼を外へ連れ出した。


「………リュース、か……」


見送るアルベルトは、二人の背を追いながら自分の中で確かめるように、小さく彼の名を呼んだ。



「あなた、ユリアさんとは知り合いだったの?」

アーネス村に向かう途中、カナはリュースにふと問いかけた。


「あぁ。あの人は、行き場もなく倒れて瀕死状態だった俺を拾って育ててくれた恩人なんだ」

「そうなの…。私も、あの人には色々とお世話になっていたの。村の事も、色々教えてくれた」

「……そう」

「あなたのことや、ジョン、サイファー、ロッドっていう子供たちの事もよく話してくれたわ」

「……………」


カナが語るうち、リュースは段々と口数が少なくなっていく。


「何か考え事?」

「もし…」

「え?」


「もし、俺がユリアおばさんと会っていなかったら……この村に来なかったら……。あの時、瀕死のまま死んでいたら……。皆、死なずに済んだのかな…。生きて、大人になって、結婚して楽しい家庭を作って……幸せな人生を送れていたのかな……」

「……………」


涙が止まらない。自分は何て脆弱なのか。剣は振るえて狩りは出来ても、大切な者を守る事は出来ない。これでは何のために剣を使うのか。リュースは、誰かを守るための剣を使えるようになりたい。初めてそう思った。今回の事件が、彼の心を大きく揺さぶったのは他ならぬ事実だったのだ。


「あなたの言いたいことは分かるわ。でも、逆にあなたが居なかったら、ユリアさんはあんなに楽しそうな表情を見せることもなかったと思う。私はあなたのお友達の事は話に聞いていただけだからよく知らないけど、そんな言葉を聞いても、悲しませるだけだと思うわ」


厳しい一言ではあるが、確かにそうかもしれない。考えても仕方がないことなのだ。だが、後悔の念はそう簡単に拭えない。目の前で見てしまった大切な仲間の、恩人の死というものは…。


「そろそろアーネス村に着くわ」


カナの言葉にリュースの全身に急激な緊張感がピリピリと迸る。そして、ついにアーネス村に到着した。変わり果てた故郷の姿。外観は何も変わらないのに、人の賑やかさが微塵もない。それも当然だ。リュース以外の村人は、皆殺された。その死体もそのまま残っている。言葉で言い表せぬ程無残なものだった。


断末魔を上げたまま息絶えたように口を大っぴらにしている者、苦痛に歪む表情で死んでいった者、身を寄せ合ったまま死んでいる男女の死体…。


「………皆…ごめん。俺のせいで、この村が襲われて……皆を犠牲にしちまった……。でも、約束するから。必ず、村の仇は取るって。だから、俺が行くまで、もう少しだけ……時間をくれ…」


死体の山の前で彼は静かに誓うように語りかけていた。カナは何も言わずにその様子を見守っている。


「カナ、さん…」

「カナでいいわよ」


「あ、あぁ…。じゃあ…カナ。皆の墓を作りたい。ちゃんと眠らせてあげたいんだ。だから、その……手伝ってくれないか……?」


「……勿論、手伝うわ。私もこの村の人たちには本当にお世話になったから」


「ありがとう」


二人は村人一人一人の墓を、丁寧に作り上げていった。穴を掘って埋め立てるだけの簡易なものにはなってしまったが、それでもかなりの時間を要してしまった。


「これで村にある遺体は全て終わったわね」


(やっぱり、ロッドの死体がない…)


「あと二人の死体があるんだ。行こう」

「え?えぇ…」


リュースはそそくさと村のすぐ近くにある森林地帯に足を踏み入れ、迷うこともなく早足で目的地へ向かう。カナもその後ろを小走りでついてきていた。


(あった……)


そして辿り着いたのは、サイファーの死体が残された場所。あの時、置き去りにしてしまった肉体に、もう魂は当然宿っていない。殻になった肉体をリュースはゆっくり担ぎ上げた。


(待たせてごめんな、サイファー。ちゃんと、皆と同じところで眠らせてやるから。あの場所で……)


ジョンとサイファーの死体だけは、他の村人と違う場所に墓を立てた。それは、孤児院の裏山にある、あの秘密基地。そこが、彼らの集いの場所であり、心の帰る場所。何よりも特別で、思い出の詰まったその場所は、木枯らしの風に靡く音だけだ聞こえる静かな場所だった。安らかな眠りにはもってこいの場所だ。


「あとは、ロッドだけか…」


彼の死体だけは、何処にあるのかリュースにも分からない。もしかしたら、生きている可能性もあるかもしれない。しかし、その幻想はすぐに砕かれた。


「…………」


あの後、もう一度あの森林地帯をもう一度隈無くカナと二人で探してみた。すると、奥地にある泉に浮かぶロッドの無残な死体を見つけてしまった。



「ロッド……良かったよ、見つかって………。ごめんな、寂しかっただろ?辛かっただろ?痛かっただろ…?ごめんな……俺のせいで、本当に、ごめん……」


気弱だったが、誰よりも優しかった。きっと彼も、リュースを探し回っていたのだろう。しかし、結局見つけることが出来ないままあの男に追いつかれて殺されたのだ。リュースはロッドの体もゆっくりと担ぎ上げてあの秘密基地に連れ帰った。


「ジョン、サイファー、ロッド…。俺、お前たちのおかげで、今こうして生きてるよ。ありがとな。ちゃんと、礼も言えなくてすまなかった……。でも、絶対に仇は取るから。あの男を、俺は絶対に倒してみせるから…。もう少し、向こうで待っててくれ。全てが終わったら、俺もここに戻って、全てにけじめをつけるから。その証に、これを預けとく。お前らを殺した男の小刀。……じゃ、あとは頼んだぜ……」


リュースはそう言って手を合わせ、暫く何かを祈るようにじっと目を閉じて動かなかった。


「………よし、帰るか……」


「もういいの?」

「あぁ、カナも、ありがとう。手伝ってくれて」


リュースの言葉に、彼女は小さく首を横に振った。


「言ったでしょう。あなたの望みを叶えるのが今の私の役目だから」

「あんた、さっき見た時は冷たそうな奴だって思ったけど、訂正する。いい人だな」


「仕事柄、あまり感情を表現するのは得意ではないの。あなたに不快な思いをさせていたのなら謝るわ。ごめんなさい」


「別に謝ることでもないだろ?まぁ、有り難く受け取っとくけど」


そう言ってリュースは小さく微笑んだ。それに釣られるように、カナも微笑んでいたように見えた。


「さ、戻りましょ、まだあなたの体も万全ではないから、今暫くは帝国で身を預かるわ」


慣れない場所で過ごすのは、まぁあれだが。もう村に戻っても辛いことしかない。他に行く宛もないのでリュースは大人しく従うことにした。


(しかし、何だ?さっきから体が、何か無性に怠いんだよな…)


しかし、大した怠さでもない。我慢出来る範囲のことでもあったため、それは他の人間にも伝えることなくそのまま放置していた。

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