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崩壊ー序ー


「さて、今日はハシヅメドリを大量に持って帰らねえと…」


いつも以上に気合が入る。リュース自身も、今になって昼食の中身が気に入らなかったのだと実感せざるを得なかった。


「さすがにあんなに野菜料理を食わされる日が来るとは思ってなかったもんな…」


ブツブツと独り言をボヤきながら近くの森林地帯に足を踏み入れる。ハシヅメドリは暑さに弱いため、夏のこの時期は木陰で隠れて生活していることが多いのだ。


警戒心も強いため、感づかれてはすぐに逃げられてしまう。その為、なるべく音は立てないように進むが、これがなかなか難しいのだ。何年もやっていることなのでさすがに彼自身はコツを掴んでいるが、初心者にとってはまさに至難の業と言えるだろう。


(それにしても暑いな…。今までこんなに暑い日なんてなかったのに…)


二年前から続く自然災害と異常気象の前に倒れる者も少なくない。リュースはまだ若いから良いものの、老齢の人間がこの時期に外を出歩けばすぐに熱中症で倒れてしまうところだ。


暫く歩き回っていると、1キロ程先に何かがいるのが見えた。木の陰に隠れてよく見えないが、目を凝らして見てみると、それは間違いなくハシヅメドリだった。ハシヅメドリは、その名の通り、嘴がまるで爪のように鋭く、それで敵を串刺しにして殺してしまう凶暴な野生鳥の一種だ。目の前のハシヅメドリはそこまでサイズが大きいわけでもないが、獲物にするには十分な大きさであった。


(よし、第一号はあいつを獲物にするか…)


リュースは全身に神経を張り巡らし、気付かれないように、少しずつ前進していく。一歩、また一歩。少しずつ距離が近付いていくと共に、リュースの額には一筋の汗が頬を伝っていく。いつもの緊張感を全身で受け止めながら、射程距離に入ると静かに剣を構える。


そして次の瞬間……。


「はぁっ!!!」


息つく間も与えず一瞬で間合いを詰めてハスヅメドリ首を見事に切り落とした。


(よし、まずは1羽だな…)


この調子で少なくとも10羽を目標に、彼は狩猟に夢中になっていた。



その頃、アーネス村ではユリアの家でジョン、サイファー、ロッドの三人が談笑をしていた。


「それでこの話の中で主人公が……」

「おい、サイファー…。もうその辺で十分だろう」

「ん?まだ10分の1も話していないぞ?」


談笑…というよりかれこれ2時間近くに渡るサイファーの漫画語りが続いていた。彼は幼い頃から習い事も行っており、将来は宮廷で文吏として働くことを夢見ている秀才なのだが…。同時にかなりの漫画やアニメなどの所謂二次元の世界を愛する“オタク”というやつでもある。一度語りが始まると、2時間など当たり前に語りだすのだ。


「クソ…こういう時にリュースが居れば、止めてくれるのによ…」

「まぁまぁ、ジョン君。そう言わずにさ。サイファー君も楽しそうだし…」


「相変わらずお前は甘いよなぁ。それって優しさとは言わないぜ?」

「僕は別に、そんなつもりじゃないよ」

「……で、これがこうなって…って、聞いているのか?二人共…」


サイファーが怪訝そうな瞳で二人を見つめている。その瞳はまさに獣の鋭さだった。


「いや、あぁ…。俺、ちょっくらトイレ行ってくるわ」

「あ、ちょっと、ジョン君!!」


ジョンはそそくさと逃げるように部屋を出て行ってしまった。残されたサイファーとロッドの間に短い沈黙がやってくるが、すぐにそれはサイファーによって砕かれた。


「で、これが面白いから是非読んでみてくれ、ロッド」

「え?あ、うん。今度、是非持ってきてよ。読んでみたいからさ」

「勿論だ。しかし、今日はやけに遅いな、リュース」

「そうだね。まぁ、何か今日はやけに力入ってたし、沢山獲ってこようと頑張ってるんじゃないかな?」


二人は他愛ない話に華を咲かせながら部屋を出て階段を下りていく。その時だった。



「な、何だお前!?う、うわああああああああ!!!」


突如として聞き覚えのある悲鳴が外から聞こえてきた。


「な、何だ!?」

「行ってみよう!!」


サイファーとロッドはただならぬ空気を感じ取って悲鳴の方へ駆け出していく。


「その男は何処に居ると聞いているんだよ」

「お前…リュースの、何なんだよ……」


「ジョン!!」


そこにはいかにも怪しい黒い布で全身を覆い隠した装束の長身の男と苦しそうに声を絞り出しているジョンがいた。


謎の男は背後から来た二人に気付くと、ジョンの腹部から何かを抜き取るような仕草をした。同時にジョンの腹からは鈍い音と、激しい血生臭さが二人の耳と鼻を突いた。



「ジョン君!!」

「ジョン!!しっかりしろ!!」


二人はゆらりと体勢を崩すジョンに駆け寄りその体を支えた。


「馬鹿……逃げろ……早く、逃げて……。リュース、に……」


そしてジョンは静かに目を閉じた。まるで全身から力が抜け落ちたようにだらりとしている。腹から大量の血が流れ出ている。


「どうしたの!?これは…」


そしてぞろぞろと人だかりが出来始めていた。暫くすると、用事で外出していたユリアも戻ってきた。


「一体何があったの?」


人だかりをかき分けて進むと、そこには力なく倒れるジョンとサイファー、ロッド。そして血塗れの小刀を片手にした謎の男が立っている。


「リュースという男は何処に居る」


リュース。その名が聞こえた瞬間、ユリアは困惑の瞳に揺れた。何故彼が。このような不審な人間と関わるような事をするはずがないのに。そんな思いが頭を過る。


「待ってください」


ユリアはサイファーとロッドの危険も察知して時間を稼ごうと謎の男に話しかける。


「リュースは、私の息子。もしも私の息子が何かをしてしまったというのなら、私が責任を取ります。ですから、その子達に傷をつけないで」


ユリアは同時に二人に目配せをする。サイファーはユリアの言わんとしていることを察知したのか、ロッドの手を引いて駆け出した。



「ちょ、ちょっと待ってよ、サイファー君!!」


ジョンを置いてきた。サイファーはひたすらにロッドの手を引いて森の中まで走った。


「どうしてジョン君を置いてくるんだよ!?見殺しにする気!?」

「馬鹿な事言うなよ!!私だって、ジョンを見殺しになんてしたくない…」


先程からあの光景が目から離れない。ジョンが苦悶するあの表情が…。しかし、今はリュースに会って、村の事を伝え、彼を逃がさなければならない。それが今のサイファーとロッドに託された使命なのだ。


「行くぞ、ロッド。とにかく、リュースを探さないと…」


二人は後ろ髪を引かれる思いでリュースの捜索に乗り出した。




「よし、これで10羽。今日は大量の唐揚げ料理確定だな」


その頃、村での事件を知る由もないリュースは狩りを終えて帰ろうとしていた。


「………ース!リュースっ!!何処だ!?」


踵を返して帰路についていると、何処からか自分の名を呼ぶ声がした。


(何だ?誰か俺を探しに来たのか?)


そう言えば、今日はいつもより時間がかかってしまった。それできっとユリアおばさんが心配して、サイファー達に俺を探しに行くよう伝えたのだと思った。


(とにかく、声の方へ行ってみるか)


リュースは何も知らないまま、声のする方へと駆け足で向かった。


「おっ、やっぱり。サイファーじゃないか」

「っ!?リュース!!」


大量のハシヅメドリを堂々と見せながら満面の笑みで近づいていくリュースとは裏腹に、サイファーは焦燥に駆られた様子で顔色も真っ青だった。



「リュース、お前はすぐにここから逃げるんだ」

「は?何言ってるんだよ。今日はこんなに………」


「いいから!!早くしないと殺され……っ!!??」


言いかけたところで急にサイファーの口が止まる。明らかに異常な様子にリュースはさすがに疑った。


「おい、サイファー……」


「がはっ!!」


リュースが近づこうとした瞬間、何か妙な液体がかけられた。恐る恐る自分の服に目をやる。そこには、真っ赤に染まった血溜りがかかっていた。誰のものかは言うまでもない。


「サイ、ファー…?」


口から血を流し、虚ろな瞳でリュースを真っ直ぐに見つめながらゆっくりと彼の体は傾いた。


「サイファー!!おい、しっかりしろよ!!サイファー!!!!」


「早く……彼が…知らない男が……お前を、殺そう…と…………」


そう言い残してサイファーは力なく伏した。何が起きているのか、わけが分からない。さっきまでずっと笑いながら話していたはずの彼が……。目の前で動かなくなっている。


(ユリアおばさん、ジョン、ロッド…!!皆無事でいてくれ!!)


神にも縋るような思いで彼は目を閉じた。そして再び目を開けたとき、目の前に黒装束で長身の男が佇んでいた。


「見つけたぞ、リュース……光の…天使……!!」


「………っ!?」

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