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煎薬


「リュース…………」


「陛下、大丈夫です。アルベルト将軍を信じて待ちましょう」


もうアルベルトらが出てから五日ほど経とうとしている。最初のうちはクローラの治癒術で何とか落ち着かせることも出来ていたが、今はそういうわけにもいかなくなってきた。



「うっ……くっ………!!」

「リュース!?」


突然苦しそうに唸り声を上げ始めたと思えば、ずっと閉じたままだったその瞳がそっと開かれた。輝きを失った海のような青い瞳には、ヴァリアスの姿がうっすらと映る。


「ヴァリ……ア………ス……………?」


「リュース、しっかりしろ」

「うぅ………」


息苦しそうに息を荒げながらも、彼は何故か体を起こそうとする。


「何をしている!?ちゃんと寝ていろ、馬鹿者!!」

「先生、との……約束……」

「もう五日もお前は寝てたんだぞ。それに、その体でまだ稽古でもしようというのか!?」


「ヴァリアス………っ!!」


身体を何とか動かすもそのまま体勢を崩してベッドから落ちかけるところをヴァリアスがグッと支えたその瞬間だった。


「がはっ!!」


リュースが吐血した。そこから吐き出された巨大な血だまりは、ヴァリアスの衣服の上半分を朱に染めた。ヴァリアスは一瞬何が起きたか頭の理解が追い付かなかった。


「お、おい……。リュー、ス………?」

「く、苦しい………た、すけ………ヴァ、リア……………」


言いかけたところで彼の意識はまた闇の中へと堕ちていく。もう二度と目を覚まさないのではという恐怖が、ヴァリアスの脳裏を過ったことは言うまでもない。


「陛下、とりあえずここはお離れになられませ」

「駄目だ……。友がこんなに苦しんで、私に助けを乞うているというのに、私がここを離れてはリュースへの裏切りだ。私はここに居る。クローラ、そなたはもう無理をせずとも休むといい」


「陛下がここに残られるというのに休む愚臣が何処におりましょうや。私も共に」


二人はただ一刻も早いアルベルトらの帰還を願うばかりだった。


「まだここにおられたのですか?陛下」


そこへ武帝王・トーマスと文史王・アイルの二人のトップ武官吏が戻ってくる。どうやら今日の仕事をやり終えて二人で心配になったため様子見に来たようだった。


「玉座の間に居ないもんだから、どうせここだろうと思ってな」

「陛下、あまりここに長居はされない方が宜しいかと存じますが…」

「何故だ」


「王には王たる者の務めがあります。確かにご友人の事は胸が張り裂けんばかりにご心配な事でしょうが、陛下はそれ以上に多くのものを背負われていることをどうぞお忘れなきよう。私はそれを伝えたかっただけですので、これにて失礼仕る」


アイルは言いたいことだけ言い放って去っていった。ヴァリアスは押し黙っている。彼の心情を察してか、トーマスはヴァリアスの元に歩み寄って彼の頭を二度、まるで我が子をあやす様にポンポンと優しい手つきで叩いた。


「陛下…いや、ヴァル坊。言っておくが、アイルはスゲー心配してたんだぜ。あの男が仕事で失敗する姿も見れたしな」


「……慰めのつもりか?」

「いやいや、慰めも何も、ホントの事だしな。ただ、分かってるとは思うが、アイルはああいう奴だからな。別にお前の事を……」

「もうよい。気を遣わせて悪かったな、トーマス公……」


普通ならばここで大人しく玉座の間か自室に戻る所だろうが、ヴァリアスはその場を決して動こうとはしなかった。


「だが、お前のその呼び方は懐かしいな。少し昔を思い出したぞ」

「っはは、そうだろう。だが、さっきので最後だ。ここからは、ちゃんと”陛下”と、正式な呼び方をするからな」

「それは良いが、たまには先程の口調で話せ。私とて、本当は窮屈で仕方がないのだから」


「お二人は、本当に仲がよろしいのですね。真の親子のようです」


二人のやり取りを外から見ていたクローラは、心底二人の関係性を羨むように言う。


「やめてくれ。このような親ならお断りだぞ、私は…」

「そりゃないぜ、陛下。俺はあんたの事をホントの子供と思って相手をしているというのに…」


三人は部屋の中で束の間の談笑を楽しんだ。しかし、もうリュースの身が限界に近いことも事実。まだアルベルトは帰ってきていない。不安な要素は依然尽きることはなかった。



「しかし、本当に遅いな…大丈夫だろうか……」



そんな不安が口から漏れ始めた頃、自室に入ってくる音がした。


「帰ってきたか!!」

「陛下、ただいま帰還いたしました」


そこには正真正銘、アルベルトの姿があった。両側にはカナと見知らぬ長身の男。


「その長身の男は誰だ?」

「これはこれは、不敬というもんじゃのう。ハイマレの森神泉の守護神が来てやったというのに」


「な……っ!?」


信じられないと言いかけて喉元で何とか呑み込んだ。まさか、本当に居たとは思わなかったからだ。


「それより、リュースにこれを」


アルベルトはヴァリアスに一つの小瓶を手渡す。中には青々と不思議な輝きを放つ液体が入っていた。


「これは?」

「神泉に生えるキノコを煎じた水です」

「それを飲ませりゃ、如何なる邪気も払えるぜ。早く飲ませてやりんしゃい。もう時間もないみたいだしの」


リズヴァーンには分かる。リュースの命の残り火の数が。ヴァリアスはそれを受け取るとすぐに小瓶の蓋を開けてリュースの口元に運ぶ。


「さぁ、リュース。薬だ。飲め」


そう言い聞かせながら彼の口を指でこじ開ける様にして液体を流し込む。そしてそれは、確かに彼の喉を通って体内へと吸収された。


「…………………ん?」


煎じの水を口にしてからほんの数分で彼は再び目を開けた。先程より随分顔色が良くなっている。まるで神の力でも与えられたような速さで回復した。


「これが…神泉の力……」


「あれ………?俺は、一体………?」

「リュース!!」

「どわっ!?な、何だよ。どうしたんだよ、ヴァリアス……」


リュースが重たい頭を上げて何とか上半身を起こすと、ヴァリアスが横から飛びついて思い切り抱擁された。


「良かった……!!心配したのだぞ、この大馬鹿者!!」

「ずっと目を覚まされなかったのですよ。まぁ、一度だけ目を覚ましたと思ったら寝言を言って陛下の衣服を盛大に血で汚してくださいましたけど…」

「お前にも世話を掛けたな、クローラ」

「いいえ。私は陛下の為に手助けしたまで。では、もう仕事に戻りますね」


クローラもそう言い残して部屋を去っていった。


「それにしても、本当に神獣を連れてくるとはな…どうやって口説き落としたんだ?」

「いや何、こんな美女を連れ歩かせるにはもったいなかったけぇの。俺が来るしかなかろう?」

「ちょっ、何勝手な事言ってるのよ」


リズヴァーンに弄ばれながら、カナはなんだかんだで顔を赤く染めている。


「男は美女に弱い生き物やからの。お前さんもせいぜい気をつけんしゃい」

「もう、いいです!!」

「あまり苛めてやるな、リズヴァーン」

「おっと、これは失礼したの。んで、リュース、だったか?もう体は大丈夫やろ?」

「え?何で、俺の事…」


リュースはリズヴァーンを怪訝そうな表情で見つめた。それを見てアルベルトが口を開く。


「私が教えたのだ。今後は行動を共にすることになる」

「ま、よろしく頼むぜよ」


まさか神獣が行動を共にする日が来るなど誰も想像など出来なかった。しかし、かなり心強いのも実際その通りであれば、いま少しリュースの体調の回復を待ってアルベルトは出立の準備に取り掛かる。

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