日常
暦の1268年夏。
「また帝国郊外で災害・・・?」
「らしいぜ。今度はデルタ火山の大噴火だってよ」
ここ2年程、このキシリタン帝国では原因不明の自然災害が続いている。こんなことは嘗て500年程前に一度だけ同じような事があったようだが、今回もまた嵐のような勢いで災害続きである。
「これじゃろくに遊びで歩くのも無理じゃねぇか…あぁ、つまんね」
「まぁ、そう言うなよ。ジョン」
「なぁ、リュースよ…。どっかに可愛い女の子でも居ねえのか?」
「って、俺が知るわけないだろ。そんな女の人と話す機会なんてないのに」
リュースと呼ばれた少年は相変わらず女探しに精を出すジョンに呆れ顔である。わざとらしく大きな溜め息を吐いてやれやれとでも言うように顔を横に振る。
「しかし、今日はサイファーもロッドも来ないのか?」
「サイファーは習い事だってよ。ロッドは用事があるって聞いたけど…」
ジョンは淡い金髪の長い後ろ髪を結い直しながら何ともつまらなさそうにしている。外見の端麗さはリュースも認めているが、最近彼女に振られて未成年なのに自棄酒をして二日酔いから復活したところだった。だから少し人肌恋しいというのはあるのだろう。
「リュース、ジョン君。ご飯出来たけど食べる?」
そんな二人の元へ、一人の女性が歩み寄ってくる。
「ユリアおばさん。ありがとう。ちょうど腹が減ってたんだ」
「俺、おばさんの料理世界一好きだぜ!!」
ユリアと呼ばれた女性はほうれい線に少し皺を作りながらニコリと微笑んだ。もうすぐ40歳を迎えるところではあるが、ファッションは何とも若々しい上にきっちり着こなしているところが逆に凄い気がすると、リュースはいつも思うところである。
ユリアは行き倒れて瀕死状態だったリュースを保護して育ててくれた、リュースにとってはこの上ない恩人である。それはリュースが7歳の時だったため、18歳の現在まで11年間、衣食住を提供して実の親でもないのに実の子供のように女手一つで育ててくれたのだ。
「さ、沢山食べなよ」
今日はやけに野菜料理が多い。それを見てあからさまにジョンの表情は曇り始める。
「や…野菜……」
「好き嫌いは駄目よ、ジョン君。今日はサイさんから新鮮の野菜を沢山戴いたからね」
「あ、あはは…いやぁ、好き嫌いなんて、まさか…」
ジョンは野菜が昔から嫌いだった。かなりの偏食で、肉と卵料理しか食べなかった。特にユリアのオムライスが一番好きだというのだからきっと今日もそれを期待していたのだろう。
「これちゃんと食べてくれたら、オムライス鱈腹食べさせてあげるから」
「じゃあ食べるっす!!」
ジョンも単純な男だ。本当に女性に弱い。リュースの横で色とりどりの野菜料理を、ガツガツと口に詰め込んでいる。細かい野菜のカスを飛ばしながら食べるその表情は、心なしか涙目になっているように見えた。
「無理、すんなよ…。ジョン…」
「だいびょうふら。ほんはもん、ほふうは」
口に野菜を詰め込んだまま話すものだから何を言っているか最早分からない。リュースは我関せずとした態度に切り替えて料理を頬張っていく。
(あぁ…正直俺も唐揚げが食べたかったんだけどな…)
内心やはりリュースもそんなことを思いながら我慢して食べた。美味しいことに変わりはないのだからと言い聞かせながら黙々と食べた。
「ぐっ…うぅ…」
食後、ジョンは机に突っ伏して苦しそうにしていた。
「わけの分からん意地を張るからだろ?」
「だってよー。オムライス…」
ジョンは今にも死んでしまいそうな様子だ。リュースはそんなジョンを置いて獲物の剣を手に取った。
「お、おい、まさかお前…!!」
「は?」
「俺を、殺す気か!?」
「………?何言ってんだ?」
「だってお前、その剣何だよ!?」
ジョンは震える指でリュースの持っている剣をさしている。リュースは漸くジョンの言わんとしている事を理解した。
「これは今から狩りに出るからだよ。お前も行くか?」
「か、狩り…?何だよ、お前なぁ…。はぁ…」
ジョンは心底安堵したように胸をなでおろしている。その時、ドア口の方から物音が聞こえてきた。
「やぁ、まだ居る?」
「ごめんよ、遅くなっちゃって…」
入ってきたのは眼鏡をかけて文吏服を着た長身の少年と大きな鼻が特徴的な気弱そうな風貌をした恰幅の良い少年が入ってきた。
「おっ、サイファー、ロッド。いいところに来てくれたな」
ジョンは二人の姿を確認すると飛びつくように駆け寄った。サイファーは困惑の表情をしながらジョンの様子を少し引いて見ている。
「どうしたのさ?ジョン君」
「いやな、ちょうど今からリュースの野郎が狩りに行くって言い出したからよ。俺一人になって暇じゃん?だから二人共ナイスタイミングだって話だよ」
「今日も行くのか、リュース」
「あぁ、俺も肉食いたいしな。ユリアおばさん、今日は大量に狩ってくるから、今日の夕飯は唐揚げ一杯作ってくれよ」
「はいはい。じゃあ、それに見合うだけのハシヅメドリを獲ってきてもらわないとね」
ふふっ、と口元に手を当てて上品な笑みをこぼしながら彼女は言う。何故かジョンはその様子を見て頬を赤くしていたが、誰も何も言わなかった。
「さて、じゃあ行ってくるよ。おばさん、三人の子守、頼んだよ」
「気をつけて行ってらっしゃい、リュース」
「すぐに帰ってこいよ」
「気をつけてね、リュース君」
「帰ってくる時は血をちゃんと洗って帰ってこいよ…」
ユリア、サイファー、ロッド、ジョンにそれぞれに見送りの言葉を貰いつつ、リュースは稼業でもある狩猟に今日も出掛けるのであった。