不幸とは誰にでも訪れる。
「人ってやつは偶然という理不尽なものに直ぐに振り回される。
どんな英雄であろうがどんな偉人であろうが等しく死ぬ可能性を常に持っているもんだ。
あんたもその例にのっとったって訳だ。」
死体のすぐそばで男は大袈裟にため息をつきながら誰に言うでもなくぼやく。
興味なさげに死体を一瞥すると再び深くため息をはいた。
「俺はその例外が見たいんだよ」
男の嘆きにも似た呟きは誰の耳にも届かない。
「ねぇ知ってる?不幸屋っていうの」
「えーなにそれ?知らなーい」
「依頼されたらね、どんな人も事故に遭っちゃうんだって」
「事故に見せかけるの?」
「違う違う。ほんとに事故っちゃうんだってば」
学校に来て早々、女子のきゃんきゃんとした声を聞きうんざりとした気分になる。朝から不幸だ。
そんな大声出さなくても聞こえるだろうが。
と、心のなかで思ったとしても本人たちに伝わる訳もなく依然として騒ぎ続けている。
憂鬱だが我慢するほかないと割りきってしまっている自分は弱い人間かもしれない。
いつもどうり席にすわり文庫本を開いた。
物語の世界はいい。誰がどこで死ぬか、はっきりしているからだ。無駄なことを考えなくてすむ。
そうして時間を潰していると、急に教室が慌ただしなった。
まぁ恐らくあいつが来たんだろうが、何一つも関係ないな。
「おはよーう。やばっ遅刻ギリギリじゃんか、でもまぁ俺の俊足だから間に合ったなぁ!」
予想外は起きずやはり詩島であった。
運動神経抜群にして、イケメン。まぁよくいるクラスのトップカーストのやつだ。したの名前は、なんだったか。まぁ気にすることはないだろ。
ここで詩島と俺は幼馴染みだ。と、あったら面白そうなんだが、現実はそんなことはない。こいつと俺にはなんら関係ないし、面白そうとは言ったが、確実に苦痛になる。
なにも関係ないが突然、弁当を家に忘れてきたことを思い出した。はぁ弁当抜きか不幸だな。
窓側の俺は春の日差しを受けているが、心は暗く憂鬱なままだ。
はぁ、早く授業終わらないかな。
とそんなことを思いながら代わり映えのない日々は静かに過ぎていく。
「学校どうだったんだ?」
ビルの屋上で初老の男はへらへらしながら問いかけてくる。
頭に血が上っていくのが分かるが冷静を取り繕い返答する。
「別に。いつものように退屈だった」
「あぁそうかい」
男は返答には興味がないのか適当に流す。
俺はこの男との会話を手短に終わらせるため、質問をする。
「田崎、今回の標的は誰だ」
田崎は依然としてへらへらしながら、社会人使うようなバッグから一枚のファイルを取り出した。
そのファイルをほらよ、と突きつけるように渡してきた
「この女はなぁ、」
「別に聞きたくない。何度も言わせるな」
田崎が喋っている最中に割り込む。
この男はやたらとターゲットのことを話したがる。
何が目的なのか、さっぱり分からないが大して意味もないのだろう。田崎はわざとらしく謝ると、「まぁ必要なことだから聞けよ」と話を続けた。
「この美人の女はな、とある会社の社長の秘書なんだと。で、その社長の奥さんが不倫しているかもしれないから殺せだってよ。そんなの探偵でも雇って調べりゃいいのに、嫉妬深い奥様だこと」
聞きたくない話を聞かされ眉をひそめるが田崎は気にしていない様子で話を続けた。
「全く、その秘書ちゃんはえらいべっぴんってだけで殺されちまうんだ可哀想だろ。なぁ?」
同情を誘おうとしている魂胆が丸見えで、いかにこの男が下らない存在かが良く分かる。
そんな下らない田崎の問いかけにいつもどうりの答えを返す。
「別に誰であろうが、関係ない。大罪人であろうが人格者であろうが、等しく偶然というものに殺される。この女もその内のひとりでしかない。ただそれだけだ」
「あと、俺が殺すわけじゃない、この女は勝手に不慮の事故で死ぬんだ。」
田崎は変わらぬ返答につまんねぇなぁ、呟くと勝手に屋上をあとにした。
屋上を降りながら田崎のファイルを見る。
毎度思うが何故一回屋上に行かなければならないんだろうか。
別に近場でいいのでは、と思うが恐らくこれもまた意味のないことだろう。
ファイルをぺらぺらとめくり女の顔写真を見る。とても美人というのは本当だったようだが、これから死ぬ人間に興味など沸かない。田崎のファイルには他にも素性などの情報や性格なども載っているが毎度見ない。そんなもの必要はない、この女は勝手に死ぬのだから。
田崎のファイルから女がいつも使っている駅周辺までいき、女を探す。辺りは夜のとばりがおちて、随分と暗くなっているが、行き交う人は多い。ましてや駅が近くにあるので混雑していて、女を探すのは一苦労かもしれない。
腕時計の時間を咄嗟に確認すると、もう11時を回っていた。
思わず溜め息がもれる。
相手が会社員だとこんな時間ばかりで嫌になる。
明日も学校があるのにと。ここにはいない田崎に怨みを抱いていると、一際美人の女が通る。
冷静を装い、素早く女の後ろにつく。
そしていつもの手段をとる。
「すいません、このハンカチ落としませんでしたか?」
もちろん嘘だ。ハンカチなんて誰も落としてない。だがこれで条件は満たした。女はいえ、と答えると足早に駅のホームに向かう。
どんな死にかたをするのか。
楽しみではないのだが気にはなるものだ。
駅の改札口を通り、女をホームで見つけた。
女はスマホを見ながら電車が来るときを待っていた。
そのとき中年の酔っぱらいがフラフラと近づいていることに気づく。
もう予想はついたな。
酔っぱらいは女に当たり、女は反動で前に進み線路上に落ちた。
女は慌ててホームに戻ろうとするが運悪く電車がやってきた。
そのままグチャリと気持ちの悪い音が聞こえるとともにホームのいる人から悲鳴が聞こえる。
女の死を確認すると人混みをかき分け外に出る。
野次馬どもがすぐに集まるから早めに出ないといけないからな。
駅から出ると、すぐに田崎に電話をかけた。
「終わったか?」
「終わった」
端的にやり取りを済ませ電話を切った。
別に物思いに更けるわけでもなく明日のことをぼんやりと考えていた。
初投稿なんでお手柔らかに。
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