しんじつ
あの時以来、僕は調べ物をしていた。彼が名乗っていた「生体神ゲノム」とは何者なのか。どうしても気になって、夜も眠れなかった。
「『ゲノムとは、遺伝子と染色体から合成された言葉で、DNAのすべての遺伝情報のことです。』か……本来の意味が出てきても、肝心のアイツに関する情報が出てこないな」
欲しい情報が出てこず、僕は大きく背伸びをした。ぶっちゃけて言えば、そこまで気にすることでもないのかもしれない。僕にとって仁子と福利さえ元気でいればそれで良いのである。
「こういち、おはよ」
「おはよう、仁子。今日は早いんだな、まだ6時半だぞ。」
「うん、だけどこういちががんばってるからてつだえることないかなって」
「ありがとう、その気持ちだけで十分だ」
彼女はいつも僕に優しい。僕の家の中で1番家族であると思っているのはこの仁子だろう。
「こういち、ねないとちからでないよ」
「わかってる、だがどうしてもわからないことがあると調べたくなるものなんだ。僕の悪い癖だ」
「むりしないでね」
「ああ」
僕は懸命に調べたが、特に何も該当する項目はなかった。あれだけの騒ぎがあったのに何もデータが残っていない事実に僕は戸惑いを隠せなかった。ようやく福利も目覚めたらしく、階段を降り、僕に挨拶をしに来た。
「おはよう御座います、お兄様」
「おはよ、福利。僕は調べ物をしているんだ。あっちで仁子と遊んでこい」
彼女はふと見た僕のパソコンの画面を見て硬直していた。僕としても急に冷や汗を垂らしている福利を見るといくら家族でも少し怪しく思えてきた。
「おい……福利?」
「私、実はゲノムの事を知ってました」
「えぇ!?福利、どうして今までそんな大事なこと言わなかったんだよ!?」
突然の告白に僕は嘆いた。と同時に知っていることを洗いざらい吐き出させたくなる気持ちに襲われた。
「何でそんなこと黙ってたんだ!」
「私もゲノム様が怖かったのです……申し訳ありません」
「知ってること全部言え!」
「はい、私のお姉様に聞いた話なのですが、私はゲノム様によって造られ、戸田さんという人に育てられました」
「ゲノムに造られたってお前……もしかしてゲノムの手先じゃないんだろうな」
「いえ、違います!私はそんなつもりは毛頭ありませんし、そもそも私はゲノム様に酷く毛嫌いされていたのです」
「うーん?自分の造った子供を毛嫌いするって、普通の感覚からしたらおかしいな……あくまでこれは人間の感覚からしてだが、何かあったのか?福利」
「いえ、私にはこれ以上よくわからなくて……私の姉がすべて知っています」
「その姉の居場所はわかるか?福利」
「えぇ、私が以前住んでいた……」
彼女から姉の居住地を知った僕はすぐさま出かけることにした。本当のことを知りたい。その一心で僕は電車に乗り、福利の姉を訪れた。見るからに貧相だが、上流階級としての面影が残っている、そんな家だった。
「御免ください」
僕は一声かけ、扉を開けようとしたが、開かない。数分経って、ようやく扉が開いた。
「あら、どなた?」
現れたのはまだ小さい福利とは真逆の、身長が高いお姉さんだった。少し肌の色は青っぽく、気品に満ちた出で立ちであった。
「あなたの妹さんを預かっています、光一と申します。今日はお話があってきました」
「まぁ、光一様がいらっしゃった!さぁ上がってください」
随分と気前がいいとも思ったが、お言葉に甘えて戸田家に上がることにした。彼女は何やら杖を付いており、歩く度にコツコツと音がする。
「自己紹介を忘れてましたわね、私の名前は戸田 彩香。妹共々、私を拾ってくださった戸田様が付けてくださったのよ」
「はぁ、いいお名前ですね」
「光一様もそう思われますか!嬉しい限りですわ!」
そう言いながらの彼女の歩き方は何かぎこちなかった。僕は思い切って聞いてみる。
「もしかして、失明されているんですか?」
彼女は立ち止まった。数秒黙った後、続けた。
「貴方もゲノム様について知っているのですか……?」
「えっ、いや、僕は……」
彼女は歯をガチガチと言わし、その場に座り込んでしまった。あまりの恐怖からか、その顔は絶望に満ちている。
「貴方がゲノム様の内通者ならば、お帰り頂きます。よろしいですか?」
「いや、待ってください!確かに僕は今日ゲノムについて貴女から話を聞こうと思います。しかし、貴女に何の危害も加えません!保証します」
思わず泣き出した彼女に僕は哀愁すら感じた。一体彼女に何があったのか。僕にはわからなかった。
「わかりました、私もそれなりの覚悟を持って話します。ここでの話は全て内緒にしておいてください」
「あぁ」
そう言うと彼女は広い客間に僕を招待した。この時、僕はマナーとしてどの椅子に座ればいいのかわからなかったが、とりあえず一番近い椅子に座ることにした。座った所で彼女は話し始めた。
「あれは今から4年前くらいのことでしょうか、私達は義理の姉妹でありました。私はアメーバ、福利はゾウリムシであり、種族は違えど、私達は深い絆で結ばれていました。」
僕は彼女に見えていないだろうが僕は2回ほど大きく頷いた。どうやら重要な話であることには間違いない。
「ところがある日、私達の元に生体神ゲノム様がやってきて、私達に改造を始めたのです」
「改造?何でアイツがそんなことを?」
「彼は私達を実験台にして、進化の研究をしていたのです。その実験により、私は失明しました」
「ということは貴女達はゲノムによって生まれた、ということか」
「えぇ、しかしゲノム様によって造られた私達は彼の満足いくように進化しなかったせいか、失敗作扱いされ、彼の魔術によって酷い仕打ちを受けました」
あまりの悲劇に思わず胸が痛くなった。福利が謙虚なのも多分、ゲノムを怒らせないために振舞っていた。これが原因なのだろうか。
「私達は遂に耐えられなくなって、ゲノム様の所から抜け出しました。そして私達は上流階級である戸田様に拾われ、大切にされていました。」
「えっ、それなら……」
「しかし、私達は気づいていなかったのです。ゲノム様の真の恐ろしさを。彼は私達の家まで直接訪問し、戸田様を殺害されました。彼は私にこれ以上勝手な真似をするなと脅迫をし、私はせめて妹だけでも生きていてほしいと思い、貴方の所へ妹を送り込みました」
「なるほど、だから僕の方にも……」
「貴方もゲノム様の襲撃にあったのですか!?」
「いや、僕の場合はとある悪友が助けてくれたんですけどね、全くアイツには頭が上がりませんよ」
「その話、もっと詳しく聞かせていただけませんか?」
「わかりました」
僕はこの前のキャンプの出来事を全て話した。目の前にいる着物姿の女性は相変わらず神妙な顔をしている。
「なるほど、いいお友達を持たれているんですね」
「直接FBIと契約できる学生なんてそうそういないと思いますけどね」
「しかし、貴方は超生物進化薬を持っている……つまり、いつ狙われてもおかしくないですね」
「どういう事ですか?」
「ゲノム様は確かに私達の進化に成功しました。しかし、何かが彼の中で足りなかったのでしょう。その不完全なものが光一様の作り出した薬品には入っていたのではないでしょうか」
「えぇ!?僕そんな大きな発明した覚えも無いんですけどね……」
「言い換えるならば、ゲノム様は自分の進化方法が不完全であることに腹を立て、貴方の進化薬を狙っています。またいつか奪いに来るでしょう」
「しかし……何でそんな事がわかるんですか?貴女がいくらゲノムについて知っているとは言え、流石にそれは言い過ぎだと思いま……」
僕が言い切る前に彼女は手に札を何枚も集めていた。よく見ると、それはタロットカードであった。
「実は私、占い師なのです。故に未来が見える……貴方の未来を占います」
「おい、待て……」
彼女なスピリチュアルなオーラを纏い、カードをシャッフルし、その内2枚をたたき出した。カードに書かれていたのは『運命』と『死』。彼女は顔色を変え、僕に向かって言い放った。
「とても言い辛いことですが、簡単に言えば貴方は壮絶な運命と向き合うことになるでしょう。もしかすると、貴方を含む皆様は死に追いやられるかもしれません」
「何でそんなことがわかるって言うんだよ……?出任せを言うな!お前の言うことが本当ならばゲノムはいつ訪れるって言うんだよ!」
遂に耐えられなくなり、僕は言葉を荒らげた。少しの間静寂に陥った後、彼女は口を開いた。
「既に予知しています。恐らく1週間以内、貴方の身に不幸が訪れる」
「何!?」
「貴方の幸運をお祈りしています」