きゃんぷ
僕はどうも不審に思っていた。何についてというのは先日、仁子の紹介で新しいゾウリムシの進化体、福利ちゃんが家族になった時のことである。
「なぁ、福利ちゃん」
「なんで御座いましょう、お兄様」
「そんな改まらなくてもいいんだけどな、まぁいい、お前、どうやってその姿になったんだ?」
「そう言われましても……私としても返答に困ります」
「これは結構重要な所なんだ。お前がこの家に住んでいくにあたって隠し事なんかされたら僕の方が困るだろ?」
「すみません、答えられません!」
そう言って彼女は部屋を飛び出してしまった。過去に何かあったのだろうか?和服の少女に対する謎が更に深まってくる。
「こういち、なにしてたの」
「うわぁ!?びっくりした!」
話に夢中になっている間に後ろに仁子がいて流石に驚いた。いや、別に何も隠し事をしている訳ではないのだが。
「わたしのがーるふれんどになにかしてたの」
「その言い方やめろ!あのな、僕は彼女に何も悪いことはしていない。ただ、僕の目的は進化薬を使ってない彼女がどうやって発生したかなんだ。それを探りたい」
「おぉー、たんていってことだね」
「まぁ簡単に言えばそういう事だ。仁子、お前アイツと遊んでて何か手がかりみたいなのはなかったのか?」
少し考えた後、仁子は答えた。
「いや、なにも」
「本当か?嘘ついてたら3日間おやつ抜きだからな?」
「それはほんとうにこまる!でもあのこのむかしのこと、ほんとになにもしらない」
どうやら本当に手がかりはないみたいなので捜査は難航した。そもそもこれは触れない方がいいことなのだろうか?それは流石に僕にもよく分からなかった。
「それじゃ、今日も行ってくるから」
3日経ったある日の事、僕はいつも通り大学へ行こうとした。福利が来てから特に音沙汰無かった仁子が急に提案をしてきた。
「キャンプいこう」
「何で出かける前にそんなこと言うかなぁ」
「だってちょうどいっしゅうかんまえだから」
「いや、そうだろうけど……タイミングを考えろよ」
「うゅ……でもふくりちゃんとまだいっしょにそとであそべてない」
彼女の願望の眼差しに目が眩みそうになりながらも、僕は言葉を返した。
「わかった、帰ってきたらその事について考えてやる。それまで待ってろ」
「やった」
ようやく僕は家を出た。涼しい風に少し揺られながら、僕は早足で歩き始める。何故だろう、心が軽くなったのか、今まで通い続けていたこの道を軽快に進んでいく。不思議な感じだった。
「戻ったぞ、仁子」
家に帰ったのは遅い時間だった。流石に彼女も寝ているだろうとは思ったが、やはり降りてきた。余程福利と遊びたいらしい。
「おかえりこういち」
「そういえばキャンプ行くんだったよな?山中にも連絡したんだが、緑ちゃんと山中も行くって話しになったんだが、いいのか?」
「いいよ、すごくたのしそう」
彼女も納得した所で僕も寝ることにした。遠足の前の少年みたいになかなか寝付けなかったのは内緒である。
1週間後、僕ら5人はキャンプに出かけた。運転役の山中によると、2時間もあれば到着する場所だという。もう観光シーズンは過ぎているというのに、結構車や人も多かった。
「やまだー」
「山だな、仁子」
「そういえばお前のミジンコ、ちょっと背伸びたんじゃないのか?初対面の頃はまだ偏屈なガキだと思っていたが」
「ガキじゃないもん」
「余計な口叩くんじゃねぇクソムシ」
「あぁっ、お姉様!気をお確かに!」
何だか最初の頃に比べて賑やかになった気がする。僕の高校時代には考えられなかった光景がそこに広がっていた。
「こういち?」
「あぁ、ごめん」
「どうしたの」
「山って綺麗だなって」
「そうだろ!?やっぱ山中って綺麗な苗字だよな?」
「うっせー、出しゃばるんじゃねぇクズ」
「お姉様、彼を足蹴にしてますが今運転中ですよ!?」
僕は少し微笑みを浮かべた。今日がまた自分にとって特別な日になるということを嬉しく思っていた。
「いや何でこんな量多いの」
「しょうがねぇだろ?人数分下処理するのは料理の基本だ」
僕らはBBQの野菜や肉の下処理をしていた。いや、普通こういうのって家でやっとくものじゃないのか。最早突っ込む気力も起きない。
「それにアイツら微生物の癖にめちゃくちゃ食うからな、これぐらい持ってきておかないと俺らの分が無くなる」
「それはわかるが、もうちょっと頭使えば何とかならなかったのかよ」
微生物組3人は水着を着用して、川沿いで水を掛け合って楽しんでいる。あんなにキャッキャウフフと楽しんでいる姿を見てるとこちらまでほっこりしてくる。
「おい、手止まってるぞ、ちゃんと仕事しろ」
「あぁ、ごめん。つい……」
「なんなら混ざってくるか?」
「いえ結構です、あれは乙女達の聖域です」
力説する僕を見て、山中はお前本当に大丈夫かと目線を送ってきた。
「おいしい!」
「フン、山中が作ったにしては上出来じゃない。この美味しさ成分の9割が光一くんだけど」
「どういう意味だよそれ」
「ハハハ、愛されてるな光一」
「こんな美味しいもの、私が食べていいものかどうか……」
どうやら上手に下処理ができていたらしい。と言っても野菜や肉を切って味付けするだけの簡単工程を料理と言っていいのかどうか怪しいが。
「でもすみでやくだけでなんでこんなおいしくなるの」
「私はBBQ嫌いよ、ロウソクプレイなら好きだけど」
「おい、お前何の話してんだよ」
「光一もされたいのか?ロウソクプレイ」
「うっせ、お前だけで十分だわ変態」
「食事中にもこんな過激な話題……!私がこの場に混ざってよかったのでしょうか……?」
「いや、僕らが異常なだけで福利ちゃんは唯一の常識人だから!気にするなよ?」
談笑する僕らに夕日が笑った。こういう日のために毎日を生きている、最近はそんな気さえしてきた。
「おい、光一!記念写真撮ろうぜ!」
「おう、わかった!お前ら集まれ!」
「今タイマー付けたから、後10秒後には撮れるぞ!瞬きすんなよ?」
「大丈夫、ちゃんとアンタだけ映らないようにしたげるから」
「光一、やっぱり俺の扱い酷くないか?ゾクゾクするけど」
「勝手にしてろ」
「わ、わ、私写真になるとすぐ緊張してし、しまうのですが……あわわ」
「さんびょうまえ、にーい、いち」
パシャッとシャッター音が鳴った。出来上がった写真を見てみると、僕と仁子と福利、それぞれ笑顔で並んでいるのと、緑ちゃんに蹴られる山中の姿が現像されていた。個性的過ぎて少しおかしくなった。
「おい!俺全然写ってねーじゃねーか!撮り直しだ撮り直し!」
「いや……もうこれでいいでしょ……最高すぎるんだけど……ププ」
「えぇ!?お兄さんが写ってないと記念写真の意味無いですよね!?」
抗議し合う3人から目を逸らし、彼女は言った。
「こういち、いいおもいでできたね」
「……あぁ、そうだな」
その瞬間、流れ星が遠い空の横をすり抜けていった。勿論願い事をする暇も無かったが、既に願いは叶ったのだと思った。皆と一緒にこの場所にいること、それが僕の願いだ。
片付けも終わり、今日はキャンプということなので寝泊まりになるが、どうせ明日の朝にはまた出発する。簡易的にシャワーを終え、寝袋にくるまった。とても幸せだった。僕は眠くなるまでこの喜びを何回も反芻し続け、1日を終えた。
「ターゲット、確認しました」
「了解、名前は」
「生体番号:15673914、身上光一」