ゆうえんち
「こういち、ゆうえんちいこ」
「また唐突に……」
今ではすっかり馴染んだ居候のミジンコの一声を僕はまたかき消す。申し訳なさも残るが、僕だって生活がある。仕様がないことだ。
「あのさ、お願いしたいことがあるなら、1週間前までには繰り上げて言っておくって話したよね?」
「うぅっ……だってこういち、しごとでいそがしそうだったから……」
「実際には仕事じゃなくて、レポートだけどな。そういう話じゃなくて、今度から忙しそうでもちゃんと見計らって言う事!そうしないといつまで経っても行けないぞ?」
「こういちのいじわる、もういい!」
彼女はそう言って何処かへ行ってしまった。確かに僕は意地悪だ。ずっと忙しそうにしていたのも実は、仁子に時間を遣うのが勿体無いと感じていたからだ。そう、人間は利己主義であり、意地悪な人が大半である。逆にそう振る舞うことでしか生き延びていけない残念な種族に等しい。
「ふぅ……レポート完成、と」
僕の大学のレポート課題はやけに多い。別に変に気取って多くしている訳では無いのだろうが、論理的に書く事が多くないと真っ直ぐ落第してしまうことだってザラだ。だからこの前桜並木を見に行った時でさえ、後からする課題のノルマがピンチだった程だ。まぁ学生はそんなものだろう、と僕は思っている。色々考えている内に、電話がかかってきた。
「おう、光一か?」
「っお前は!早く超進化薬返しやがれ!」
そのやたら謎ダンディーな声の中身は僕の同期である山中。いわゆる悪友である。この前超進化薬を数mlも奪われ、現在彼の足取りを追っているがなかなかこいつもすばしっこい。一種の探偵になったような気分でもある。
「まぁまぁ、そう焦るなって」
「いや焦るわ馬鹿!お前みたいな能無しサイボーグに進化薬なんか渡したらロクなことにならないのは僕でもわかる!」
「いや、お前の中での俺の扱い酷くない?まぁいい、本題に移るわ。それがなお前がさっき言ってた進化薬の事にも繋がるんだ」
「ん?それって……どういう事だ?」
「つまりだな、俺のレポート手伝ってくださ」
ここで僕は電話を切った。やはりアイツ、そういう悪用することしか考えてなかったのかと考えると内心ガッカリする。30秒くらい経ってまた電話が鳴り響く。
「おい!マイフレンド!友人が頼みに来てるのに無理やり電話を切ることはねーだろうが!」
「いや、お前レポートくらい自分でしろよ」
「うるせー!そんな事言ってるとこの進化薬、家で飼ってるポメラニアンにかけるぞ!」
「いや、それはマジでやめろ!多分それ人間を軽く凌駕しちゃう神獣とか生まれちゃうから!」
「え、マジ?試してみたいんだけど」
「やめろって言ってるだろ!?お前また別生物に支配されたいのかよ!」
正直、こんな雑談してる暇も無いのだが、と思っているとすぐに話を切り出してきたのは彼の方だった。
「何も隠すことは無ぇ、言っての通り俺はレポートができてねぇ、だが、家にはお前の薬で生み出した緑ちゃんが邪魔してなかなか課題に手がつかんのだ」
「僕の責任みたいな言い方やめてくれませんか」
「そこでだ、光一にお願いしたい、緑ちゃんを何処か遊ばせてやってくれないか?」
「ハァ!?なんで僕がアンタの子供の子守りをしないといけないんだよ!自分勝手すぎるだろ!?」
「報酬は弾む。まずは奪ったこのポメラニアンにかける用の進化薬、これ未使用で返してやる」
「いや、元からそういう未知数の薬を実験的にかけるのはやめろって!」
「更に現金5万なんてどうだ?悪くないだろ?」
「やらせていただきます」
効率のいいお金の話になるとつい食いついてしまうのが僕の悪い癖だ。そもそもあんなチンピラがどうして5万も出せるのかが考えものだが。
「決まりだな、それじゃ今から緑ちゃん預けにいくから、よろしく頼むぜ……あだがぁーッ!」
「おい待て、今からって……」
そこで通話は途切れた。多分最後の断末魔は例の緑ちゃんに蹴られたのだろう。打撃音がこちらまで聞こえてきた。
「こういち、おはなしおわった……?」
退屈してこちらへ来たのだろう仁子が僕の部屋に入ってきた。折角なのでこの際提案してしまうことにする。
「あのさ……遊園地、行く?」
「いくー!」
さっきまでの暗い顔がぱっと明るくなった。
「それじゃ、緑ちゃんをよろしく頼むぜ、相棒……いでででで!」
「クサい台詞を吐くな。白々しい」
緑ちゃんに熱い批判を喰らった後、山中は行ってしまった。さて、これからのことだ。
「よし、アイツも行ったし、今日は駄菓子屋へ行こうと思う!」
「あれ、ゆうえんちは……?」
「お菓子なんかで私を釣ろうと思ってるのね、変態」
行く前から散々たる言われようだがこれにもちゃんと理由がある。
「お前ら、遊園地って所はどうしてもお菓子、ジュースとかの料金が高くなる!」
「なるの?」
「なるかもね」
この2人は疑心暗鬼になっているが、構わず続ける。
「お前らもお菓子やジュースは少ないより多い方がいいいだろ?その為の作戦だ」
「おぉーさんせー」
「どうせいい加減言ってるだけに決まってるわ」
「緑ちゃん、口を慎むようにお願いします」
緑ちゃんは口から唾をペッと吐いた。こいつ。ドSじゃなくても感じ悪い。
「とにかく作戦はこうだ、先に駄菓子屋へ行って、お菓子やジュースを飽きるほど買ってから遊園地で遊ぶ、いいだろ?」
「ふぁー!すっごいいいけいかく!こういちてんさい!」
「まぁいいわ、相手したげる」
「よし決まり!わかったらさっさと準備だ」
「すっごいだがし!こんなにいっぱいゆめみてた」
「はは、好きなだけ買っていいぞ?」
「所詮子供騙しよ、つまらない」
「みーどーりーちゃーんー?」
「はいはい」
思わずキレそうにもなったがここは抑える。何せ、このミッションを成し遂げれば5万円だ。アイツも上手いこと早くレポートを終えていればいいのだが……。
「16931円です」
「すみませんもう1度」
「16931円です」
あまりの値段の高さに絶句した。確かに僕は好きなだけ買ってもいいとは言った。だが何で駄菓子屋まで来て1万円も払わなきゃいけないのか。こいつらは加減という二文字も知らなかったのだ。
「はいはい!払えばいいんでしょ、払えば!」
「なんかきょうのこういち、おにのぎょうそう」
「これが大人ってものよ」
「やっと着いた……」
「ふあー!」
「何か胡散臭いわね」
電車を乗り継いで、着いたこの場所は「千葉デイ・ドリーム・ランド」。ウォルテナー・ドリームが創設し、今は創設30周年のイベントの真っ最中だけあって、やはり人とコンクリートの熱気で溢れかえっていた。僕が子供の頃に行った屋上遊園地とは大違いのビックスケールである。
「みてみて、うさぎさん」
「それはここのマスコットだよ、名前は……クレイジー・ドリーム・ラビット?何か教育上よろしくなさそうな名前のキャラだな」
「でもかわいい」
「折角来たんだからさっさと遊んで帰りましょ?どうせつまらないし」
「まぁ待て、今日は一日中ここで遊んでもらわないと困る」
「なんで」
「何でって言われても……僕だって、休暇の日くらいは大事にしたいさ」
「こういち、さっきといってることちがう」
「いいからさっさと行け、今日は思いっきり楽しむぞ!」
それからというもの、僕達は色々な乗り物やイベントに参加した。ジェットコースターでは仁子が驚きのあまり分裂して、後ろのお客さんを困らせたり、ウォーターライブのイベントでは水をかけたスタッフに緑ちゃんがキレて、どういう原理か知らないが、水を吹き返して僕が謝る羽目になったり、コーヒーカップで僕が酔ったり……正直言って疲れた。
「こういち!すっごいたのしかった!」
「おぅ……そうか……吐きそう」
「こういちたのしくない?」
「そんなことないよ、楽しいさ」
「じゃあなんでけさはあんなこといったの」
「それは……」
少し黙ってから僕は応えた。
「お前の笑顔を見るのが怖かったから……かな?」
「わたし、こわいの……?」
「いや、そんなんじゃない。単純に楽しい時間ってあっという間に過ぎていくだろ?」
「うんうん」
「それが少し、怖かったんだ」
「そっかー、こういちもすこしせんちめんたるだね」
「だからそんな言葉何処で覚えた」
こうして僕らの遊園地遊びはひとまず幕を下ろした……待てよ、何かが足りない。
「なぁ、仁子」
「なぁに?こういち」
「すっごい大切なこと忘れてないか?」
「なんだろうね」
「例えば……と言ってはアレだが、多少煩い、小生意気なお前の友達が迷子になってたら、お前どうする?」
「もちろん、たすけにいく」
「だよな」
「うん」
「行くぞ」
もうすぐ夜の時間が迫ってくる。かと言って、あまり足早に行くこともできない。流石に仁子も遊び疲れたのか地面に這いつくばってしまった。
「しまった……どうするか」
「こういち、あるくのつかれた」
「わかってるって、しかし……」
このまま日没を迎えては困る。あのミドリムシを何とか確保して山中の元に届けなくては、俺自身の信頼にも関わってくる。焦る僕は周囲を見回したが、やはりそんな緑っぽい奴はいない。やはり無理か……と絶望した所でチャイムが鳴った。
「~迷子のお知らせをします。身上光一様、身上光一様、お子様が呼んでいます、至急~」
「アレだな」
「うん」
完全な探し損だった。
「お兄さん~!寂しかったよぉ~!」
緑ちゃんが涙目になりながらこっちへ寄ってきた。やはり、体が子供でも脳みそは微生物レベルなのかもしれない。
「おいおい、かれこれ1時間くらい探したんだよ?どれくらい待ったんだ?」
「5時間」
「長っ!」
「なにはともあれ、いっけんらくちゃく」
「そうだな、帰ることにしよう、すみません、ありがとうございました」
案内所のお姉さんに手を振り僕は電車を乗り継いで帰った。その途中で緑ちゃんを山中に預け、家に戻ったのは夜10時くらいの頃だった。久々に動き回ったので心身ともに疲れきっていた。
「こういち」
「あー、何だ?」
「きょうはありがと」
「どういたしまして」
適当に返事をし、彼女はそれを聞いて安心したのか黙って自分の布団に就いた。さて、僕の方も寝るか、と思った矢先に電話が鳴り響いた。
「もしもし、今疲れてるので後にしてください」
「大変だ!光一!」
「またお前か、謝礼は後でいいよ」
「いやそうじゃないんだよ!光一!お前の子連れアナウンス、俺らの大学の学生が聞いて少し噂になってるらしいぜ?」
「はぁ!?それ確実に僕積んだじゃねーか、どうすんだよそれ」
「それよりも聞いてくれ光一、俺の緑ちゃんに何をした?」
「何をって……そりゃただありふれた迷子しただけだが」
「それがな、緑ちゃんにドS属性だけじゃなく、ヤンデレ属性まで付いちゃったみたいでな、お前のこと特に好いてるみたいなんだよ!どうしてくれんだよ!今まで俺ばっかに一途だったのに」
ここで僕は電話を切った。もうどうでもいい。明日になってから考えようと僕は心に誓い、就寝した。
後日、大学から呼び出しは食らったが、別人だと教授に言い聞かせ、何とか罪を間逃れたのは言うまでもない。