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みじん娘っ!  作者: スタイリッシュ土下座
3/12

ともだち

 僕には憧れの先輩がいた。女の先輩だったが、まだ僕が大学に入りたての頃、講義や学生生活について教えてくれたり、金欠だった僕に飯を奢ってくれたりした、頼りがいのある先輩だった。ひたすら優しくて、強くて、夢に向かって懸命で……僕とは正反対の人間だった。

「こういち、きょうはなにかう?」

「そうだな、そう言えばヨーグルトが切れていたからヨーグルト持ってきてくれ」

「あい」

今日は仁子と一緒に地元のショッピングマートに来ている。この時間は案外おば様方が少ない時間帯であるから、朝方に買い物に出るのは個人的には都合が良かった。大学生で子持ちだと思われると少々厄介なことになるからだ。

「こういち、これ」

「おーよくやった……ってこれヨーグルトじゃなくてジュースじゃん、ヨーグルト買ってきて」

「だって、ほしかったから」

そう言えば今までこいつにはコンビニ弁当くらいしかマシな食事を与えていなかった。そろそろ食事も良いものにしていかないとダメかもしれない。

「わかったよ、たまにはいいだろ」

そう言うと彼女の顔が急激に明るくなっていくのがわかる。何だこの生き物。面白い。

「ありがと、じゃあ、おかしとかもかってきてもいい?」

「自惚れるな、お前は一応単細胞生物だろ、立場わきまえろ立場」

「それももうむかしのことだもん、おねがい」

「いや、ダメだ。お前も我慢ってものを知れ」

突然泣きじゃくりそうになってる仁子を横目に僕は買い物を続ける。少し可哀想にもなってきたが、あくまで僕は保護者として真っ当な立場を取っているだけだ。多分。

「今晩何がいい?」

「おかし」

「まーだ根に持ってるのか」

「だって、おかしたべたいんだもん」

「しょうがないな、じゃあ、お菓子よりももっと美味しいもの、夕飯で作ってやるから」

「ほんと?」

「あぁ、約束だ」

案外ちょろいものだった。しかしお菓子よりも美味しい食べ物……なんてちょっとアバウトなような気もする。お菓子をどの範囲で限定してあるかわからないし、本当にそんなものがあるのかどうか……。そうだ、あの手があった。

「よし、じゃあキャベツ1玉持ってきて」

「きゃべつ?」


 買い物を終えて、家路に向かおうとしていた。桜の時期も終わり、木々はすっかり緑に満ち溢れていた。何か少し物足りないような、爽やかな風が辺りを包み込む。ふと目をやると、前方から何やら見覚えのある人物が……?

「仁子、隠れろ!」

「え、なにがあったの」

「アイツ、僕の大学の同期だよ。今関わったら面倒な奴」

そこにはボンバヘッドで少し日焼けした、いかにもチャラそうな学生の一人だ。名前は山中やまなか つかさ。アイツは生まれ月が一個早いという理由だけで先輩面したがるという点では関わりたくないランキング上位に入る。いかにもウェイ系でパリピと遊んでばかりいる彼はそもそもなんでこんな名門一流大学に入れたのかということすら謎である。

「どうきってことはともだちってこと?」

「シッ!静かに、アイツに今5万ほど借りてる」

「ということはともだちってことじゃん」

「あぁ、友達だ、悪い方のな」

「お前、そこで何してんだ?」

奴に感づかれ、僕はギクッとした。

「いや、何か隠れてるって感じだったのバレバレだぞ」

「いやぁ……ハハハ……最近こういうのが趣味なんだ」

「変な趣味だな、ところでお前の後ろにいるちっこいの、誰や?」

気付かれてしまった。ここでもし彼女の存在がバレてしまっては色々な意味で誤解を受け、最悪、退学処分になるのかもしれない。これはまずい。

「わたし、ちっこくない」

「おい!」

彼女が口走ったのはどうにも的を外している主張だった。これはもう完全にバレてしまう。終わった。

「ハハハ、面白いガキやねーか。こいつ何処から拾ってきたんや?」

「え?」


「という事情なんです」

 僕は近くの喫茶店に入り、彼に事情を話した。どうせ信じて貰えないだろうとは思っていたが。

「あーなるほど、お前すげぇな」

「えっ?」

意外な言葉に僕は思わず声を漏らした。何か急に褒められて、嬉しいという感情よりも先に驚きの方が勝る感じだ。

「俺なんか遊んでばっかなのにお前、そんな薬が作れるなんてすげぇよ、尊敬するわ」

「あ、どうも……」

僕はあまり褒められる事に慣れてはいなかった。昔から当たり前の実験をしているとしか思えなかったから単位がかかっている実験以外、誰にも発表しなかったのだ。

「まぁ、このガキが生まれたのはともかく、お前はこれから精進するぜ、頑張りな」

「ちょっと待ってくれ」

褒められるよりも何かが僕の心につっかえた。彼に聞いてみる。

「何だ?」

「確かに僕は凄いことをしたのかもしれない、だけど君は何か思わないのか?かつて同じチームで研究していたこともあったけど、お前のことはよく知らないから尋ねるが、君は僕をおかしいと思わないのか?」

「何故?」

「だって、今までに無い薬にも毒にもなり得る薬品をミジンコに使って、その研究対象を今や育ててる。これはあまりにも危険であり、愚かで、恥であるって罵らないのか?ダーウィンの進化論ですら僕を鼻で笑うような、そんなものを作った僕なんだぞ?」

涙目になりながら訴える僕を見ながら少し考えて彼は話した。

「お前がおかしいのなんて、誰でも知ってるよ」

「うっ……」

「今俺が言いたいのは、お前自身の話じゃなくて、根本的な話だ。お前は今まで度重なる努力を積み上げ、その薬品を作り出すことができた。充分名誉なことじゃねぇか。それにお前はこのガキを責任持って育ててる。これは誰にでも出来ることじゃねー、お前だからこそできることだし、お前のその1歩は人類の1歩にも繋がったんだ」

彼はずるい。こうして僕を毎回泣き脅して納得させてくる。それがある意味彼のいい所であり、悪いところでもあるのだが。

「ティッシュいるか?1枚5万円な」

「いや……ほんともう……結構です」

「ねー、おはなしおわるのまだ?」


 今日は山中と長話をして帰ってきた。借りた5万円は、薬品の一部を受け渡すという話で取引が成立した。こんな私事の為だけに最高傑作を渡してしまっていいのだろうか、とも思ったが登録なんかもできないだろうし、仕方の無いことだと思った。

「ごはんたべよ」

「そうだな、飯にするか」

「きょうはおかしよりもおいしいごはん」

「おっと、そうだったな、お菓子よりも美味しいご飯ってなんだと思う?」

「わかんない」

「だよな、出来てからのお楽しみな」

「ずるい」

僕が台所で料理している間彼女はテレビを見ていた。まだバラエティー番組なんかの面白さなんか伝わる年代でもないだろうとは思っていたが。

「うわぁー」

「仁子、大丈夫か!?」

「みてこれ、プリカラだって、おもしろい」

「女児アニメの話か、紛らわしいわ!」

とはいえ、僕も女児アニメにはハマっていた時期があった為、気持ちはわからんでもない。そんなこんなしている内に、料理は出来上がった。

「さぁ、ご飯できたぞー」

「ちょっとまって、いまプリカラピンチだから」

「これが伝説のテレビっ子……!じゃあもう少しだけな」

少し感動しながらも、彼女の気持ちも汲み取り、一緒に夕方の女児アニメを観てやることにした。何であーゆー作品は正義が必ず勝つのか。未だにその理由は僕もよく分かっていない。

「さぁ、早く食え」

「わぁー、なにこれ!」

「光一特製、もんじゃ焼きだ、これは駄菓子屋とかによくあったなぁ」

「いただきます」

「いや食い始めるの早いな……いただきます」

この小麦粉の混ざった甘ったるい香りは何処か懐かしい思い出の味だった。僕が小学校の頃、喧嘩で負けて、帰ってきた時におばあちゃんがいつも作ってくれた味と似ている。

「プランクトンみたいでおいしい」

「その例えはどうかと思うぞ」


彼女が眠りに着いた後、インターホンが鳴った。夜の8時、こんな夜遅い時間にやってくる訪問者と言ったら、勘違いセールスか保険の契約だろう、すぐ断る準備をして、玄関を開けてみたが……。

「じゃーん!俺も微生物を超進化させてみた!ミドリムシの山中やまなか みどりちゃんだ!」

「うっせー、余計な口叩くんじゃねぇ奴隷のくせによぉ」

「いや、すみません!私が悪うござんした……!(あぁ……快感……)」

思わず扉をそっ閉じした。僕は寝る前から何を見せられてるんだろう。さっ、寝ることにしよう。僕は何も見なかった。解散。

「いや、無視すんじゃねーよ光一!お前と俺は一生のマブダチだろ!?おふっ」

「ビチグソ」

「お前のガキ見てたら俺も作りたくなったんだよ!あうっ」

「コシヌケ」

耐えられなくなって遂に扉を開けてツッコミに走ってしまった。

「いや、そんな俺とお前親しくねーだろ!夜中にそんな大きな声で勘違いされそうなこと言うな!というかそんな用途で超進化薬使うなし!」


 あまりの大声に仁子も起きてしまったので仕方なく山中を家に上げることにした。山中よりも横にいるどことなく危険臭漂う緑の幼女の方が気になるが。親は子に似るのだろうか。

「光一、俺も作ってみたぜ!ミドリムシだが。おうっ」

「気安く呼ぶな変態」

「あの……どこから突っ込めばいいのかわからないのですが」

「やまなかたたかれてる、いたそう」

終始気まずい雰囲気が漂っている。早く終わらせて僕はとっとと寝たいのだが。

「つまりだな、光一、このミドリムシはお前のミジンコの友達になるかなと思って」

「うるせぇドM!こんな女王様みたいなミドリムシいてたまるか!というか僕の仁子には1mmも触れさせねーよ!」

「仕込まれたいの?」

「いや……僕どちらかというとSだし」

「このここわい」

どんどん空気が重くなっていく。何か早くこの場から逃れたいあまり、震えが止まらなくなってきている。

「まぁまぁ、そう言わずに構ってやってくれよ。あへぇっ」

「立場をわきまえろ、この牡豚」

仁子が涙目になってきた。そろそろ気力の限界が近づいて来たところでそのミドリムシが仁子に向かって顔を近づけた。

「貴女が先輩ね……よろしく」

「よ、よろしく!」

どうやら和解したらしい。案外このドSミドリムシはご主人様以外とは案外普通に絡めるのか。

「じゃ、そういうことで、俺は帰るからな!最後に光一!」

「何だよ」

「お前の進化薬、また少し貰ってくぜ?」

「は?」

そう言って彼は去っていった。正直僕は追う気力も残っておらずその場で立ちすくんだままである。

「いや、絶対認めねーし」

これが僕が彼に対して最後に一言だけ腹の底から出た言葉だった。

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